009 ○○スナイプ大炸裂

 俺は動画ガチ勢だから知っている。

 ボスは同種のザコよりも大きいことがある、と。


 それにしても――15メートル級は大きすぎだ!


 俺の頭とボスの足首が同じような高さにある。

 いくら相手がE級とはいえ、そんな奴に勝てるとは思えない。

 しかも俺は新米のF級だ。


 無理、無理無理。絶対に無理!


「ジャイアントのボスだからあの大きさなのか……」


 唖然とする俺。


「大きいけど私が縛れば倒せるんですよね?」


「たぶん……」


「たぶん!? 大丈夫なんですか!?」


「たぶん」


「ちょっとー! ユウト君しっかりしてくださいよ!」


 俺はどうするか悩んだ。

 今なら安全に撤退することができる。


 撤退するか?

 それとも戦ってみるか?

 悩んだ末に俺が出した結論は――。


「戦ってみるか」


 挑戦だった。

 巨体には面を食らったが、所詮はジャイアントだ。

 ジャイアントは見た目に反して弱いことで知られている。

 しかもE級だ。


 俺は配信を開始した。

 今日のタイトルは『冒険者になって3日でE級のボスジャイアントに挑む』だ。

 刺激的なタイトルだからそこそこ視聴されるはず。


「ケルベロスにザコがいないか調べさせてくれ。ボスの周囲にザコがいたら、まずはザコを釣ってきて掃除しないといけない。厳しそうなら撤退だ」


「分かりました! ――ケルちゃん、おねがい!」


「ワーン」


 ケルベロスがボスに向かう。

 その間に、俺たちも徒歩でボスに忍び寄る。


(どっちの武器を使うかな)


 脇に差している刀か、それとも背中のクロスボウか。

 FPSで複数の武器キーを連打されたキャラの如く、俺は武器を触りまくる。


「ワワワーン」


 ケルベロスが戻ってきた。

 報告によると付近にザコはいないようだ。

 思わず「おお」と感嘆の声が漏れる。


「付近にボスしかいないダンジョンってまさに理想じゃないですか!」


 カスミが声を弾ませる。

 俺も大きく頷いた。

 意欲が湧いてきた。


「なんとしても倒すぞ、カスミ!」


「はい!」


 俺は抜いた刀を右手で持って走った。

 その後ろをテクテクとカスミが追従する。

 いくつかの岩山を迂回して、ボスとの距離を詰めた。

 こちらに背を向けているボスまでの距離――約10メートル。


「やれ、カスミ!」


 合図と共に突っ込む。


「えいっ」


 カスミがホールドワンドの効果を発動。

 光の縄がボスの全身を縛る。

 ボスが巨大だからか縄も大きい。


「もらったぁあああああああああ!」


 ザシューッ!

 俺の強烈な斬撃がボスのアキレス腱を捉える。

 ……が。


「ですよねー」


 ダメージは軽微だった。

 ボスからすると「擦り傷かな?」と言いたくなりそうな傷だ。

 俺の武器がF級なのに対して相手はE級、しかもボスだから無理もない。

 こちらとしても想定の範疇、織り込み済みだ。


「もういっちょ!」


 先ほどと同じ場所を斬りつける。

 少し傷口が広がった。

 この調子で何度も斬ればいずれは倒れるはずだ。

 ――と、思いきや。


「グォオオオオオオオオ!」


 ボスが力尽くで光の縄を粉々にした。

 光の縄は10秒ほどしかもたなかったのだ。


「カスミ、早く次を!」


「ダメですぅ! でませぇぇん! なんでぇ!?」


 カスミが必死にワンドを振るうも、効果は発動しない。


「そうか、クールタイムだ!」


「クールタイム?」


「杖には再使用までの準備時間、通称『クールタイム』があるんだ!」


「じゃあ、そのクールタイムが終わるまで……」


「お前の杖はただの杖だ!」


「そんなぁぁぁぁぁ!」


「まずい、逃げるぞ!」


「ひぇぇぇぇぇぇぇ」


 一転して逃走モードに入る俺たち。

 ボスに背を向け全力疾走だ。


「グオォ!」


 ドスンッ!

 ボスの大きな足の裏が降ってくる。


「「ひぃいいいいいいいいい」」


 俺たちはジグザグに走ってどうにか回避。

 踏まれたら即死は免れない。

 生きた心地がしなかった。


「ユウト君、杖、杖が光を取り戻しました!」


「おそらくクールタイムが終わったんだ、やれ!」


「はい!」


 カスミがワンドを振るう。

 案の定、光の縄がボスを縛った。


(クールタイムは約1分か……長いな)


 俺は反転して攻勢に打って出る。

 先ほどと同じ場所を徹底的に攻撃、攻撃、攻撃!

 ……が、大したダメージを与える前にホールドが終わった。


「逃げろぉおおおおお!」


「いやぁぁぁぁぁああああ!」


 ゲームならこの繰り返しで勝てるだろう。

 だが、現実にはスタミナがあり、走る速度も一定ではない。

 ボスを倒すまで生きていられる保証はなかった。


「まずいな、撤退しよう」


「は、はい!」


 俺たちは全力でゲートを目指す。

 最後の岩山を曲がって、いよいよゲートが見えてきた。

 ――と、その時。


「グォオオオオオオオ!」


 ボスが先回りしやがった。

 巨大な足がゲートと重なっている。

 これではホールドで止めてもゲートをくぐれない。


「ゲ、ゲートが! ユウト君、ゲートが!」


「大丈夫だ。ゲートは魔物の干渉を受けない。踏まれたところで壊れはしないさ。とはいえ、あそこに立たれるのは困るな」


「ど、どうしましょ!? どうしましょ!?」


「決まっている」


 俺はクルリと身を翻す。


「逃げるんだよ!」


 ボスに背を向けて全力ダッシュだ。


「グォオオオオオオオオオオ」


 迫りくるボス。

 一歩ごとに地面が揺れた。


「ユウト君、私、もう、体力が……」


「なんて情けない! ……と言いたいところだが、俺もまずい」


 長らくニートだった俺にスタミナなどあるはずもなく。

 体力は既に限界を突破していた。


「あそこに隠れよう!」


 俺が目を付けたのは窪みだ。

 洞窟とすら言えない小さな窪みである。


「岩山ごとボスに踏み潰されないことを祈れ!」


「ひぃいいいいいいいいい」


 俺たちは窪みに滑りこんだ。

 外からはボスの喚く声が聞こえてくる。

 しかし、何かをしてくるような気配は感じられない。

 岩山を殴り潰す気はないようだ。


「「ふぅ」」


 仲良く安堵の息を吐く。


「さて、ここからどうするか」


 ボスは何もしてこないが、この場から離れる気もないようだ。


「ホールドしてその間にゲートまで走りますか?」


「それは難しい。ここからゲートまで数百メートルの直線だ。ホールドをしても逃げ切れない」


「だったら……リスナーの方に助けを求めますか?」


「リスナーというか、冒険者用のアプリでヘルプを求めるのはアリだな」


「そうしましょう!」


「いや、待てよ」


「どうして待つんですか!?」


「ヘルプを出せばゲートワードが知られてしまう。周辺にボスしかいないこの穴場の存在を。こんなお宝ダンジョンはそうそうないぞ」


「でも倒せないじゃないですか」


「そうなんだよなぁ」


 どうしたものかと考える。

 名案が閃かずに悶々としていると――。


「ユウト君、私、喉が渇いてきちゃいましたよ……」


 カスミが喉の渇きを訴えてきた。

 その姿を見て、俺は「おほっ」と声を漏らす。

 汗を含んだ白のシャツが肌にへばりついて、ブラが透けているのだ。

 素晴らしき胸の谷間も見える。

 こんな時にもかかわらず卑猥な妄想に駆られて興奮した。


「閃いた!」


 それによって最強の案が浮かんだ。

 やはり男たるもの原動力はエロである。


「何を閃いたのですか!?」


「あのボスを倒す方法をさ!」


 俺はクロスボウを取り出し、矢をセットする。


「カスミ、ボスを縛れ! 倒すぞ!」


「はい!」


 カスミが言われたとおりにホールドを発動する。

 それを確認したら、俺は窪みから出て、クロスボウを構えた。

 狙いは――ボスの股間だ。


「食らえ!」


 クロスボウの照準を合わせ、トリガーを引く。

 矢は狙った通りボスの腰蓑の中に入っていった。

 人間の男なら睾丸のあるあたりだ。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 これまでにない悲鳴を上げるボス。

 ナニに当たったのかは知らないが効いている。


「ユウト君、ホールドが解けましたよ!」


「分かっている!」


 スッ。

 攻撃を終えると窪みに退避して矢をつがえる。

 その間、ボスは仁王立ちして動かない。アホである。


 クールタイムが終わったらまた攻撃だ。

 必殺『玉金スナイプ』のヒットアンドアウェイ戦術。

 始めること10分足らずで結果が出た。


「グォ、オォォオオォォォ……」


 ボスが崩落し、絶命したのだ。

 勝ってしまった。

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