005 カスミとトレント狩り

 巨体女の水門みたいな口が開く。


「吉見カスミ? 誰それ?」


 俺は心の中で、いや、机の下でもガッツポーズした。

 やったぞ、別人だ。


「俺は金好ユウト。待っているのは吉見カスミなんだが?」


「えー、私は杉内ケンタロウ君だと思って座ったのに!」


「残念ながら人違いのようだな。さ、そこをどいてくれ」


「もういいや、ユウトでも!」


 意味不明なことを言い出す巨体女。


「はっ? いや、ありえないし、無理無理」


 聖人は「人は見た目じゃない」と言うが俺は違う。

 人は見た目が大事だ。

 見た目なくして中身なし、それが俺のモットーである。

 故に見た目の悪い俺は中身もカスなのだ。


「でももう座っちゃったし」


「なら俺が移動するよ。ついでに探してやるから待ってろ」


 俺は立ち上がり、付近の人間に向けて言った。


「杉内ー! 杉内ケンタロウー! 俺だー、覚えてるかー?」


 すると、俺と同い年くらいのヒョロガリ野郎が振り向いた。

 マッチングアプリで出会い厨をしていそうなタイプの顔だ。

 つまり量産型のどこにでもいそうな大学生って感じ。


「えっ? 誰? なんで俺の名前を知ってんの?」


 驚く杉内。

 俺には関係ない。


「お前の待ち人がお呼びだ」


 俺は杉内の背中を押し、巨体女の前に座らせた。


「はじめましてぇ、モモカでーす!」


 巨体女が目をうっとりさせて杉内を見る。

 杉内は「ひぃぃぃ」と顔を引きつらせた。


「そんじゃ、頑張ってな」


 俺は席を移動した。


(そろそろ来てもおかしくないはずだが……)


 スマホの時計を確認する周期が短くなってきた。


「あのー、金好ユウト君ですか?」


 苛立ち始めた頃、声を掛けられた。

 顔を上げるとそこにいたのは――女だ。

 銀色の長い髪に黒のトンガリハット、それに黒のローブ。

 ローブの中は、白のシャツと丈の短い深紅のスカート。

 身長は150cm程と小柄であり細身、なのに胸はウルトラ大きい。

 まさに天使だ。


「そうだよ! 吉見カスミさんだよね!?」


 鼻息を荒くして立ち上がる。


「あ、はい、そうです! 遅れてすみません!」


「気にしないで! 遅れてないよ!」


 俺は満面の笑みを浮かべた。


「実は俺が金好ユウトなんだが?」


 すると杉内ケンタロウが割って入ってきた。

 巨体女のショックで自分を金好ユウトと思っているらしい。

 なんて浅ましいクズ、いや、ゴミ、いや、ウンコ野郎なのか。


「えっ? えぇぇ……!?」


 困惑するカスミ。


「諦めろよケンちゃん」


 俺は冒険者カードを見せつけた。


「しまった……カードがあったんだ……」


 肩を落とす杉内。


「ケンタロウくぅん!」


 巨体女が杉内を引っ張り、豊満な脂肪で包み込む。


「金好君、あの人たちは……?」


「知らない奴等だ。さ、狩りに行こう!」


「うん! あ、でも、その前にこれ!」


 そう言ってカスミが取り出したのは冒険者カードだ。


==================

【名 前】吉見 カスミ

【ランク】F

【武 器】

 ①[ケルベロス召喚]ホールドワンド(D)

==================


「すごいな、オプション付きのD級武器じゃないか! しかも杖ってことは魔法が使えるわけだ! そっか、それでデバッファーなんだ!」


「えへへ、たまたま拾っちゃいました」


 オプションとは武器に付く特殊効果のことだ。

 ダンジョンで拾った武器に付いており、効果は様々だ。

 カスミの武器はケルベロスという使い魔を召喚するもの。


「さっそく召喚してみてよ、ケルベロス」


「ここでは無理ですよー、ダンジョンじゃないんで」


「あー、そっか、ダンジョン以外での召喚は違法だったな」


「ですです」


「ならこのあとに期待だな」


「私も冒険者になって間もないので、動きとか酷いですけど、頑張りますね」


「おう。でもその前に確認しておきたいんだけどいいかな?」


「配信ですか?」


「えっ? 分かるの!?」


 これは驚いた。

 もしかしてカスミは俺の配信を観ているのか?

 昨日の狩りで獲得したファンなのか?

 俺はファンの子に手を出そうとしている……?


「だって胸にアクションカメラを付けているから」


「あー、なるほど」


「ヨウツベで配信しているんですか?」


 ヨウツベとはヨーチューブの愛称だ。

 正式名がYOTUBEなので、ローマ字読みでヨウツベである。

 でもって、案の定、彼女は俺の配信など観ていなかった。


「まだ始めたばっかりだけどね。昨日デビュー」


「すごい! 皆に観られていると思うと緊張しますね!」


 カスミが恥ずかしそうに頭を掻く。

 そんな動作ですら、彼女の胸はボインボインしていた。

 可愛い上に巨乳とか本当に天使だ。


「そんなわけだから、転移後に配信開始するけどいいかな?」


「はい!」


「それでは狩りに行くとしようか」


「了解です!」


 俺たちはゲート生成器に移動した。

 カードをリーダーに挿入し、適当なワードを打ち込む。


「なかなかFランクの狩場に当たらないな……」


 ランクは上から順にA、B、C、D、E、Fの6段階。

 その中から適当に打ち込んでFランクを引き当てるのは難しかった。

 今度から暇な時にゲートワードをメモしておくとしよう。


「よし、F級ダンジョンだ」


 数分の試行錯誤の末にF級ダンジョンの生成に成功した。


==================

【名 前】餃子定食ニンニクマシマシで

【ランク】F

【タイプ】森林

==================


「金好君、なんですかこのワード」


「中華屋で隣のおっさんが頼んでたメニュー」


 クスクスと笑うカスミ。


「面白いダンジョンだといいですね」


「楽に稼げるダンジョンなら最高だ」


 俺たちは生成したゲートに足を踏み入れた。


 ◇


 餃子定食ニンニクマシマシで、略してギョーテイマシマシにやってきた。


「本当に森だな」


「ですねー」


 周囲が木々に覆われている。

 想像していたよりも木が高くて生い茂っていた。

 昼だというのに薄暗さを感じるほどだ。


「人がいねぇ」


 周囲を見渡しても人の姿が見えない。


「オリジナルワードは初めてですか?」とカスミ。


 オリジナルワードとは自分で考えたゲートワードのこと。

 テンプレワードの対義語である。


「実はそうなんだよ」


「当たりワードならオンラインサロンで情報を売らないとですね!」


「話が分かるじゃないか。その時は稼ぎを山分けしよう」


 俺はアクションカメラのスイッチをオンにする。

 それからスマホと連携させ、配信を開始した。


「今日はPTメンバーのカスミさんと一緒に狩りをしていきます」


「よ、よろしく、お願い、します」


 カスミは目に見えて緊張していた。


「大丈夫大丈夫、俺のチャンネルは登録者数8だから」


「あっ、それなら安心!」


「おい!」


「あははは」


 良い雰囲気で狩りのスタートだ。


「パッと見たところ魔物の姿が見当たらないが……」


「任せてください――ケルちゃん、おいで!」


 カスミが腰に装備していた短い杖を右手で振った。

 俺たちの前に白いもふもふの中型犬が現れる。

 ケルベロスという種族だが、首は一つだった。


「思っていたより可愛いな……」


 それが率直な感想だ。

 てっきりもっと禍々しいのかと思っていた。

 カスミが「ですよね」と同意する。


「私も初めて召喚した時は驚きましたよ」


「で、このケルベロスは何ができるんだ?」


「魔物の探知です。戦闘はできません」


「いいじゃないか、さっそく探知を頼む」


「はい――ケルちゃん、おねがい!」


「ワーン」


 ケルベロスは鼻をクンクンさせると、一直線に走り出した。

 俺たちはそのあとに続く。

 ほどなくして、ケルベロスは一本の大木の前で止まった。


「ワンワン、ワンワン」


 どうやらその木に魔物がいるようだ。


「魔物なんかいるか?」


「見当たりませんね……」


 樹上を観ても魔物なんぞ見当たらない。

 可愛いシマリスがぐでーんと寝そべっているだけだ。

 アレが魔物だというのか?


「ケルちゃん、本当にこの木?」


 そうカスミが尋ねた瞬間。


「グォアアアアア!」


 突然、木から顔が浮かび上がった。


「金好君、この木が魔物でした!」


「トレントってやつか!」


 俺は慌てて斬りかかる。

 木の魔物――トレントは枝を駆使してそれを防ぐ。


「カスミ、デバッファーなら何かできるんじゃないか?」


「できます!」


 カスミが杖の先端をトレントに向ける。

 すると、トレントの体を光の縄が縛った。

 これがカスミの武器ホールドワンドの魔法攻撃だ。


「グォ、グォォ……」


 トレントは光の縄を強引に千切ろうとしている。

 しかし、縄が千切れる気配はまるでなかった。

 F級の敵に対してD級の武器で縛っているから当然だろう。


「もらった!」


 トレントの顔面を真っ二つにする。

 この一撃でトレントは死に、目の前の木は消えた。


「やったぜ」


 俺はトレントの魔石を拾って笑みを浮かべた。

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