第3話 死刑執行

 雲一つない晴天。太陽の日差しが強くあたり一面を照らす公共の広場。周囲には多くの人で溢れかえっている。


 がやがやとまるでお祭り気分で広場を囲んでいる群衆の表情は、どこか怖いモノ見たさ、好奇心に歪む表情が浮かんでいた。


 これから処刑台で人一人が処刑され殺されるというのに、その表情に悲しみや不安を浮かべている者は一人もいなかった。


 中世のヨーロッパでは公開処刑は見せしめの意味も込められていたということもあってか、貴族に知り合いのいない平民にとってはただの娯楽の一つだったとか。


 この処刑もまさにそれと同じなのだろう。


 王族や貴族にとっては罪人(?)を処すだけのこの行事も、平民にとってはエンターテイメントでしかないのだ。


 処刑台に連行されていく俺とリリアーナ。やがて年配の男がなにやらデカい声で叫んでいる。どうやらこのリリアーナがどれほどの罪を犯したのか、罪状を読み上げているようだ。


「…王家に対する反逆に加担した罪状に加えて、被告は国庫を浪費、さらには血を分けた父との姦通などの罪により、被告は死罪が相当。これをもって斬首の刑を執り行う」


『あれ?なんか変な罪が追加されてね?』


 確かリリアーナの話では父親が反逆罪で捕まったって聞いたのだが。なんか国のお金を勝手に使ったとか、お父さんと破廉恥なことをやったとか、なんだか妙な罪が追加されてる。


「ふん。知りませんわ。大方、ありもしない罪をでっちあげてわたくしのことを徹底的に辱めたいのでしょう」


 そういえば、元とはいえリリアーナって伯爵家のお嬢様なんだよな?その割りには来ている服がすごいボロボロなんだけど。罪人は徹底的に穢してやりたいってことなんだろうか。


 …っていうか、この状況ってマズくね?え、ウソだよね?とりあえず成り行きに任せて見守っていたけどさ。これあれじゃね?マジで処刑される奴じゃね?



 ええ!ちょ待てよ!今処刑されたらさ、せっかくなんか異世界ファンタジーっぽい世界に転移できたのに、さっそく殺されてしまうんですけど!


『おいリリアーナ。これマジで処刑される奴じゃん。早く逃げようぜ!』


「できるわけないかしら。周りを御覧なさい。兵士が囲んでいるでしょ?もしも逃げたらその場で殺されるだけかしら」


 ――それに、とリリアーナは続ける。


「エルブランダ家の娘が逃げた矢先に殺されるだなんて無様な死、お断りですわ」


『いや、こんな場面で貴族の矜持を発揮されても困るんですけど!』


 逃げたい、できることなら今すぐ逃げたい。しかし今の俺に動かせるのは彼女の右手だけ。しかも強い意志で抵抗されると、俺の意思でも手を動かすのが難しくなるみたいだ。


 はあ、マジかあ。こいつ、どんだけ死にたがってんの?


 いや、知らないよ?本当に冤罪かどうかなんて俺には区別はつかないよ?でもさあ、本当に冤罪だとしたらさあ、それってつまりリリアーナは無実ってわけでしょ?


 無実の罪でこれから殺されようとしてんだよ?なんで受け入れるかなあ。


 なんかすごくモヤモヤする。こんなの明らかに理不尽じゃん。いい年した大人が正義とか悪とか語りたくないけどさあ、絶対間違ってるわけじゃん。なんでこんな不正義がまかり通ってるわけ?おかしくね?


『やだやだあ。死にたくないよ!』


「お黙りなさい。正気を失っているとはいえ、仮にもわたくしの右腕なのでしょ?現実を受け入れて、常に高潔でありなさい」


 ええー。リリアーナ、そういうタイプなの?自分の命より家名とか貴族の矜持とかそういうのを優先するタイプなん?


 うわあ、めんどくせータイプだわ。俺とは真逆の性格かもしれん。


「ではこれより刑を執行する。被告人は前へ」


『ハア?そんなこと言われて自分から行くわけな…ええー、ちょっとリリアーナさん。なんで自分から処刑台に行くの?やめとけってマジで。死んじゃうよ。君も俺も』


 これから人が死ぬ。それを今か今かと待ちわびるように好奇に満ちた表情を浮かべる群衆に見守られながら、リリアーナは階段を上り、処刑台に立つと、その場に膝をついた。


 見れば首を乗せるための台座がある。処刑台には男が二人。一人は斧を持ち、もう一人は手ぶらだ。手ぶらの男はリリアーナの背後へとまわり、彼女の足を掴んで固定する。


 ああ、暴れないようにしてるんだあ、なんて呑気なことを考えていると、粛々と処刑の準備が進められる。


 それにしてもあの斧。処刑用の斧にしてはずいぶんボロボロだな。


「斧の切れ味が悪いと、簡単には首を撥ねられないでしょ?死ぬまでに時間がかかればかかるほど、その分だけ罪人は苦しむことになるってことですわ。わたくしを苦しめるためにあえて切れ味の悪い斧を用意したのでしょうね」


 ああ、なるほどねー。悪趣味やなあ。一体誰がそんな真似を。


「王族…おそらくあの第一王子のドルアスかしら?本当に、最後まで嫌な男」


 既に処刑が決まっており、生きるをこと諦めているからなのだろう。リリアーナは基本的にどこかやるせない雰囲気が漂っており、無感動な態度を示している。それでもこの王子の話題が出る度になんだか嫌悪の感情が滲み出ていた。


 よっぽど嫌ってるんだろな。


『その王子はここには来てないのか?』


「どうかしら?おそらく来てないでしょうね。処刑なんて別に見たいものではないでしょ」


 その割りにはさっきから群衆がすごい目を輝かせてこっちを見てるんですけど?時々「殺せ!殺せ!早く殺せ!」「」ヒャッハー!女の血だぜ!」とヤジが飛んでるんですが?


「平民は貴族と違って娯楽が少ないですから。女が苦しむ姿を見て鬱憤でも晴らしたいのでなくって?」


 ああ、なるほどね。まあそういう奴、いるよね。


「ではこれより刑を執行する。被告は最後に言い残すことは?」


 死刑執行人の準備が完了したのだろう。彼らは死刑のプロなのかもしれない。これからその斧で殺す相手に対して、その目にはなんの哀れみも感情もなく、ただ粛々と俺たちを処刑しようとしていた。


「そうね。では最後に。この世は地獄ですわ。お前たちよりも先にこの世の地獄から解放されることを神に感謝いたしますわ」


 てっきり泣き言でも言うのかなあと思ったのだが、この女、これから命が落とされるその寸前だというのに、それでもここまで悪態をつけるとは。大したもんだなあ、なんて言ってる場合か?


 やばい、本当に処刑される!逃げたいのに、リリアーナが強い意志で抵抗するから逃げられない!


 やべえ、マジでやべえ。死刑の執行人、完全に殺る気ですやん!


 執行人は斧を振り上げ、そしてシュッと空気を切り裂く音と共にその刃をリリアーナの首に向けて振り落とした。


 ガンッとなにか鈍い音がした。


 …

 …

 …

 …

 …

 …あれ?まだ生きてる?


 ざわざわと群衆に妙な空気が漂い始めた。


 俺はリリアーナの方を見る。まだ首はあった。というか、落ちてない。とりあえず、今の一撃で斬首はできなかったようだ。


 ああ、そういえば切れ味の悪い斧を使ってるって話だったか。そうか、こうやってわざと失敗させて、苦しみの時間を長引かせるつもりなんだな。まったく、悪趣味だぜ!


 死刑の執行人はなんだか困惑しているような表情を浮かべつつも、もう一度斧を振り上げ、そして振り落とす。


 ああ、あの早さは無理だわ。どんなに切れ味の悪い斧でも、こんな勢いよく振り落とされたら確実に首が飛ぶね!


 くぅ、俺の人生もこれまでか!こんなことなら転生なんてするんじゃなかった!


 ガンッ!


 また何か鈍い音がした。


 その光景にどよめく観衆たち。だがそれ以上に混乱したのは、実際に死刑を執行しているこの男たちと、そして俺たちの方だろう。


「?????え、え?あれ?おかしいな?なんで切れないんだ?くそ、どうなんってんだ!この!この!」


 執行人がガンガンと斧が振り落とされる度に鈍い音が連発した。


「なんで!なんでだよ!なんでこの首、切れないんだ?」


「…????ねえ、あなたさっきから…」


「オラ!オラ!さっさと首チョンパしろ!」


 ガンッ、ガンッ、ガンッ…


「ちょ、あの、ですから、あなたですね」


「ふん!ふん!ふん!首チョンパれ!首チョンパれよ!」


 ガンッ!ガンッ!ガンッ!


「…おい、お前、いい加減に…」


「オラオラオラオラオラ!」


「だからお前、やかましいですわ!」


「え、グオッ!」


 いつまで経ってもいっこうに処刑されないことに苛立ったのか、それともガンガンとしつこく首に斧を叩きつけられることにムカついたのか、リリアーナは感情に任せて執行人を蹴り上げた。


 すると、今まで暴れないように足を掴んで固定していた執行人ごと足が蹴り上げられ、そのまま斧を持っている執行人の横っ腹に足蹴りが命中。その勢いにつられて処刑台から執行人がバタバタと落ちていった。


 あ、そうだった。俺、そういえば最強の加護もらってたんだ。


 急な展開ですっかり忘れていたが、そうだよ。今の俺、ガチで最強だったんだ!たかが斧程度の刃で傷がつくほどこの体は軟じゃないよ!


 ふぅ、女神様、素敵な加護をありがとう。おかげで助かりました。やっぱりモテモテになるスキルより、最強になれるスキルを選んで正解だったね!


「なによこれ、どういうこと?」


 偽りのない、本心から死を覚悟していた。それなのに生きていた。この中で一番混乱していたのはまさしく彼女だろうな。

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