第2話 転換の前兆

 歴史上の汚点——全種族を巻き込んだ二度の異種族大戦により、遥か昔から各種族のみぞは果てしなく深い。


 過去の因縁と種族の歴史に刻まれた怨嗟。疑念は恐怖を煽り、時が経つほどに種族間の緊張は高まっていった。


 まさしく一触即発。

 

 だが、今まで第三次異種族大戦が勃発することはなかった。

 何故なら、竜王の監視があったからだ。


 古の時代とは違い、竜族以外の全種族が束になろうとも竜王には勝てないと知っていた。


 だからこそ、不安定ながらも仮初の平和は保たれていたのだ。


 ————なら、もし竜王が殺害されるようなことがあれば?


 答えは至って簡単だ。


 世界の秩序が、崩壊する。



 ◆



 メリモント魔法王国首都メイズの中心、厳重な警備が敷かれた堅牢な建物にて軍事会議が開かれていた。


 ——人族連合国軍最高司令部。他種族への戦争のために創設され、種族としての生存のために国家の代表者による協議が行われている場である。


 そこに呼び出されたギルバートは豪華絢爛な部屋の中で、各人族国家の代表者である十人の視線に晒されていた。


「四魔天、氷河のベイル・セネスライトが次の標的だ。奴は魔王が死んだ後、妻のエイラ・セネスライトと娘のアムネ・セネスライトを連れて南東に逃亡していると推測されている」


 幾つもの勲章を漆黒のローブを身につけている老魔法士——ゼブラル・ヴァント・ルクスメイルが、大規模探知の結果をギルバートに伝える。


 ゼブラルが地図の赤い丸に囲まれた部分を指し示す。そこに広がるのは鬱蒼と木々が生えた森だったはずだ。


「範囲は絞れたゆえ、より緻密な探知魔法によりベイル・セネスライトの居場所を特定し、第七騎士団と第四魔法士団で包囲網を形成する。後はギルバート……お前が仕留めるだけだ」


 ゼブラルがギルバートにあまりにも粗末な指示を送る。

 だが、皆がこの作戦こそ、理外の化け物との戦闘における最適解だと理解している。

 故に、ギルバートはそのような指示を受けても眉一つ動かさない。


「既に四魔天のうち一人は取り逃し、行方がわかっていない。穏健派の国を黙らすためにも確実にベイル・セネスライトを殺す必要がある。妻と娘の方は後回しだ」


 力のこもったゼブラルの言葉に周囲の重鎮たちは沈痛な面持ちだ。

 強硬派の国は穏健派よりもかなり多いはずだが、他種族との戦争中に内乱は避けたいのだろう。


 ——竜王を殺した六日後に魔王の首を刎ね、今日はそれから二日後だ。人族の身では超えられない超常的存在を相手に有り得ないほど過密なスケジュールだ。


 しかし、それもただの人族であった時の話である。竜王には、切り札である【聖光せいこう】、【竜壊りゅうかい】を使ったもののギルバート自体はほぼ無傷。


 魔王に至っては【聖光】により周囲の魔力を浄化し続け、聖剣で首を刈り取るだけだった。


 高密度の魔力による魔法であれば、【聖光】の範囲内でも効力こそ落ちるが発動できる。


 魔王もいくつかの攻撃魔法を使ってきたが、威力が大幅に落ちている上に通常の数十倍の魔力が必要だ。


 これにより魔力を竜気に変換する竜以外の種族では、ギルバートと勝負にすらならない。


「了解しました。必ずやベイル・セネスライトを打ち取ってみせます」


 一瞬の逡巡も必要とせず、言い切ったギルバートに対して恐怖と警戒、そして憐れみが含まれたような視線を向けるのは各国の代表者たちだ。


「最後に一つ。分かってると思うが【聖光】、【竜壊】はなるべく使うな。竜王、魔王相手ならまだしも、四魔天で使用していては【鎖人くさりびと】が持たん」


「……分かってます。私は勇者として作られたのです。犠牲は最小限に抑えてみせます」


 ギルバートがゼブラルの言葉を聞き、眉を顰めながら答える。犠牲——その言葉はギルバートの胸に突き刺さり鈍い痛みを与える。


 ギルバートは生きるだけで、人外の魔法を使うための贄となっている【鎖人くさりびと】の命を削っている。鎖で繋がれた部分から命を吸い取っているような感覚。


 だが耐えなければならない。

 ギルバートは勇者。人族を窮地から救うために生み出された救世主。命を捧げてもらったのだからそれに応えなければならない。


「話は以上だ。勇者ギルバートよ! 人族に勝利をもたらせ! 健闘を祈る!」


 ——ギルバートは国家の重鎮たちに対して頭を下げ、部屋を出る。その眼は決意と覚悟に満ちていた。


 勝つ。ただそれだけだ。







 




 


 

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