転生に失敗した古の大魔導師は宿った少女を育て最強へと導く~おじいちゃんに教わった古代魔法で立派な聖女目指してがんばります!~

アル

聖女候補生編

第1話 転生の禁術


 都どころか、人里からも遠く隔絶された森の奥地。

 小高い丘にぽつんと建てられた家の前に、灰髪と胸元まである髭を風に靡かせる一人の老人が立っていた。


 深紅の瞳を持つ彼が見据えるのは、目の前に広がる大森林。

 だが、その様子は普段の物からはかけ離れていた。


 日が沈み、夜明けまではかなりの時間があるというのに、空は赤く染まり、いくつもの魔法陣が浮かんでいた。

 地上に目を移せば、森のあちらこちらから火の手が上がり、煙が昇っている。


 火の周りにはいくつもの旗が掲げられ、威勢の良い兵士の声と進軍しこすれ合う鎧甲冑の音がここまで聞こえてきているのだ。


「ふぅむ、これは詰んだのう……」


 老人はぽつりとつぶやくと、長い顎髭を手でこする。

 年齢を重ねた目じりの皺を一層深くしながら、周囲を見渡す。

 その表情は落ち着きながらも、どこか諦めを感じさせていた。



 彼は世界で並ぶものなしと言われた大魔導師。

 若かりし頃より魔導の習得と研究に勤しみ、寿命さえも超越した生ける伝説である。

 

 世界が乱世であった時代は国軍に所属。

 戦火に身を投じ、戦場で魔法を惜しげも無く使い、世の安定のため尽くしてきた。


 そんな彼の転機は100年ほど前。

 大きな戦争が終結し、後進も育ってきた所で一線を退くことを決めたのだ。


 引退後は国王に今までの功績の報酬として打診し賜ったこの森に居を構え、心行くまで魔導の研究を行ってきた。


 都から離れ、世捨て人のように隠居し、穏やかな日々を過ごしていた老人。

 だが、のどかな生活を一変させる事態が発生してしまった。

 異常に気が付いたのはほんのついさっき。

 森に張り巡らせていた感知魔法に反応を感じ、寝床から身を起こし外に出てみればこの惨状だったのだ。


「あの旗は王国じゃな。こちらは公国。そちらではためくのは……なんと! これは驚いた。犬猿の仲であった帝国と共和国ではないか」


 そう、火の周りで掲げられている旗は一種類ではない。

 空を赤く染め上げるほどに強い火に照らされているのは、十数個に及ぶ国旗や軍旗。


 それもほぼ全て見知ったものであり、王より直々に下賜されたこの森を領土に収める王国の物もある。


「なんぞ謀略でも巡らされたかのう……」


 相変わらず手で長いひげをこすりながら首を傾げる老人。


 王国の軍に所属していた時には派閥争いや政略に巻き込まれる事も多々あった。

 老人の出身が有力貴族でない事もあり、彼の功績をよく思わない者が多かったのもまた事実。


 軍を引退後、この地へ隠居したのも、人目を気にせず魔導の研究をしたいという事の他に、うんざりするような権力争いから離れたかったというのも大きい。


「空に浮かぶ魔法陣。あれで感知魔法がうまく作動せなんだか」


 そもそも、これほど接近されるまで感知魔法に引っ掛からなかったことがおかしいのだ。

 通常であればもっと早く、かつ遠くにいる時点で気付いているはずであり、手立てもあった。


 だが実際はどうだ。

 家がある丘は完全に包囲され、ネズミ一匹逃がさないと言わんばかりの布陣を立てている。


 さらに上空に浮かぶ魔法陣は、魔法発動に必要な魔力を霧散させる魔導妨害陣。

 見ただけで分かる。

 なにしろ老人が軍に所属していた時に開発した物なのだから。


「むぅ、敵にワシレベルの魔導師が居た時用に開発したのじゃが、まさかわが身に使われるとは思ってもみなんだわい」


 あれが発動されている限り、老人にこの場から逃げる手立てはない。

 通常であれば飛んで逃げる、空間転移で逃げる、敵陣を突破して逃げるなど、方法はいくらでもあった。


 だが、上空にあの魔法陣が存在し、発動している間は魔法を十分に使う事は叶わない。

 全く使えないという事はないが、それは普段の老人からしたら一割以下の威力しか出ないだろう。


 とてもこの包囲を突破できるとは思えない。


「やれやれ……このおいぼれ相手にまた大層な軍勢をけしかけたもんじゃい」


 老いた老人一人にここまでするのかと半分呆れ気味の老人。


 わずかに使える魔法で攻め入る軍勢の声を拾えば、やれ「悪魔を殺せ」だの「反逆者を捉えろ」だの「大戦の首謀者」だの。

 一体何を吹き込まれたらそうなるのかと笑ってしまうほどの内容を声高々に叫び、自らを鼓舞している。


「さて、と。こうなっては詮無いのう」


 目の前の軍勢が叫ぶ内容を考えれば、彼らに捕まればまず命はないだろう。

 だが、死を前にしても老人は焦った様子を見せず、身をひるがえし住み慣れた家の中へと入ってゆく。


「地下室をこのような理由で使う事になるとはのう。……よっこいしょ、と」


 入ってすぐのダイニングにある机をどかし身をかがめ、床に設置されていた地下室へ続く階段の入り口を開ける。

 老人は地下への入り口をそのままにし、魔法で小さな灯りを灯し階段を下りる。


 その先にあるのは地下研究所の扉だ。


「ふむ……思った通り、ここなら魔導妨害陣の影響を受けん様じゃな」


 この地下室、もともとは保冷庫だったのを老人が魔法の地下研究所へ改築したもの。


 地上の家にも当然研究設備はある。

 にもかかわらず、地下に研究所を構えた理由は、外部からの自然発生する魔力の影響を一切受けない研究施設が欲しかったから。


 その為、この部屋には外からの魔法や魔力の流れの全てを遮断する特殊加工が施されている。

 実験用の部屋ではあったが、現状ではここが唯一魔法が使える場所だ。


「転移は……無理か。これは転移妨害用の魔法も使っておるな。用意周到な事じゃ」


 この場所であれば転移魔法で逃げられるかと思ったが、転移魔法の移動先が設定できない。

 おそらく包囲した軍勢が妨害しているのだろう。


 穴を掘って逃げようにも、床のブロックを破った時点で魔力遮断に穴が開くため使えない。


「となると……やれやれ。禁術を使うしかないのう」


 ため息交じりにそうつぶやくと、目の前の机を魔法で吹き飛ばし、地面に光の魔法陣を出現させる。


「転生の禁術。よもや使う事になるとは……」


 ぶつぶつとつぶやくながら詠唱を開始。

 すると魔法陣が発する光が強くなり、老人を包み込む。


「ぐぅ……魂が抜かれる感覚、老体にはこたえるわい。さて、あとは……」


 禁術が正しく発動。

 その作用により苦痛を受けた老人は胸を抑えぐらりとよろめく。


 しかし、すぐに両足でしっかりと立て直す。

 同時に老人を包んでいた光が消え、足元の魔法陣も消滅した。


 そして近くに置いてあった杖を手に取ると、目の前にかざし詠唱を開始する。


「ふむ……せっかくじゃ。大戦でも使わなんだワシの最火力を披露しようかのう」


 詠唱を始めてすぐ、老人の正面に光の球体が発生。

 球体は詠唱と共に大きさと光を強くし、余波で研究室においてあった設備や瓶を破壊する。


「この身も、魂も、研究成果も。おぬしらには渡さんよ」


 研究部屋一杯にまで拡大した球体へ向け杖を振る老人。

 するとそれまで大きさが嘘のように一瞬にして収縮。


 手のひらサイズになったかと思った、瞬間。


 限界以上に圧縮され耐えきれなくなった球体が弾け、爆発。

 布陣していた軍勢と周辺一帯の地形ごと、老人の肉体を文字通り消滅させたのであった。

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