第34話 井戸掘り

 次の日。

 今日はルーナたちとクエストをする日ではないが、俺は朝早くからナンナ家へと向かう。

 昨日の夜に考えていたことなのだが、鑑定などでステータスは表示されないが、レイリーの発言からこの世界にはレベルの概念があることが判明している。

 

 ルーナやヒナが、俺のダンジョンでゴブリンと戦闘を繰り返し、慣れや連携、経験で強くなっているということはもちろんある。

 だがそれ以上に、ゴブリンを倒した時に経験値を取得してレベルが上がり、それによって身体能力や魔力量が上昇していることで動きが大きく変わっていた。


 それらを考えれば、この世界で生きていくうえでレベルを上げることはかなり重要なことのように思える。

 レイリー曰く、寿命も延びるそうだしな。

 魔法がある世界ではあるが科学的観点から言えば、アンチエイジング効果やもしかするとテロメアさえ長くなる可能があるのだ。


 レベル自体は過酷な訓練や魔物を倒すことで上がるらしいのだが、騎士や冒険者など戦う職業でなければ命の危険を冒してまで一般人がレベル上げをすることはない。

 だが、俺にはダンジョンがある。

 安全にレベル上げができるというのに、世話になった人のレベルを上げない手はないだろう。


 ただ、ナンナさんは女手一つで家事と畑仕事をしてルーナたちを食べさせている。

 まあ、最近はルーナとヒナの稼ぎがかなりあるので、畑仕事は止めて全て外食や総菜を買ってもよいと思うが、せっかく畑を持っているのに使わないというのももったいない。

 

 ナンナさんが家から離れられない原因の一つにヒナの世話と畑仕事があった。

 ヒナは二日に一度は俺とクエストに行くことで手がかからなくなってきているし、もう一つの原因である畑仕事もこれを機に俺の得意なDIYで大幅に楽にしようと思っている。

 元実力派(自称)ホームセンター店員の実力を見せてやるぜ!




 コンコン


 「おはようございます。キョウジです」

 「はーい。開いているのでどうぞ」


 ナンナさんが出かけた後の時間帯での訪問では緩くドアを開けてナンナ家に入る俺も、家主がいて更にいつもより早朝の時間帯にそこまで傍若無人に振る舞うことはない。


 ガチャリ


 「にいに!」


 ナンナさんの言葉を待ってから俺はドアを開けると、ヒナがトテトテと俺の腰元までやってきて抱き着いた。


 「お、ヒナ。ちゃんと起きてるのか。偉いぞ~」

 「あい!」


 俺は腰に引っ付いているヒナが起きていることを褒めながら頭を撫でた。


 「キョウジはどうしたの? 今日はギルドへ行かない日よね? 朝ごはんならもう食べ終わったからないわよ」


 ルーナが今日は活動日じゃないのにどうしたの? と言ってやって来る。

 てか、朝ごはんをタカリに来てねーよ! むしろ朝食が終わったのを見計らってちょうど良い時間に来たつもりだ。


 「あら。軽くで良いなら作りましょうか」

 「ああいや、朝飯は食べて来ているんで大丈夫です。今日はナンナさんの畑仕事を少しでも楽にしようと思って、畑に自動給水機を作ろうと思って来たんですよ」

 「自動給水。それができるなら、水汲みの回数が減らせるだけでもありがたいですけど……」

 「ちょっとキョウジ! 本当にそんなことができるの? 今日はヒナと教会が主催している青空教室に行こうかと思っていたけど、私も手伝おうか?」

 「ヒナもてつだう!」


 腰からヨジヨジと俺の首まで登ってきて肩車状態になっているヒナが耳元で叫ぶ。


 「ヒナは勉強だろ~」

 「きちだから おかーしゃんまもるもん!」


 ヒナは母親の護衛騎士と俺が言っていたのを思い出したのか、それを理由に俺の耳を引っ張りながらイヤイヤする。


 「まてまて、耳が取れる、耳が取れる」

 「じゃあ、てちゅだっていい?」

 「ヒナ! キョウジを困らせないの!」

 「え~」


 まあ勉強自体なら今日は情報収集に出かけているレイリーに任せれば、ルーナとヒナはこの国でも最高クラスの教育が受けられる気がしないでもない。

 俺にしてもこの国や世界の歴史、この世界独特のものはこちらが教わる側だが、数学といった共通したものなら教えることもできる。


 ただ、ルーナとヒナにはこの町に友人もいるだろうし、そういう付き合いも大事だろう。

 ってか、そう言えばルーナの友人の話を聞いたことがないな?

 まさかボッチなのか?

 聞いては見たいが、ルーナは繊細なお年頃ということもあって俺は我慢した。



 いつもならナンナさんが畑に向かう時間になっても、ヒナが駄々をこねるので、俺はルーナたちの最近の話をナンナさんに報告して時間を潰す。

 そしてついにルーナたちが出かける時間になって、ヒナはルーナに引きずられながら青空教室へと向かって行った。

 俺はそれを見ながら、散歩に連れ出されたネコが、帰りたくないと嫌がってるようだなと思う。

 その後ろを特に騒ぐこともなくついて行くバジュラとのギャップが面白い。


 「ヒナのせいでごめんなさいね」

 「あはは。ヒナにはいつも元気を分けてもらってます。ついて来ても問題はなかったんですが、勉強も大事ですからね」


 俺たちはそんな会話をしながら畑へと向かう。


 「ナンナさんは今日はいつも通りにしていて下さい。俺は水源をどうするか調べてきます」


 畑に到着した俺はナンナさんにいつも通りの作業をしてもらうように言うと、この畑の近くにある小川へと向かった。


 「ふむ。ここから水を引こうかと思っていたが、ナンナさんの畑までは他の人の畑があって不可能か。日本のものを取り寄せるスキルがあればポンプを使って一発なんだがな」


 俺は予定していた水源が使えないと判断して、畑にもう一つある水源……井戸へと向かった。

 ここの井戸はナンナ家の畑からだと小川より遠いし、共用のものであるので細工をすることはできない。

 俺がこの井戸の確認に来た理由は深さを見るためだった。


 「それほど深くないな。これならもう畑のすぐそばに井戸を掘るか?」


 俺は畑へ自動給水をするための前段階として3つのプランを用意していた。

 一つ目は小川から用水路を畑までひくということ。

 二つ目は井戸を掘ってしまおうというものだ。

 そして最後の三つ目は、畑の近くに大きなかめを置いてそこに水魔法で俺が水を入れてしまうというものだった。


 畑の近くに水があるだけでもかなり水やりは楽になるが……。

 地質もそれほど硬くはなさそうだ。

 この井戸を見る限りでは深く掘らなくとも水が出るようなので、俺は試しに井戸を掘ることに決めた。

 一応、既に昨日の段階で井戸掘りは視野に入れていたので、穴を掘るための材料として竹を何本も手に入れて井戸掘り用に改造している。


 竹って強度がないのでは? と思うかもしれないが、古くから釘として使われていたり(木材を貫く強度)、コンクリートの強度を上げるために中に入れる鉄筋の代わりに過去には竹筋コンクリートで日本では鉄道の橋さえ作られていたこともあるほどだ。

 しかもダンジョン内で長い竹を貝殻とともに水に入れて沸騰させて油抜きをしている。

 本当は苛性ソーダ(劇物)を入れたかったが、なかったので水をアルカリ性にするために貝殻を入れたと言う訳だ。

 なぜ苛性ソーダを入れたかったかと言うと、苛性ソーダは強アルカリ性で油を強力に落とす力がある。

 石鹸なんかにも入っているし、昔から衣類の洗浄にはアルカリの力が使われてきていた。

 竹はこの油抜きをするかどうかで耐久力が大きく変わり腐敗もしなくなる。


 掌サイズの小さな井戸を打ち抜き式で掘る予定なので、竹の先に開閉する弁を取り付けた。

 これはネズミ捕りにも使われる弁で外から入ると出れないように作ってある。

 竹を打ち込み、そこに土や砂が入ると閉じられて土が掘り出せると言う訳だ。


 さらに小さな排水用の穴を無数に開けて、その上に竹に詰まった土を取り出す大きな穴もあけた。

 念のため、割れた場合に備えて予備も作っている。


 岩盤に当たって掘り進められない可能性も考えて地質の良さそうな場所を何ヵ所か見繕うと、俺はまず人が入れるだけの大きさで1メートルほど地面を掘り下げる。

 日本で俺が井戸を掘ろうとすれば、4~5時間はかかっただろうと思われるが、ダンジョンマスター、そしてレベルが上がっている今なら浅井戸……6~10メートルならば1時間もあれば掘れることだろう。


 俺はそう考えながら、1メートルほど地面を掘り下げた中心に井戸掘り用に加工した竹を突き立てるのだった。


 

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