第43話 魔法陣

 港のエリアに入ると、雲の隙間から太陽の光が幾筋も海に差し込むのが見えた。


「美しいな」

 後部座席のルイの言葉に、俺は無言で頷いた。


 バイクの甲高い排気音が、港の広大な空間に溶け込むように消えていく。

 俺たちは潮風に吹かれながら、第三埠頭の先にある公園を目指し、バイクを走らせた。


 しばらく道なりに進んで、行き止まりのT字路を左に曲がる。そして、真っ直ぐ進むと、目的地の公園に着いた。

 平日の昼間ということもあって、他に人気ひとけは無い。


 公園には動けるメンバーが十人、すでに集まっていた。


「竜一くん、大変なことになってる……」

「どうした健介?」

 バイクを駐め、鍵を抜きながら訊くと、


「ガレージが火事だ。あれは多分、火炎瓶か何かだ。シャッター閉まってたから外側だけだけど、酷く燃えてた」

 健介が落ち込んだ様子で言った。



 嫌な予感がしてガレージを見にに行く途中、火事を発見したということだった。すぐに消防に連絡したので、大事には至らなかったらしいが、あそこに集まっていたら煙に巻かれた上、襲われていたかもしれない。


「奴らか……汚いまねをするぜ。ところで、西上さんが言っていたものは用意したか?」


「もちろんだ」

 目の前には、塩がいっぱいに入ったバケツが十個置いてあった。


 ルイは、塩に何か粉のようなものを振りかけ、枝を突き刺していった。

「それは何だ?」

「これは街の中心にある大銀杏の葉を粉にしたものとその枝だ。これであの霊樹に宿っている力をこの塩に移す」


 ルイはそう言い、作業が終わると口の中で短く呪文を唱えた。全て終わると、俺の方を向いて頷く。


「OK。それじゃ説明するが、実は作戦に少し変更がある。奴ら、自分たちだけでなく、街全体に巨大なまじないを仕掛けていることが分かってな。それを壊さないといけないらしい。これから、奴らのアジトに向かうはずだったんだが、ターゲット変更だ。詳しくは西上さんが説明するが、要は街全体に仕掛けてある呪いのポイントを壊して回るんだ」

 俺はそう言ってルイに話をするよう促した。


 ルイは地面に大きな紙を拡げた。それは俺のたちの住むこの碧海浜市の地図だった。北の方角にはこの街を見下ろす庵泰山あんたいさんがあり、南の方角には広大な港のエリアがある。東の方には幾つもの工場が連なるエリアがあり、さらに東の方には一級河川の坂淀川さかよどがわがあった。そして、それらに挟まれるように市街地が拡がっている。


「今から教えるポイントを結ぶと、街全体を包む巨大な円になる。これらのポイントには、銅像やオブジェ、構造物なんかがあるんだが、それらには呪いの黒い文字が描かれているんだ」


「それをどうするんだ?」

「まずその黒い文字を白のスプレーで塗りつぶす。そしてそれらの前に塩で山を作って銀杏の枝を頂点に刺すんだ。それからバケツの塩は三分の一くらいは持って帰ってきてほしい。後で使う可能性があるからな……」


 ルイはそう言うと、メンバー一人一人に、今から行くポイントを説明し、塩の山の作り方やスプレーでの塗りつぶし方を教えていった。


 ブラック・マンバの奴らの化け物ぶりがよほど凄かったのか、途中、塩の山の作る位置や銀杏の枝の刺し方なんかを質問するほどに、メンバーは熱心にルイの説明を聞いていた。もちろん、俺の指示ということもあったんだとは思うが、ルイが心配したように頭から話を聞かない奴は一人もいなかった。


 説明が終わると、メンバーそれぞれがバイクに跨がり、バケツを持った。

「それぞれ、打ち合わせの場所にセットしてきてくれ。ブラック・マンバを見つけたら個別撃破だ。ただし、深追いはするな!」


「了解!」

 メンバーは、次々にバイクで出かけていった。


「皆、行ったな」

「ああ」

 ルイに、俺は頷いた。


「しかし、本当に皆、お前の言うことは信じるんだな?」

「だから言ったじゃないか」

 俺が答えると、ルイは微かに笑った。


「だが、街全体を覆う魔法陣っていうが、何もふだんと変わらないよな。まあ、魔法っていうくらいだから、目には何も見えないのか……」

「虎徹の力が無くなったためか。だが、今のお前の霊力なら見えるはずだ」

 ルイはそう言い、オレの後ろに回ると両手で俺の頭を挟んだ。


「うおっ!!」

 突然、空に見えた黒いドーム状の物体に俺は身震いした。


 その少し透けた真っ黒な球状の壁は、ずっと下の方から立ち上がり、空全体を覆っているように見えた。所々に、小さな紫色の雷が光り、うなり声のようなゴロゴロという低音が響いた。


「これが、今、悪魔の力を増幅しているのだ」

 ルイの言葉に俺は頷き、唾を飲んだ。

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