首吊りの話(宮沢・大学一年・男性:地)

 お待たせしたならすんません。授業、三号棟だったんで。食堂まで遠いんですよ。

 そうです、一年の宮沢です。覚えてます? 四月の新歓合宿で、夜に観測しようとしてコケて足捻ったやつです。その節はお騒がせしました。もう元気です。昔っから足よくぐねるんですよね。体使うの上手くないんで。

 川野から聞いて来たんですけど、先輩って怖い話好きなんですか? あ、やっぱみんなこれ聞くんですね。いやあだって思いますもん。俺は特にいい悪いとかはないですけど、珍しいなって思って。大体こう、歳食うとみんなそういうのやめちゃうっていうか、残ってるのがヤバいのばっかになるっていうか……はい。めっちゃ失礼ですね、これ。

でも先輩そういうヤバい系な感じしませんから大丈夫だと思いますよ。もっと俗いっていうか、煙草吸って酒飲んでうろ覚えカラオケやってる人がそういうのは──あ、すんません。俺好きですよ、先輩のこと。本当に。馬鹿にとかしてません、マジで。してないから話に来たんですよ、なんか必要だっていうから、役に立てるかなーみたいに思ったんで。本当ですってば。


 何でも頼んでいいっても、この時間に飯食うのも微妙ですよね。二時回ってるし……あ、じゃあかき氷頼んでいいですか。好きなんです、ここのやつ。氷の粒が荒くって、べたべたのシロップの味しかしないやつ。

 いいですよ、怖い話してちゃんとお金もらったりしたらこう、バチとか当たりそうですし──冗談ですよ。でもこのくらいが相場じゃないですか、友達とか後輩の適切な価格って。弱みも握ってないのにね、たっかい飯なんか奢ってもらうのはよくないでしょ。そういうの。カコン? が残るし、婆ちゃんにひっ叩かれます。


 席ガラガラで助かりましたね。混んでる中で変な話するのって、ちょっと心配じゃないですか。

 そうです、変な話なんですよ。怖いっていうか、微妙な? 話です。何だったんだろうあれって未だに引きずってはいますけど。


 えーと、確か五年前だと思うんですよ。なんか怖いドラマ見た翌日だった覚えがあります。刑事ドラマなんですけど、めちゃくちゃ人が死ぬんですよ。晒し首みたいなことしてたり、目ぇ狙うから俺怖くって。普通に夜の九時台にやってましたもん。あれ確か五年くらい前のドラマじゃありませんでした? あんまり怖かったんで覚えてます。ほら検索したら出てきた──あ、九月ですね。ほぼ秋のぎりぎり夏だ。でも暑かったとか覚えてないんですよね。その癖ビビったドラマの内容覚えてるって人間すげえ勝手ですね。馬鹿じゃん。

 話なんですけど。そうやってすげえ怯えつつ寝て、次の日普通に学校なんで起きました。確か晴れだったかな。自室のカーテン開けてから、朝飯食いに居間に行ったんですよ。家族にちゃんと挨拶とかして。その辺はきちっとしてるんで、俺。

 まあ眠いんですよね、朝なんで。ぼーっとしながらテレビのニュース見てて、外国の位置全然分かんねえなあとかそんなこと思ってたりしたんで、茶碗と箸持ったまんま止まってたんですよね。気が散って、眠くて。

 そしたら隣で飯食ってた母さんが、


「首吊った人じゃあるまいし、ぼうっとしないでちゃんと食べなさい」


 びっくりしました。

 びっくりして、箸持ったまま横向いたらすごい変な顔してこっち見てる。いや、明らかにおかしいこと言ってんのは向こうですよね。でも母さんは全然そんな雰囲気ないし、父さんも特に気にもしないで飯食ってる。俺がたらたら飯食ってたのを注意しただけ、なんですよね状況が。不適切な単語が出てきてんのに。爽やかな朝に。普段全然そういう──悪趣味な例えをするような人じゃないんですよ母さん。だから俺、びっくりしました。なんか機嫌損ねちゃったのかな、とか。どっかの誰かかテレビから吹き込まれたのかな、とか考えましたけど、どれもねえなって思ったりして。あんまり出てくる文章じゃないでしょ、首吊った人。ホラー映画か刑事ドラマぐらいですよ、そんな文がぽろぽろ出てくんの。

 まあ、食べましたよ。聞くのも怖かったし、朝なんで時間に余裕もなかったんで。あんまり遅刻とか好きじゃないんですよ、俺。今んとこ大学も無遅刻無欠席やってますし。こう、やるべきって決まってる予定蹴っ飛ばすのって気持ち悪いじゃないですか。

 そんで行ってきまーすっておうち出て、てくてく十五分歩いて中学校ついて。普通に教室行って友達とだべって、そんで授業とか受けたわけです。一日。


 で、一日駄目でした。


 誰と何を話してても、どいつもこいつも、どうにかしてその──首吊りの話を始めるんですよ。

 それだって同じ話題じゃないんですよ。その、例えばワケアリ物件の話を色んな人に振って、それで首吊った人がどうこうみたいなのが出てくるのは普通じゃないですか。普通っていうか、自然ですよまだ。連想できる理屈があるし。ワケアリってんならこう、不自然で不幸な事柄があったんだろうなっていうのを考えたら首ぐらい吊りますよ。あとはこう、薬とか、手首とか。心霊番組だとそういう説明つけてくるじゃないですか。じゃあそれが平均ですよ。

 けどそうじゃないんです。

 趣味とか、勉強とか、給食中とか。それが本命ってわけじゃなくて、ふっとこう、たとえで出てくるっていうか。最近やったゲームの話してたら友達が『首括る羽目になるぞ』とか言いだすし、数学分かんねえなって板書写してたら指名してきた先生が『首吊った人みたいな顔して』とか言うんですよ。そういう文章が日常会話にひょっと出てくるんです。いつもそういうこというヤツならまだ分かりますけど、普段そんなこと言わない人まで言うんです。昼休みのときなんか何回聞いたかな。しかも担任怒んないんですもん。普段ならちょっとした悪口で怒髪天つくような人なのに。

 剣道の顧問に「首括る気で踏み込め」ってアドバイスされたときは竹刀ぶん投げそうになりましたね。真剣なんだもん顔が。ふざけてねえなって分かっちゃって、余計にどうしようもなかったっていうか。


 部活終わって、全速力で走って帰りました。

 いつもなら友達とだらだら行くんですけど、それも怖くって。アキやモチにそんなこと言われたら、俺多分漏らすか吐くかしたと思うんですよ。嫌ですよそんなん。


 家帰って、具合悪いって部屋籠もって、みんな寝てから歯とか磨いて寝ました。頑張って顔合わせないようにして、家にいんのにメッセージ送って。ヒキコモリみたいな真似してんなあって思いましたけど、本当に皆怖かったんですよ。また朝みたいなことを言われたら、俺引きこもるどころか家出しようと思ってました。割と本気で。荷造りしましたもん、財布に貯めてたお年玉入れたりして。


 で、布団入ってぐっすり寝ました。寝れるもんなんですよね、人間。気張ってたってのもあるかもしれませんけど。


 次の日には元に戻ってました。

 恐る恐る起きて飯食って、一応シャワーだけ浴びて。そんでちゃんと時間通りに家出て。母さん、普通に行ってらっしゃいって声掛けてくれました。そんだけ。俺の奇行も気にしてなかったと思います。あれじゃないですか、思春期のなんかこう、そんな感じだと思ってくれたんじゃないですかね。

 学校もまあ、普通に一日終わりました。

 当たり前ですけど、一回だって首を吊ったり括ったりするような文章も出てこなくって、でもやっぱり怖かったんで歌うたいながらおうち帰りましたね。一人で。思い出すと躁かなんかですよね。そんだけおっかなかったっていうのもあるんですけど。


 何だったんですかねえ。

 俺も分かんないんですよ。本当。


 理屈もね、頑張ればなんかできるかもしれないですよ。でもねえ。

 一生懸命考えても、なんか俺の頭がおかしいことになっちゃうっていうか。あるじゃないですか、特に意味のない数字の並びに意味づけ始めてどうしようこの世は終わり! みたいに不安でやられちゃうやつ。なんかの初期症状みたいなのであるらしいじゃないですか。俺雑誌で読みましたよ。首寝違えて整体行ったときに待合室で週刊誌読みましたもん。

 困るんですよねそうなると。俺馬鹿でもいいけど、おかしくなっちゃうと人生に支障が出るから……いや、どっちも大変ではあるんですけど、大変の方向性が違うじゃないですか。俺はまだ馬鹿で苦労する方がなんとかできると思ってるんですよ。ずっと馬鹿なんで。慣れというか一日の長があります。


 だからまあ、特別引きの悪い日、みたいなもんだったのかなあって思ってます。たまたま首吊りって単語が流行してたとか、そんな感じの日。あるんじゃないですかそういうことも。気づかないけどなんとなく、そんな風に設定? されてたりとかするもんが。誰が設定してるのかなんて知りませんよ。あれじゃないですか、今年の流行色みたいなやつ。あれだっていつの間にかなんか決まってるけど、俺誰決めてるか知りませんもん。あるんじゃないですか、悪の組織とかそういうの。組織じゃなくて、個人かもしれませんけどね。

 あとはあれですね、今思いましたけど、刑事ドラマって意外と治安悪いですね。情報屋の目抉るの、深夜ドラマでもぎりぎりやりませんよ、多分。

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