011『カラオケと場違いな奴』

 竜崎の問いかけに、カエシアは困ったように笑った。ついでに隣のアルシエルもぴくんと反応する。

 余計なことだけは言わないでくれ! 特にアルシエル、マジでやめろよ!?


 そんな僕の祈りが通じたのか、アルシエルが何事かを言うのに先んじて、カエシアが答えた。


「実は三人とも親が同じ会社に勤めていて、その関係で子供の私達も知り合いなんです」

「ふーん……けど、それだけの割には親しげに見えるけど」

「何度か家族同士でバーベキューをしたり、交流がありましたから」


 カエシアは完璧な微笑を携えながらそう言うと、この話はこれで終わりとばかりに竜崎との会話を切って、他の生徒に話しかけた。


 竜崎は釈然としない様子だったが、そこは流石にモテ男。終わった話を掘り返すような愚行はしなかった。


 ホッとしつつ、僕はそれとなくカエシアに向けて頷いて、よくやった、と示す。空気の読めるカエシアは無意味に反応することはなかったが、アルシエルは無駄にドヤ顔をこっちに向けていた。お前は少し反省しろ。


   ***


 校内にチャイムが鳴り響いた。一時はどうなることかと思ったが、どうにかこうにか一日を乗り越えられてだいぶ気が楽になるのを感じた。


 カエシアとアルシエルの席の方を一瞥すると、早くも人が集まっている。例に漏れず、カーストトップの連中である。


 その他の生徒たちもお近づきになりたいのかチラチラと視線を向けているが、イケイケグループの放つ光のオーラに近づくことが出来ないようだ。結局は諦めて荷物をまとめて続々と教室を後にしていく。


 そんな人ごみに紛れるように、僕はそろりと教室の外を目指した。


「みんなでカラオケ行こうって話になったんだけど、よかったら二人ともどう?」


 途中、カエシアたちのすぐ横を通りがかると、ちょうど竜崎がカエシアとアルシエルを遊びに誘っているところだった。隣では取り巻きの浅間が「マジ」だの「ヤベー」だの、語彙力が心配になる言葉でBGMを作り出している。


 これ以上教室にとどまっていると変な形で巻き込まれるかもしれないと思った僕は、一刻も早くこの場から去るべく早歩きでその場を通り過ぎた。

 そして、廊下に出てホッと胸をなでおろした――その直後、唐突に肩を掴まれて思わず飛び上がってしまった。


 恐る恐る振り向くと、そこにいたのは浅間だった。


「お前も連れてくことになったから。先に帰んなよ」


 僕の返事も聞かずに確定事項のようにそう言う浅間の顔は、いつにもましてヘラヘラしている。竜崎や星川と接しているときとは雲泥の差。明らかに僕を下に見ているのが丸わかりだ。


 人を見て態度を変えるこういった輩は、自分が相手より上か下かを必要以上に重視する。こいつにとって僕は明確な『下』の人間なのだろう。そして、こういうタイプは見下している相手に反抗されるのを許せない人間だ。


 ここで仮に僕が彼の誘いという名の命令を拒絶したとしたらどうなるだろう。おそらく、彼は『プライドが傷つけられた』と感じるに違いない。その時、彼が僕にどういった行動を取るのかを考えると恐ろしい。


 仮に彼が『黒地のやつ、調子こいてるからハブろうぜ』と言い出せば、それに公然と逆らえるようなクラスメイトはいないだろう。竜崎や星川なら当然逆らえるだろうが、拒絶する理由もない。


 これでは、中二病がバレるとかバレないとか以前に、シンプルに高校生活が終わってしまう。


 とある有名投稿サイトに掲載されていたコラム『完全攻略! ボッチから抜け出すたった1つの方法~実践編~』によると、交友関係を構築する上で大切なのは敵を作らない立ち回りをすることだという。いわゆる〝空気を読む〟というやつが必要ということ。つまり、ここは大人しく受け入れるのが吉だろう。


 それに、もしかしたらこれがきっかけで友だちになれる可能性だってゼロではないし。


「わ、分かった」


 僕は少しだけワクワクしながらそう答えると、それからしばらく竜崎たちが出てくるのを廊下で一人待ち続けた。


   ***

 

 学校を出ると、僕らは徒歩で駅前のカラオケへ向かった。メンバーは竜崎、星川、浅間、僕、カエシア、そしてアルシエルの六人。


 正直、アルシエルには拒絶してほしかったのだが、僕も一緒に行くということを伝えられると乗り気になったらしい。


 そんなわけで駅前の繁華街を一塊になって歩いているわけだった。いや、少し見栄を張ってしまった。正確には僕だけちょっと後ろの方でハブられ気味だ。


 ふと脳裏によぎる過去の記憶。班員の背中を眺めながら『フッ……俺に背を向けるとは、愚かな奴らだ』なんて思っていた修学旅行あの日。

 思わず叫びそうになった。うっ……苦しい。


「――でさでさ、俺って昔から何やってもできるタイプだからさぁ、そのサッカー部の奴とのドリブル勝負でも勝っちまって? そしてら、そいつ突然ブチギレてさぁ! マジダセェっしょ!? だから、俺はビシッと言ってやったわけ――」


 僕の前では浅間がアルシエルに向かってマシンガントークを繰り広げている。当のアルシエルは明らかに馬耳東風だが、それに気がついていないのか彼は気持ちよさそうになおも話を続ける。


 その二人の斜め前には星川、竜崎、カエシアの並びで和やかに会話を繰り広げている。といっても話しているのはもっぱら竜崎とカエシアで、星川はスマホを弄って会話には参加していない。


 最初はちょくちょく彼女も話しかけていたが、竜崎がカエシアとの会話を優先するものだから、いじけてしまったようだ。


 それでも、竜崎の横を離れず、彼の制服の袖をちょこんと摘んでいるのを見ると、モテないボッチ男子としては苛立ちを覚えざるを得なかった。

 

 星川は正直言ってめちゃくちゃ可愛い。グレージュボブにピンクのインナーカラーの髪の毛はつやつやで、近くを通ると意味がわからないくらい良い匂いがする。ツリ目気味でちょっときつい顔立ちをしているけれど、だからこそたまに笑ったときに見える八重歯がすごくグッとくる。


 それと忘れちゃいけないのが、守備力低めのスカートと胸元だ。気を抜いてたまにパンチラやブラ透けを提供してくれるのもポイント高い。

 多分、クラスの男子のほぼ全てが星川と自分で妄想したことがあるのではないだろうか。


 そんな星川を無碍に扱って、しかもそれが許される竜崎は、一体前世でどんな善行を積んだというのだろう。自分との青春レベル差を改めて見せつけられたようで、思わず溜め息が漏れそうだった。

 僕は目の前の彼らを眺めるのが億劫になって周囲の風景に目を向けることにした。

 

 何の変哲もない、ちょうどいいぐらいに栄えた駅前。下校時間のため、他校の生徒も含めて学生が多く行き交っている。誰も彼もが楽しげで、青春レベル高めだ。周囲に逃げ場はないらしい。


「……場違いな奴だな」


 思わず自嘲するようなことを呟くと、直前を歩いていたアルシエルがぴくんと背筋を震わせて立ち止まる。


「ありゃ? シエルちゃん、どっかした?」


 突然なんだと不思議そうに声をかけてくる浅間を無視して、アルシエルは鋭い視線を明後日の方向に向けた。

 釣られて同じ方に目を向けてみる。どうやら遠くの高層ビルの屋上の方を見ているようだが、特に何も変わったところはない。少なくとも僕の視力で見える範囲では。


 一体、彼女に何が見えたのだろう――と思ってアルシエルに視線を戻すと、ちょうどばっちり視線が合った。すると、アルシエルがコクリと頷いた。


「今、アルシエルも気がついたデス。仰るとおり、場違いな輩が居るようデスね」


 なんか知らないけど突然ディスられた!? 

 意味不明すぎて唖然としていると、そんな僕の反応をどう解釈したのかバツが悪そうに頭を下げた。


「見つけるのが遅れて申し訳ないデス。恥ずかしながら、ご主人に指摘されるまで気が付きませんでした……この失態は必ず取り戻すデス」


 悔しそうにアルシエルはそう言うと、僕が何かを言う前に一人で駆け出していってしまった。当然のことながら僕は全くついていけていない。


 竜崎と浅間、星川、そして僕はぽかんとやつを見送ることしか出来なかった。その一方で、カエシアの表情はこわばっているように見えた。

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