008『学校の新ヒロインは魔女とゾンビ』

「――分かったわ。貴方の要求を受け入れます。私一人では魔術機関ユニオンに対抗できないことは、今日のことで改めて理解したわ……私を庇護してくれるというのなら、手駒にでも情婦にでもなりましょう」


 結局、アルシエル主導による駒獲得作戦は、カエシアが僕への恭順を誓ったことで見事成功に終わった。


 どうやら彼女には味方がおらず、一人で魔術機関から逃げることに以前から限界を感じていたらしい。そこに来て現れた僕らはまさに渡りに船だったようだ。


 素直に受け入れてくれて良かったとホッとするのと同時、どんどんと外堀を埋められていることに身の毛がよだつ。

 身の丈に合わない評価・立場は人を殺すことは歴史が証明している。いつか全てがバレて酷い死に方をするような、そんな気がしてならない。


 自宅に帰ってきた僕は風呂に入る気力もなく、速攻でベッドに倒れ込んだ。

 当然のようにアルシエルも僕の部屋に入ってきたが、もう気にしている余裕もなかった。とにかく……今日は疲れた。


 アルシエルがなにか言っていたが、おざなりに聞き流すと、僕は夢の世界に現実逃避した。


   ***


 ――翌朝。

 今後の不安もあってか妙に早く目が覚めてしまった僕は、いつもよりもだいぶ早く家を出た。


 家の中という閉鎖空間で常に他人(というかゾンビ)から見られている環境。さらに中二病の演技を強制される上、演技であることがバレたら殺されるかもしれないという状況は想像以上のストレスだ。一秒でも長く家の中に居たくなかった。


 アルシエルは当然ついてきたがったが、生徒でないものが学校に出入りすると目立つという理由で却下すると渋々だが受け入れた。加えて、私服姿の女の子と制服姿の僕が一緒にいると目立つという理由で、制服姿の僕に近づかないことも承諾させた。


 最高の開放感だ。これほどの開放感は、高校受験が終わった直後以来かもしれない。


 清々しい気持ちで教室に入ると、まだ人はまばらだった。早く来ていた優等生たちの視線が一斉に僕に向く。しかし、すぐに興味を失って元の方を向いてしまった。


 中学時代に比べればマシだけど、高校になってもクラスで僕は居ないものも同然だった。

 けど、いつかは友だちを作ってみせるという気持ちは薄れていない。絶対に……絶対に高校では人並みの青春を手に入れて見せるのだ!


 そのためにも、せめて学校の中でぐらいはこれまで以上に〝普通〟でいることを心がけなくては。

 家で中二病のふりをしている影響で、学校でつい中二的発言をしてしまう――そんなミスだけは絶対にしてはならない。


 などと決意を新たに席に座ってしばらく。クラスの中心生徒たちが登校しはじめて教室が賑やかになってきた。


 我が1年Cは主に3グループに分かれている。剣道部の竜崎と女子マネージャーの星川を中心とした一軍グループと、その他大勢の二軍グループ、そしてクラスで浮いている三軍グループ。


 至極普通な僕はもちろん二軍グループ――と言いたいところだが、現状は三軍グループに甘んじている。


「――なぁなぁ! さっき職員室前にめちゃくちゃ可愛い子がいたぞ! 過去最強! マジパネェ!」


 二つ前の席からそんな声が聞こえてきて、僕は反射的に耳を澄ませた。僕とて健全な男子高校生だ。もちろんこういう話は気になる。


 言い出したのは一軍グループの浅間とかいう男子だ。少しチャラチャラした感じのある、日焼けツンツン頭が特徴。


「浅間、ついこの間も過去最強って言ってなかったか?」

「いや、今回はマジ! マジで過去最強美少女だったから!」

「おいおい、ホントかよ」


 話しかけた相手は我がクラスのカーストトップである竜崎だ。身長は180超えで顔は精悍というよりは中性的。少し色素の薄いサラサラヘアーと、キリッとした眼、スッと通った鼻筋にスッキリした顎。武道家らしく体格はガッチリしている。


 傍らには星川が机の上に座っている。グレージュボブにピンクのインナーカラー。小柄でスレンダーな体つきと気怠そうなツリ目が、どこかネコっぽい雰囲気を感じさせる。

 星川は右手に持ったスマホに目を落としながら浅間に質問する。


「可愛いって、どう可愛いわけ?」

「んー……多分、ハーフ? もしかしたら、ふつーに外人かも。髪は明るい茶色だった。色白でキレイ系って感じで、あとスタイルがヤバい!」


 ハーフ、外人というキーワードに一瞬灰色髪の彼女が脳裏に浮かんでドキッとしたが、茶髪と聞いて安堵。


 ――直後、唐突にふわりと良い匂いがして、僕の視界の端でひらりと亜麻色あまいろの長い髪が翻った。


 反射的に振り向くと、そこにはびっくりするような美少女がいた。艶やかな亜麻色の長い髪にシミ一つない透明感のある肌、切れ長の涼し気な青い眼差し――、


「…………」


 いや……ちょっとまてよ?

 何か、めちゃくちゃ見覚えのある顔立ちなんだが?

 具体的に言うと、昨日見たことのある顔なんだが?

 ていうか、髪色が違うだけで完全にカエシアなんだが!?


「な、なな……何で……ここに、居る?」

「……アルシエル様からの命令です。下僕しもべたるもの、常にご主人様マスターの側で傅くようにと」


 動転しながらどうにかこうにか問いかけると、カエシアはそっと僕の耳元に口を寄せて囁いた。

 近い距離感に心臓が跳ね上がる。ついでに女子たちからキャーという悲鳴が上がる。

 クラスメイトたちからの視線が痛い。

 

「教師はですのでご安心ください。制服は展示用のものをいただきました」


 そう言ってカエシアは胸元の布をつまんだ。

 日本人離れしたプロポーションのカエシアに、日本の平均サイズのセーラー服は小さいようだ。胸元がパツンパツンに張ってしまっている上、丈も足りてないから臍がチラチラと見えてしまっている。スカートも生来の足の長さのおかげで、詰めていないだろうにミニスカ状態だ。

 

 思わず胸や臍、太ももを凝視しそうになってしまったが、どうにか強い意志で堪えた。


「……髪は、どうした? 色が違うが……染めたのか」

「偽装魔術で変えています。私の髪色はどうしても目立ちますから」

「……目立つことには変わらない気がするが……」

「何故ですか?」

「……あ、いや……何でもない。気にするな」


 僕がそうはぐらかすと、カエシアは怪訝そうに首を傾げた。

 髪色を珍しくない色に染めたところで美人すぎて目立つことには変わりがない――なんて、流石にキザすぎて言えない。


「えっと……黒地くん、だっけ? 彼女は一体……?」


 ヒソヒソと二人だけで話し続ける僕らに焦れたのか、竜崎が問いかけてきた。

 それも当然のことだろう。カエシアみたいな飛び抜けた西洋美少女が、僕みたいな冴えない三軍のボッチと近い距離感で話をしているのだから。


「……えっと……」


 どうすれば良いのか分からず僕は固まってしまった。そんな僕に追い打ちをかけるように、悪魔の如き声が耳に飛び込んできた。


「――ごっしゅじーん! 忠実なる下僕ただいま参上デス!」

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