躓き 2

折り重なる理由

第1話 いかづち

　雷に乗り届いたものは、宇宙（そら）からの贈り物であった。

　雲の知らせにより、親子水入らずで、山下公園にやって来た。どんよりとした宇宙から降（お）り始めた帳（とばり）が申し訳なさそうに薄暗くなっていく。流れる雲は姿を変えながら『御告げ』を象（かたど）っていた。人には読み解けない、と云わんばかりに、雲が急速に型（かたち）を変えていた。

　楓花は宇宙を見上げたままで、

『天使か悪魔か？　この眼で見届けてみせるわよ』と云わんばかりに、目を凝らしていた。

　となりに居並ぶ、うさぎは

『いきり立つと、真実に辿り着けないですよ』と思い定め、気を引き締めていた。言葉にしないことで、想いを募らせていた。

　流れ星に注意を殺がれているうちに、隕石が地球を取り巻く層に突入していた。大気圏に突入すると発火して火球となり、個体を磨り減らしながらである。なので、元々の大きさは定かではなかった。

　近づいて確認する限り、パチンコ玉程であった。恐る恐る手を伸ばした楓花は突き刺す刺激で、お手玉のように、それを投げ上げる。

　重力圏を知らない物質が藻搔くように動き回り、人間の概念を覆していた。

　偶然に出逢っていたら『キモっ！』と、楓花は囀（さえず）って終っただろうが、御告げに導かれたふたりは、その動向に愕（おどろ）きをみせなかった。

　たまたまその場に居合わせた群衆にしても、興味を持つほどのことではないのだろう。カップルの内心は、違う妄想に取り憑かれている様（よう）であった。

「ねぇ？」

「なんですか？」

　うさぎはその時、楓花の疑問を聴き流す算段ではないようだ。

「これって新元素だよね？」

「分析しないと解りませんがね？」

「御告げでは、宇宙（てん）からの贈り物と解読したでしょっ」

「開けてびっくり玉手箱、と云いますからね」

「玉手箱？　なんでよ」

「贈り主は、感性母さんでしょうからね」

「感性様なの？」

「たぶん、ですがね」

「他に当てがないから？　なんでしょっ」

「人に期待している節がありますから、想いの丈なんですからね」

「人間は裏切り続けているのに？　懲りてないのかなぁ」

「幼い生命体であることは、真実ですからね」

「そういう問題じゃ!　ないはずなんだけど？」

「割り切るしかないのですよ」

「？　で、この後はどうすれば良いのよぉ？」

「持ち帰りましょう」

　うさぎは言うと、ハンカチを取り出して、両端を取り、袋のネズミのように包み込み何度も結んだ。布目から入り込む地球上の元素と合成させない様に、隔離したようだ。挙げ句の果てに、コンビニ袋に入れる周到さであった。そそくさと、なにもなかったかのように足跡（そくせき）を消して、さっさと帰宅の途についていた。

　帰宅するふたりは当たり前の日常に努めていたが、地球外生物には、そんな概念や観念を持ち合わせていない様で、人眼が気になるようだつた。楓花は集中力を削がれ、うさぎへその責任を廻していた。

　やっとのこと帰宅したのだろう、楓花は愚痴っぽく語り始めた。

「さっきは上手く誤魔化したけど、玉手箱ってなんなのよ？」

　楓花は疑問をそのままにして措けなかった。

「御伽噺（おとぎばなし）にして於けないようですね」

　うさぎは云って、ソファーに腰を据え、楓花を隣へ座らせた。

　楓花は刹那に唇を尖らせて

「現実逃避ができないだけよ。思考回路が、追（つ）いていくので一杯なの。父さんと違って、経験が浅いんだから、少しは気を遣って欲しいんだけどなぁ」

「？」

　うさぎは、楓花の甘えにほくそ笑んでから

「御伽噺の謂われはなんだと思いますか？」と、説いかけた。

「？、夢物語なんでしょっ」

「空想と現実の境界線が、曖昧になっているのでは？」

「それこそ、人それぞれ、なんでしょっ」

「私の口癖は措（お）いておいて下さい」

「夢は夢でしかないもの？　なんでしょっ」

　楓花が言葉を濁し気味に放った。

「私の観る夢は、御告げばかりですよ」

「あっ！」

　心にない、と云わんばかりに、あげた頭（かぶり）に懺悔（ざんげ）の後を濁していた。それを表情から読み取ったようで。

　うさぎは

「答えはひとつではありません。楓花が答えとしたものにも先が存在しますからね」

「答えの先、だよねっ。解っているんだけど、先走っちゃうんだ」

「そうやって、人が未熟であることを教えてくれています」

「無くて七癖、って言うもんね」

「賢者でも最低七つある、と嗜（たしな）めています。実際には七つ以上あるはずですよ」

「これからは、先をみるようにするわよ」

「努力は必ず結果に現れますからね」

　うさぎは楓花に笑みを向けた。

　心の中では、

『継続は力なり、なんですからね』と投げかけていた。楓花はまだ、人間の思惑を見抜くだけの甲斐性は備わっていなく、言葉に隠された想像（れんけつ）を養い中であった。

「楓花が想い浮かべた空想は、楓花だけのものでしかありませんからね」

「あたしの概念が作り出したもの、っていうのは理解（わかる）わよ。それでもそれは、私の空想（じゆう）でしょ」

「勘違いしないで下さい」

「勘違い？」

「観るのは自由ですが、思い込みを自由とは言っていませんからね」

「なんで思い込みと断言するのよ」

「手にした大きさで塵や埃に考えていませんか？」

「パチンコ玉程度の大きさなんだから、新元素も2・3個位しか入ってないだろう、とは思ったわよ」

「塵や埃から鉱物になるまでに、何年かかると思っていますか？」

「？」

「少なく見積もっても、数百年。鉱物が人のように成長すると思っていませんか？」

「パチンコ玉程度の大きさに、数千・数万の新元素が入っていると言うの？」

「桁が全然違います」

「億なの？」

「もっと上です」

「兆？」

　うさぎは頭（かぶり）を横に振った。

「天文学的数字ってことなの？」

「一日ひとつの元素を取り込んだとしても、365Χ数百年以上、という計算になりますからね」

「それって？　層で削られる前の話しでしょっ」

「だから思い込んだ？　のですか」

「どうしてそれを知ってるのよ」

「科学が完璧とでも思っているのですか？」

「53億年の集大成って言ったわよ？　ね」

「その三倍以上の歴史が、宇宙にはあります」

「だとしても、それを知ってどうなる？　のよ」

「だから、幼い生命体なんですよ」

「？、もしかして次は、宇宙工学を勉強する気なの」

「御告げの解読をする為に、必須になる条件だけは学んで措いて下さい」

　楓花が徐（おもむろ）に頭を抱えた。

「人間、死ぬまで勉強？　ってことなんだね」

　独り言にも聴こえたが、うさぎが、楓花の理解しようという姿勢に喜んでいた。自分の為にすることが、親孝行にもなる？　と判ったことで、良しとしよう。考えを改めたために、顰め笑いを繕っていた。

　若さの特権は、豊富と想える時間があるから、やり直すことが許されているはずで、失敗から学ぶ経験値を増やせるからである。それを可能性と捕らえるから、欲や悪意が付け入る隙が生まれるのであった。