第34話 塩


 ――南のベネ領が塩の価格を上げようとしている。


 ステラからそんなウワサを聞いた俺は、ダダリに帰るとジョブ『商人』たち9人を集めた。


「王国内で塩を生産している地域は、アガル領、ベネ領、ケース領、ダットリー領の4つです」


 と、タルル。


 そう。


 もし、ベネ領が不当に塩の価格を上げるのなら、別のところから買えばいい。


「お前たち、ベネ領以外の地域で塩の買い付けにいってくれないか?」


「ボクらすべてですか?」


「うん。急を要するからな。三方に手分けして頼む」


 そもそも。


 すべてのものを自分の領地で生産できればそれが理想なのだけれど、どうしても物理的に作れないものはある。


 たとえば、海のない領地で塩は作れない。


 そういう場合は輸入に頼らざるをえないワケだが、それでも今までみたいにひとつの領地からの輸入に依存していたのはよくなかった。


 せめて輸入する相手国を複数に分散させるべきなのである。


 そうすりゃ、ベネ領も簡単に値上げなんざできねえはずだよね。


 ……というふうに思っていたのだが、それは俺の見立てがちょっと甘かったらしい。


 後日。


 ベネ領から使者がやって来た。


「吾輩がベネ領の使者である。これが書状だ」


 そこには案の定、『これからは塩の値段を10倍にするから。ヨロシクなッ!』という内容が書かれていた。


 マジふざけてやがる。


 俺は書斎へ引っ込み『ざけんじゃねー。そっちがその気なら、こっちにも考えがあるぜ!』という旨、返事を書いた。


 こっちが別で塩の買い付け経路を築いたらあわてるのは向こうだ。


 弱気でいたらもっと足元を見られるし、ちょっと強めの対応くらいでちょうどいいだろう。


 ただ、俺ってヤツは怒っている感じを出すのが下手なんだよなあ。


「兄ちゃん……」


 そこで末弟のラムドがお茶を持って書斎に入ってくる。


「大丈夫? 兄ちゃん」


「ん? ああ、今返書が書けたところだよ」


 俺はラムドが持ってきてくれたお茶を飲みながら続ける。


「そうだ。悪いけどラムド。これ持っていってくれないか?」


「ベネ領主へのお返事?」


「ああ。それでな、使者のヒトヘ『お兄ちゃんがスゲー怒ってました』ってわからせてやっといてくれ」


 俺が直接怒るより第三者に伝えてもらった方が信憑性が出そうだ。


「わからせる、かぁ……。うん! 了解、行ってくるね♪」


「ラムドは良い子だな。頼んだぞ」


 ラムドは可愛らしい笑顔でコクリとうなずき、返書を持って書斎を出て行った。



 ◇



 夜。


 家にラムドがいないことに気付く。


 ちなみにベネ領の使者ももういない。


「ヨルド、ラムドを知らないか?」


「知らないよ。でも兄ちゃん。その言い方だとアイツ使者と一緒にベネ領へ行っちゃうんじゃないかな」


「なんだと!?」


 客間にいる使者へ持っていってくれって意味だったのだけど、そんなふうに取る?


 でも、ラムドのことを一番よくわかっているのはヨルドだ。


 ヨルドがそう言うのだから、そうなんだろう。


 なんてこった……


「兄ちゃん。ラムドなら心配いらないよ。アイツ、強いから」


「いくら強いったってまだ子供なんだぞ。心配に決まってるだろ!」


「そう? ボクは使者の方が心配だけどね」


 そりゃどういう意味……と聞き返そうとした時。


 塩の買い付けへ行かせていた商人のうち3人が帰ってきた。


「アーノルド様、申し訳ございません。我々はアガル領へ行ったのですが塩は売ってもらえませんでした」


「は? 売ってもらえなかった?」


 彼が言うにはこうだ。


 塩の買い付けに行くと、最初は歓迎された。


 しかし、一定量の仕入れとなるとどうしても小切手や手形を書く必要がある。


 するとこちらがダダリの商人であることが明らかになるわけだが、そこでアガル領の塩商人たちは急に手のひらを返して「塩を売ることはできない」と首を振ったのだと。


「どういうことだ?」


「我々もわからないのです。相手方は売らないの一点張りで……」


 やがて、ケース領へ行った3人、ダットリー領へ行った3人もそれぞれ帰ってくる。


 しかし彼らも同じような具合で塩を売ってもらうことはできなかったそうな。


 どうして……!?


「ボクも不思議に思って少し探ってみました」


 と言うのはタルル。


「どうやらライオネの圧力があるようです。ダダリに塩を売るな、と」


 やはりライオネが絡んでいるのか。


 ステラの予想どおりだ。


「でも、どうしてそんなことを?」


 そんな疑問もすぐに解消される。


 ベネ領に続き、ライオネからも書状を持った使者が来たのである。


「吾輩がライオネ領の使者である。これが書状だ」


「なんかNPCのように同じセリフだな」


「なんと?」


「いいや、なんでもない」


 それはさておき、書状に書かれていることはこうだ。



―――――――――――――――――――

1、ベネ領がダダリへ売る塩の値段を10倍にするというのは横暴であり、我らライオネも遺憾いかんに思っている。


2、とは言え、女王ニーナ様は平和を望む君主であらせられるし、ベネ領、ダダリ領が争うとなれば大変おなげきになられるだろう。


3、そこで我々ライオネが仲裁に入ろうと考えたのである。我々が仲裁に入れば、戦争を回避でき、さらにベネ領が要求している10倍の値上げを2倍にまで抑えさせるとお約束する。


4、ただし、我々ライオネがただボランティアで貴領をお助けしてしまったら、現・領主アーノルド殿の誇りと面目を傷つけてしまうかもしれない。その点については先日の戦いでダダリ領が得た『旧・ガゼット領』をそのまま我らへ割譲くださればよろしい。


5、以後も、我らと貴領とで『WinWin』の関係が続くことを熱望する。

―――――――――――――――――――



 おお、ライオネが仲裁に入ってくれるのかー。そりゃ助かったわー。


「……って、なるかー!!」


 これでわかった。


 ベネ領とライオネ領は初めっからグルなのだ。


 そもそも、ただベネ領が塩の値段を上げると言ってきても、『だったらよそから買う』で終わってしまう話であろう。


 だが、ライオネのような大きな領地が塩の生産地へ『ダダリへ塩を売るな』と圧をかければ、俺らはベネ領から塩を買う以外になくなる。


 まさに塩のABCD包囲陣、敵に塩を送る豪傑なんざ上杉謙信くらいなもの。


 俺たちは干上がってしまう。


 そこでライオネが仲裁という形で介入するわけだ。


 ライオネは俺らから旧・ガゼット領を奪えるし、ベネ領は塩の価格を2倍に上げることができる。


「ご返答いただこう」


 と、ライオネの使者。


 ざけんじゃねー……と返すのは簡単だが、しかし、こうなってくると話は複雑だ。


 と言うのも、よそで塩を仕入れることができなくなっている以上、ライオネの提案を蹴ると10倍の価格を呑むか、ベネ領を攻める他なくなる。


 事実上、10倍の価格なんて無理なのでまた戦争ってことになるのだ。


「アーノルド、何をうだうだしているんだい! やっておしまいよ!」


 おふくろはそう言うが、今回はわかりやすく攻めてきたのを守る戦いではない。


 やるとなると、こちらから攻めるいくさになる。


 これに領民を巻き込んでいいものか……


「ただいまー!」


 そんな時。


 玄関でラムドの声が響いたのだった。


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