第12話 メイド喫茶 in イケメン

 いつも通り電車に乗って友達と帰っていると、私が降りる駅の一つ前で停まった。電車なのだから、一回一回停まるのは当然だ。

 なんとなくホームを見ると、なぜかいつも歩きで帰ってるお兄ちゃんがいた。

 お兄ちゃんは友達が少ないから寄り道とは考えられない。しかも、今は一人だ。私が今乗ってる電車に入ってくる様子はない。

 

「アイリーン、今日はここで降りるね」

「そう……。また明日」

「うん、また明日」


 学校ではお嬢様キャラとして確立している私だから、「〜ですよ」とか「〜ですか」みたいに、敬語を使わないといけない。だが、アイリーンは私の本性を知ってるから大丈夫だ。

 キャラの固定がこんなにめんどくさいことと知ってたら、最初からこんなことしなかったのに。


「あれ、どこ行った?」


 気になって降りてみたはいいものの、見失ってしまったみたいだ。人が多いから見つけられないだけだから、まだこのホームにいるだろう。

 

 数分探していると、次の電車が駅に来た。ここでお兄ちゃんに逃げられると、何してたのかわからなくなりそうだなぁ。よし、電話かけてみるか。

 私が電話をかけると、少し遅れてどこからか着信音が聞こえた。アナウンスとか話し声とかで聞こえにくかったが、タイミング的には二人分の音だ。

 しかも、左右から聞こえたから、どっちかを探せば片方は諦めなければならなくなる。

 一体どっちだ?

 右には長身の人がいて見えない。仕方なく左側を向いてみると……一際ひときわ目立つイケメンがいた。わっかりやすいなぁ、なんで気づかなかったんだろ?


『もしもし? なんか用か?』

「あ、友達と間違えた」


 私は即座に電話を切る。ずっと流れ続けているアナウンスの声が、電話越しに聞こえないという保証はない。あいつは、ただでさえ勘がいいのだから、さっきの一瞬でバレた可能性だってある。


「あ、入ってった」


 お兄ちゃんは、さっき来た電車に乗った。ついていくために私も乗ったが、人がかなり多いからバレることはない。まぁ、GPSとかで確認されたらアウトだけど、お兄ちゃんがGPSの使い方を知ってるとは思えない。 


「なんか……気にしてる?」


 私に気づいた? いや、この感じは、誰かを尾行してる感じだ。あんなにイケメンなのにストーカーとは……どれほどの高嶺の花なのかな?

 お兄ちゃんはドアに寄りかかってなんでもないように振る舞っているが、視線は一人に固定されている。

 すらっとした長身の黒髪ロング……うん、典型的なツンデレかな? どうせアレだろ、黒タイツでお嬢様なんだろ? 

 あの子、かなりカワイイ女の子ではあるが……目立ちすぎだろ、二人共。あ、それは私もか。

 私は150前半くらいの身長だし、ロン毛ではあるけど茶髪だし、クール系でもない。お嬢様……なのかもしれないけど、執事とかいないしなぁ。今度お兄ちゃんにコスプレでもさせるか? 

 私とお兄ちゃんとあのカワイイ子の周りには、人一人分のスペースがある。痴漢どころか、触れるのも恐れ多いと言うことらしい。少し罪悪感があるけど、頼んだわけじゃないし気にしない。


「あれ、あの子どこかで……?」


 気のせいか……? 中学生の頃の友達ならすぐに出てくるはずだから、多分誰かに似てただけだな。そもそも、あんなにカワイイ子なら忘れるはずがない。

 

 あの子が降りる駅に着いたらしく、二人は電車から降りた。私もお兄ちゃんが降りるのが見えて、ホームに出た。

 ここら辺来たことないけど、何かおもしろそうなお店でもあるだろうか? メイド喫茶とかあったらいいなぁ。


「うわ、なんかテンション上がってきた」


 あの子を尾行しているお兄ちゃん。そのお兄ちゃんを尾行している私。あれ、こういう時って私も誰かに尾行されてるんじゃね?

 一応後ろを確認してみるけど、誰もいない。アイリーン、私のこと尾行してこいよ!


「……あ、アイリーンも連れてこればよかったぁ。どうせ暇だろうし」


 アイリーンならお兄ちゃんのことも知ってるし、おもしろ半分で着いてきそうだったな。正直に言えばよかった。尾行もしてこなかったわけだし。


「あ、メイド喫茶発見! 後でお兄ちゃんと来て、メイドさん独占しよう」


 きっと、お兄ちゃんの接客をするために、メイドみんなで取り合うに違いない。そんな修羅場がすぐに想像できる。


 てか、マジでストーカーなの? 妹として兄が奇行に走るのは止めたい……けど、なんかおもしろくなりそうだし、別にいっか。お兄ちゃんって、好きになった子とか教えてくれないし。兄妹だと言うのに薄情だ。



「え、男?」


 五分くらい歩いた後、あの子が男と合流。しかも、あの人ウチの高校の人だな。なんかイケメンとか言われてる人。

 会話もしたことないのに私とお似合いとか噂されてるから、かなり迷惑だと思っている。あっちがどう思ってるかは知らないが、私的にはなしだ。顔で勝負したいなら、お兄ちゃんよりもイケメンになってから出直してこい。ブラコン舐めんな!

 おっと、話が逸れた。お兄ちゃんの反応は……まさかの変化なし⁉︎ 本当は好きじゃないの⁉︎ ウチのお兄ちゃん、もしかしてMなのかな? 


「てか、あれ誰? 彼氏? え、何? 略奪愛でもする気なの?」


 いや、顔で言うならお兄ちゃんが圧勝だけど、——てか、お兄ちゃんと比べること自体が可哀想なのだけど——略奪愛は応援できないよ。だって刺されちゃうよ? お兄ちゃんは大丈夫かもだけど、女の子の方は死んじゃうよ? 


「しかもお隣さんかよ! 幼馴染か?」


 話しながら歩いた二人だったが、家はお隣のようだ。「じゃあね」「うん、また明日」みたいなテンプレ会話はないみたいだ。毎日一緒に帰っているのだろうか? 慣れている感じが見て取れる。


「あれ? そう言えばお兄ちゃんは?」


 あの二人が気になって、途中からお兄ちゃんのことを忘れていた。しかも、普通に大声出してたし。

 私の視界には、お兄ちゃんの影すらない。

 あれ? 後方からすごい気配がするなぁ? 一体誰だろう?


「あいたたた!」

「よう伊澄。奇遇じゃねーか、こんなところでどうかしたか?」


 私の頭部は後ろからお兄ちゃんに鷲掴みにされ、かなりの激痛が走っている。


「ま、まずはその手を離そうぜ? 私からもいろいろと聞きたいことがあるからよー」

「そんなことよりも、最初に言うことがあるんじゃないのかな? お兄ちゃん、その言葉さえ言ってくれれば許すけどなぁ?」


 言いたくない! 私は悪いことなんかしてない! 気になったから追いかけてきただけで、全くもって悪いことじゃない! 強いて言うなら、ストーキングしてたお兄ちゃんの方が犯罪者だ! 自分のこと棚に上げんな!

 でも……頭が潰れるぅぅーー!! イタイイタイ!! 死ぬーー!!

 クッソー、仕方ねー。


「ご、ごめんなさい」


 だが、ただ謝ってたまるものか! 必殺、涙のティアーズ謝罪アポロジャイズ! この鬼カワイイ私が本気を出すんだ! お前の不器用なそのポーカーフェイス、剥がしてやる! さぁ、うろたえるがいい!


「それで、何やってんだ?」

「…………はぁ」


 マジつまんない、今日は運が悪いみたい。こういうの、チートデーって言うのかな? 

 いつものお兄ちゃんなら思いっきりうろたえるのに、今日はフルガードしているみたいだ。昨日の即興寸劇が原因だろうか?


「たまたま見つけたから尾行した」

「いつから?」

「駅で電車待ってた時」

「最初からじゃねーか!」

「そうですけど!」


 私、悪いことしましたか? お兄ちゃんが駅にいれば、普通尾行するでしょ⁉︎ 変なことなんかしてないですよね⁉︎


「それで、あの子は誰ですか?」

「あの子って言うのは——」

「そりゃ、お兄ちゃんがストーキングしてた美少女のことに決まってるじゃねーですか!」

「よし声を抑えようか!」


 

 私たちはゆっくり話をするために、さっき発見したメイド喫茶に入った。さっき考えた修羅場がこんな早くに実現するとは……やっぱり、私は運がいいようだ。

 

「おかえりなさいませ、ご主人……様」


 ふっ、惚れるがいいさ、メイド達よ。私が選抜してあげようじゃないか! おーい! エロい足の子持ってこーい! 


「私がいきます!」

「いえ、ここは私が!」

「大丈夫ですよ、私が行ってきます!」


 おうおう、この取り合いがおもしれーんだよなぁ! 殴り合いとかになって、最終的にお兄ちゃんが止めて一件落着になってくんないかな? 

 そんなことより、私は二番目の子がいい! 足もいいのだけど、ポニーテールだからうなじも見放題! きっと、私のために用意された子だな! 存分に楽しもう!


「あのぉ! お願いしてもいいですか!」


 私は、二番目の子を見ながらそう言った。それに気づいたその子も、「え、私?」みたいに自分を指差して驚いている。でも、ニコニコと笑いながらこっちに近づいてきた。

 一番目と三番目の子には悪いな。髪を結んでいたら五分五分だっただろうに。一人でもツインがいたら、その人を一発で選んだぜ!


「おかえりなさいませ、ご主人様! 当店は初めてでしょうか!」


 声でけー。てか、お嬢様はどうした? 私にも話しかけろや。


「え、普通に注文しちゃダメなんですか?」

「いえ、注文自体は普通ですよ。ただ、普通のお店とは違いオプションなどがあるので、注文する時にそれをおっしゃってください」

「わかりました」


 お兄ちゃんとメイドさんが会話してるが、メイドさんは私には目をくれてない。接客としてはダメだけど、相手がお兄ちゃんなら仕方ないか。

 てか、お兄ちゃんはメイド喫茶のこととか知らないの? タメ口で話さないと、メイドコスプレの意味ないじゃん。

 私はメニューを見て、どういうオプションがあるのか確認する。チェキとか乾杯とか、いろいろあるなぁ。でも高いなおい。私、今はそんなにお金持ってないのに。


「伊澄、何にするか決まったか?」

「ま、定番のオムライス」

「すいません、アイスコーヒー二つとバニラアイス一つ」

「あれ? もしかして聞こえなかったのかな? オムライスって言ったんだけど」

「晩飯前に食べさせるわけねーだろ」


 それを言われると私に反論はできない。

 メイドさんは、どっちの注文をメモしようかおろおろしているが、お兄ちゃんイケメンの微笑みと言うのは強いらしく、コーヒーとアイスにさせられた。


「それじゃオプションは? お腹に溜まらないんだし、それならいいでしょ?」

「……まぁいいけど」

「オプションの……チェキお願いします!」

「わかりました」


 どうしようかな? 

 お兄ちゃんとツーショットさせて照れさせるのもいいけど、それは多分お兄ちゃんに嫌がられるだろう。お兄ちゃんを巻き込むには、三人で撮るように誘導しないといけないかな。思い通りにはいかないなぁ。まぁ、想定の話だけど。



「ご、ご主人様!」

「……はい?」

「乾杯しませんか! サービスです!」


 注文は届いたのにずっと席の横で待機してると思ったら、それが狙いか。てか、アイスコーヒーで乾杯したいのか、このメイドさんは。いや、目的はお兄ちゃんと乾杯することの方なんだろうけど。


「こっち側は別にいいですけど……いいんですか? それ、オプションなんですよね?」

「サービスです!」


 おう、かなりの力技だな。本気か?

 他のメイドさんの視線が、私たちが座っている席に一瞬で集まった。この子、明日からもやってられるのかな? 抜け駆けとして、辞めさせられたりしないかな?


「伊澄、よかったな。お前いいぞ」

「てめー空気読めよ!」


 なんで私に振った! メイドさん、かなり頑張って言っただろうに、可哀想すぎるだろ! ほら! 涙目になっちゃってるよ! 鬼かお前は!


「……ん?」

「お前がやれっつってんだよ!」

「いいのか? お前、オプション選ぶ時、何にしようか悩んでたじゃねーか」

「悩んでたけど! 気を使ってくれてありがとう! でも私じゃなくていいの!」


 全く、空気を読めない兄を持つと大変だ。


「それではいいでしょうか?」

「はい、お願いします」

「か、乾杯!」

「乾杯〜!」


 おう、なんかノリはいいな。こういうの、恥ずかしがると思ってたけど。


「あ、ありがとうございます!」

「こちらこそ(?)」


 メイドさんは、スキップしながら厨房の方に戻って行った。あの奥が厨房なのかはわからないけど。


「うわカワイイ! ウチにも一人欲しい……雇わね?」

「雇うかよ」


 今までずっとお兄ちゃん一人で家事やってたから、別に必要はないけど。でも、お金ならお母さん達が振り込んでくれるから大丈夫だし、「お兄ちゃんの負担を減らしたい」とか言えば一発だどう思ってたのに。

 でも、美男美女の兄妹とか、雇われた側も気まずいか。堂々とイチャイチャもできなくなるだろうし。

 てか、今の私たちって、メイドさんからはどう見えてんだろ? カップルでメイド喫茶に入った場違いのヤツだろうか? それにしては、彼女を目前にアプローチがすぎるな。私が本物の彼女だったらブチキレてたぞ。


「それじゃ、話を始めようか」

「え、なんの?」

「ぶっ飛ばすぞ」


 あぁ、思い出した! さっきのメイドさんのインパクトが強すぎて、それまでのことを忘れてたよ。あれか、あの子のことか。


「あの子、お前知ってるか?」

「あの……?男の方じゃなくて?」

「知らないなら別にいいよ。てか、男の方は知ってんのか?」

「うん、ウチの高校の生徒。学校一イケメンとか言われて自惚れた男」

「ひでー言われようだな、自惚れとは」

「まぁ、私とお似合いとか噂されるくらいだし、それなりにはカッコいいみたいだけど」

「おっとそこは聞き捨てならないよ? 俺、お前がどんな男と付き合っててもいいと思ってるけど、他に女いるようなヤツはダメだからね! 略奪愛とか、お兄ちゃん絶対に許さないからね!」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ! 客観的に自分を見やがれ!」


 略奪愛とか、妹として絶対に許したくないタイプのお兄ちゃんだよ!

 しかも、チャラくないんだから、略奪愛とか全然向かない。きっと、最終的にはあいつのことが心配になるのだろう。


「やっぱ、略奪愛はダメだよな?」

「おぉ、いきなり変な雰囲気にすんなよ? エロゲやってたら声優が友達だった時くらい萎えるわ」

「わかりにくい例えをありがとう!」

「いやぁ、それほどでも」

「褒めてるように聞こえたなら、自分にいいようにできすぎてるお前の耳が羨ましいよ。いつか振った相手をなぐさめたりしそうだな」


 そんなことしねーよ。お前が、私をどんな風に見えてるのか気になるぜ。


「それじゃ、話を始めようか」

「それ、さっき俺が言ったセリフな?」



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