第5話 #彼氏を膝枕

 うん! 今日もか! 

 高校生というのは、本当に色恋沙汰が好きらしい。昨日でおさまったと思っていたが、そんなこともなかったようだ。全く、視線に違和感を感じたのは久しぶりだぞ。


「おい三枝、また何か言ったのか?」

「いやいや、今回は僕じゃないから。というか、僕も各務原くんが来るまで知らなかったよ。何かあったのかな?」


 ……なん、だと? 俺が不利になることで三枝のせいじゃないとすると、また青柳さんか? いや、昨日あんなこともあったし、それはないだろう。

 これは俺の気のせいか? そうだといいが、そんなに上手いこといかないだろう。


「昨日のが続いてるんじゃない?」

「そうだといいが」


 俺は心の中に不安を抱えながら、スマホと俺を交互にチラチラ見ているクラスメイトの視線を耐えることに——


「……あ」


 しようと思ったのだが、スマホを見た三枝が、おもむろに何かに気づいた反応をした。

 絶対にこれの原因に気付いたのだが、三枝はニヤニヤしながらこっちを見ているだけだった。本当、何が起きたんだ?


「おい」

「ん? どうしたの?」

「早く教えろよ」

「ねぇ各務原くん、 SNSやってる?」

「いきなりなんだよ……やってないが、それがどうかしたのか?」

「これ見て」


 そう言って三枝が差し出してきたスマホの画面には、寝ている男を上から撮った写真が写されていた。しかもご丁寧なことに、特定されないようになのか、若干加工されているようだ。

 ……これ、俺じゃん。 SNSはめんどくさいからやっていなかったが、アカウント名が『IZUMI』となっているから、伊澄のだな。

 きっと、昨日膝枕された時に勝手に撮ったのだろう。撮るのはいいが、あげるなら俺に許可取れよ。言われても許可しないが。


「各務原くんだよね、この写真」

「さぁな」

「しかもさぁ、各務原くんの頭の下にあるのって、女の人の足だよね? 膝枕、されてるよね?」

「いやこれ俺じゃないぞ」


 今回ばっかりは認めるわけにはいかない。昨日の噂のせいで、完全にこのアカウントの子が俺の彼女だと思われてる。というか、俺に彼女がいることが確定されてしまう。


「俺が言いたいこと、わかるか?」

「青柳さんもSNSはやってなかったと思うよ。妹ちゃんなんでしょ? 消したいなら早く連絡した方がいいよ。すぐに広まると思うから」


 俺は伊澄に電話をかけながら、ダッシュで部室に向かった。誰にも聞かれたくない時は、あの場所はちょうどいい。それに、昨日忘れた財布もあるし。

 かなりの時間かけているが、伊澄は一向に電話にでない。電源切ったか?

 

「あのヤロー……!」


 ちょっとだけ、キレてきた。このまま電話にでないようなら伊澄の学校に行く気でいたが、やっと応答してくれた。


『はいもしもし〜?』

「もしもしじゃねぇよ! お前、SNSに俺の写真あげただろ? あれ、すぐに消せ!」

『あれ? お兄ちゃんってSNSやったっけ? 何でわかったの?』

「学校中で話題になってんだよ!」

『そんなに怒んないでよ。私だって……兄貴の自慢くらいしたいって思うんだから!』

「いいから消せよ!」

 

 俺は電話を切った。もし写真を消さなかったら、明日からあいつのオタグッズを毎日一つずつ処分しよう。

 

 伊澄は学校ではお嬢様で通していて、性格は温厚、頭も良い、そして変態じゃない……と、家とは全く違うキャラらしい。しかも、俺のことを『お兄ちゃん』ではなく、『雪見くん』とスマホにに登録しているから、友達からは彼氏だと思われているらしい。だからさっきの電話は、人がいないところでしたんだろう。特別仲のいい子にだけは言っているらしいが。

 しかも、あいつはそれを否定しない。兄的にも、伊澄に変な虫がつくよりはいいのだが、一緒にいると十中八九カップルに見られるのだから考えものだ。

 


「あいつ、消したよな?」


 俺はそれを確認するすべを持っていないから、三枝にメールを送る。これ、青柳さんに見られたら……昨日みたいにツンツンした態度とかとられるのかな?


『あ、消えたよ』

『でもSNSって、写真を消したとしても、広がることとかあるんだろ?』

『多分大丈夫じゃないかな? おそれ多くて、誰も保存してなかったみたいだし』


 ははは、この顔に救われたってか。この顔じゃなきゃ、こんなことにはなってなかっただろうがな! 全ては伊澄のせいだがな!!

 

『それで?』

『多分、青柳さんは見てないと思うよ。断言はできないけどね』

『充分だ』


 見てない可能性が少しでもあるなら、それで安心できる。それとは別に、帰ったら伊澄のことを叱ることには変わりないが。


「あ、各務原くん」


 まぁ、そこにたまたま居合わせたのが青柳さんなわけで、俺が部室から出てくるところを見られてしまった。


「何でそんなところにいたの?」

「それはこっちのセリフだ。ここ、旧校舎の奥だぞ? 朝から来るような場所じゃないと思うが」

「なんというか……散歩」


 学校で散歩とは、中々珍しい趣味の持ち主だな。入学したての中学生かな?


「それで、各務原くんは?」

「電話。教室でかけると迷惑になるからな」

「ふ〜ん……誰と?」


 それを聞くか? 

 そんなことより、昨日のことがあったから少し気まずくなるのは覚悟していたが、いつも通りの調子だな。なんかホッとした。


「えっと……」


 あ、別に隠さなくてもいいのか。というか、撤回しちゃえばいいじゃん。


「妹だよ」


 俺がそう言うと、青柳さんは少しムスッとした表情になった後、そう、と言って教室に戻って行った。

 ……これ、昨日と同じだな。きっと、言い訳したと思われた。何言ってもダメじゃん。



「あ、各務原くん! なんかさ、昨日と同じ光景が見えるんだけど、どういうこと?」


 昨日と同じって言うのは、青柳さんが俺の席を睨んでいる、という点だ。一言一句に爆弾抱えてんのか、俺は? しかも、引火する確率高すぎだろ。


「ちょっとやらかした」

「うわっ、各務原くん明らかにキレてんじゃん。やめてよ、僕に八つ当たりするのとか」


 キレてんのは自覚しているが、できるだけ表情に出していないはずだが——いや、それのせいでバレたのかもな。俺が笑顔をつくってるから、それが逆に怪しいのだろう。


「わかってるよ。俺も人間なんだ、八つ当たりなんてしないよ。体育でいい」


 今日は運良く体育があるから、それでらしするとしよう。たしかバスケと言ってたから、久しぶりに全力でやる。体育で本気出すのとか、何年振りだろう。

 まぁ、体育があるまでは三枝に八つ当たりするかもしれないが。



 授業が終わり、三枝が振り向いた。


「授業中に聞こえた各務原くんのペンの音が、ずっとイライラしてたんだけど……本当に大丈夫なの? 体育まで後二時間あるけど」

「だ、大丈夫だ。後、たった二時間だろ? それくらいなら我慢できる」



 授業が終わり、三枝が振り向いた。


「ねぇ、僕もう限界なんだけど。もうさ……視線に殺気が混ざってるんだよね。僕の方が耐えられないよ」

「は、はは。だい、大丈夫だ。次が終われば体育だろ? もうすぐじゃないか」


 

 授業が終わり、三枝が振り向いた。


「各務原くん……って、うわぁ⁉︎ 目、ガン開きじゃん⁉︎ 充血してるからめっちゃ怖いんだけど!」

「ふ、俺の勝ちだ」

「いや、ぶっ壊れてんじゃん」


 俺はボーッとした頭をフル稼働させて体育に挑んだ。


 試合が始まってすぐ、俺は体を動かしたいがためにボールを持って一人で相手チームに突っ込んだ。まぁ、俺の身体能力なら、十対一くらいでも勝てると思うが。

 はっきり言って、俺も含めて全員が初心者だから張り合いがなかったが、思いっきり体を動かしたら少しはスッキリした。


「各務原くん、ほとんど無双じゃん」

イライラしてるんだよ。別にいいだろ、授業なんだから」

「そうだけど」


 三枝と一緒に部室に向かいながら、さっきの体育の授業について話している。

 ほとんど俺一人が活躍していたせいか、隣コートにいる女子はキャーキャー言っていた。運動神経がいいだけで盛り上がるって……小学生か?


「それで、ストレス発散できたの?」

「まぁな」


 部室に入り、ソファーに座った。

 俺は基本的に購買で買ったパンとかで済ませているが、今日は伊澄の弁当を作るついでに、自分の分も作っていた。一つも二つも、時間的にはほとんど変わらないからな。


「……クソ、教室で確認しておけばよかった」


 俺は鞄を持って部室に来ていた。普通なら弁当を取り出して、それだけ持って移動するだろう。だが俺は、昨日恋人がいると思われたせいで、彼女からの弁当と勘違いされないように鞄ごと持ってきたのだ。

 だがそれは失敗だった。俺の鞄の中には、一つだけの弁当が入っているはずだった。それなのに、もう一つ入っている。もちろん、俺のじゃない。伊澄の弁当が。

 きっと……いや、絶対に伊澄が入れた。俺は自分の鞄に二つも弁当を入れた覚えはないし、そもそも弁当を作ったのは伊澄が言ったからだ。こんな偶然があってたまるか!

 しかも、タイミングが良いのか悪いのか、伊澄からメールがきた。


『お弁当、持ってきてくれない?』


 本当、何がしたいんだよ? 彼氏——本当は兄だが——自慢でもしたいのか?

 俺がスマホを見て固まっていると、三枝が覗き込んできた。


「はぁ、すごいね、各務原くんの妹ちゃん。行動力もそうだけど、かなりのブラコンだね。しかもめちゃカワイイし」

「……見た目はカワイイよな」


 中身があんなじゃなければ、俺だって溺愛してたと思う。

 というか、こんな迷惑のかけ方あるか? 伊澄の学校までは比較的に近いが、それでも電車で往復三十分はかかるだろう。もし届けに行けば思いっきり授業に遅れるし、そもそも学校抜け出すのはありなのか? 

 そんなことを考えていると、伊澄からまたメールがきた。


『お願い! 財布家にあるから、お昼抜きになっちゃう!』

「おぉ、口調もカワイイね」


 いつもこんな口調じゃないだろ。カワイイ口調なら俺が行くとでも思ったのか?


「よし、行ってくる」

「いってらっしゃーい」

「あ、青柳さんに気をつけろよ。今日も来るかもしれないから」

「うん」


 俺が授業に遅刻したところで、きっと叱られることもないだろう。抜け出すところさえバレなければ、何も言われない。


 くつを持って、裏門玄関から外に出ようとしていた時、俺は声をかけられた。


「おい各務原。何してんだ?」

「……げっ」


 その人は、教師でありながら、生徒よりも重要視されているような人だ。もちろん悪いこととかはしていないが、こういう話し方だし、何より気力がない。ダルそうなのだ。

 この人は俺に対しても他の生徒と変わらない——いや、むしろ他の生徒たちよりもひどいかもしれない——態度だから、理不尽なことだとわかっていながらも、俺はこの人が苦手だ。


「ちょっと外に」

「教師として見逃せねーな」


 そう。こうなる。

 もし俺じゃなければ、きっと興味も示さず見ないふりをしていただろう。こんなところで見つかるなんて、運がわるいな。


「貸し一つ」

「よし」


 まぁ、私情で動くような人だから、これで大抵のことは解決する。この貸しがどれだけ大きくなるかはわからないが、我慢して受け入れるとしよう。


 俺は裏門から出ようとして……念のためにネットフェンスをよじ登った。見た感じ三メートルくらいあったが、助走をつければ余裕でクリアできた。

 後は駅まで走って、たまたま伊澄の学校近くまで行く電車を発見した。このことも伊澄は計算していたのだろう。まぁ、俺も伊澄のことを信じて駅まで来たんだが。


「ふぅー」


 俺は電車に乗った。

 駅までくる途中も今も、目立って大変だった。誰かに止められたりはしなかったが、撮られたりしてないか不安になる。



 電車が駅に着いて、俺は伊澄に学校の前に立てるように連絡する。

 さっきまで体育をしてた上に、こんな暑い中走っているせいで、俺はもう汗だくだ。きっと、弁当もぐちゃぐちゃになっているだろう。

 俺が伊澄の学校に着くと、なぜか生徒が外にいた。この高校はそういうところなのか、と思ったが、すぐに俺が目当てだとわかる。


「あ、来ました!」


 伊澄がそう言った途端、周りにいる生徒たちの視線が俺に向く。俺に釘付けになる女子と、伊澄の彼氏だと思って落ち込む男子。わかりやすいな、本当に進学校か?  


「お前、今度から作ってやんねーぞ」

「ごめんなさい、ハグするから許してくれます?」

「するな! 暑苦しい! それと、今朝のももうやるなよ? マジ焦ったから」

「もう……い、け、ず、ですねぇ」

「黙れ」


 俺は伊澄に弁当を渡した後、すぐに帰ろうとして後ろを向いたのだが、伊澄に手首を掴まれて振り向く。


「なんだよ?」


 俺の質問に答えることなく、伊澄は俺の腕を引いて顔を口元に持って行って、俺にしか聞こえないような小さい声で——


「ありがと」


 そして、周りから「キャーー!!」という叫び声が上がった。

 周りにいる生徒たちからは、「愛してる」的なことを言ったと思われてるんだろうなぁ。俺の方が恥ずかしいわバカやろー。


「そんじゃな」


 俺は駅までまた走り、来た時と同じように視線を浴びながら、高校まで戻った。



 もちろん授業には間に合わなかったから、部室でサボることにした。どうせ昼も食えてなかったから、食いながら待つとしよう。


「うん、美味い」


 我ながら、良い嫁になるな。

 俺は普通の教科は苦手だが、実技教科に関しては自信がある。運動神経と料理以外にも、裁縫や楽器なんかも得意だ。

 自分で作った弁当を、授業をサボって一人で食べるって、かなりシュールな絵面だな。見られたらぼっち認定されるだろうな。

 そんなことを考えてしまい、俺はすぐハッとする。……これ、フラグじゃん。

 しかも、俺には、今ここに来てもおかしくない人を一人だけ知っている。今は授業がないはずだし、暇だからと校舎をブラブラしていそうな人。


「おい各務原、授業サボって何やってんだ? いい度胸じゃねーか」

「……そうですね」


 ここまでタイミング良く来るとは、フラグ回収の達人かな? 


「それで、さっきは何しにどこ行ってたんだ? 教えろよ」


 俺が座っている向かいのソファーに、とても自然にこの人は座った。なるほど、最初からサボるつもりだったらしい。教師としてそれでいいのか?


「妹の高校です、弁当持って行きました」

「へぇー、お前シスコンだったのか。学校一の人気者である各務原くんが、まさかの性癖の持ち主だったんだな。あ、学校一は青葉か? そんじゃ、お前は二番手な?」

 

 勝手に話がひどい方向に行っているなぁ。いや、別に構わないのだが、そんな言い方されると多少イラつくな。


「別にそれでいいですよ」

「うわっ、つまんねーなぁ。お前、顔はいいけどモテねータイプだろ?」


 別に口にしなくてもいいだろ? というか、26歳で独身のあんたには言われたくないんですけど。顔はいいけどモテない……あんたが一番似合うじゃん!


「そうですね」

「まぁいいや。なぁ、ここってなんかゲームとかあったよな? どうせサボってんだ。せっかくだし、一緒に楽しもうぜ」

「あんた、本当に大丈夫ですか?」

「おい各務原。教師に向かって『あんた』はねーだろ? ちゃんとネコ大先生と呼べ」


 いや、あんたって言ったのは俺が悪いけど、大先生はないだろ。そして本名ネコなの? あだ名じゃないの? 口調と違って、めちゃカワイイ名前じゃん。


「そんで? あんのか、ゲーム」

「ありますよ」


 ここが何部なのかはわからないが、積まれた段ボールの中には、ボードゲームやカードゲーム、小説みたいな、暇を潰せるものが多々入っていた。


「トランプでいいですか?」

「バカやろー、二人でやってもつまんねーだろうが。人生ゲームとかねーのか?」

「またベタな……しかも、人生ゲームだって二人じゃおもしろくならないでしょ?」

「それもそうだな。……定番なのはあんのか? オセロとかチェスとか」

「探してみます」


 この部屋にある段ボールは大体20箱だが、『小説』と『ゲーム』にしか分けられてなく、割合は半々ってとこだ。つまり、多くて十箱の段ボールを調べないといけない。少し重労働だ。



「あ、ありましたよ。チェス」

「私はわかるけど、お前はルールわかんのか? わかんねーなら違うのでいいが」


 正直チェスのルールはうろ覚えだが、これ以上探すのに時間を使うと、ゲームを終わらせられないだろう。だが、ネコ先生はきっと終わるまで解放してくれない。

 それなら答えは一つだ。


「わかりますよ」

「お前が勝つまで解放しねーからな」


 おっと、心を読まれたようだ。



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