彼女ができたというデマが広がると、恋人がいる好きな子の様子がおかしくなった
すもも
第1話 彼女がいると言う噂が流れた
俺は、なぜだろうと思った。学校に着くと、周りの視線が俺に集まっている。
俺の外見がかなり良いからなのか、武勇伝的なアレのせいなのか……でも、なんとなくそれとは違う気がした。コソコソなにか話しているのも、根拠の一つ。
「……なんだ?」
一人呟く。そう、俺は外見は良いが、決して友達が多いというわけじゃない。むしろ、普通の人からは距離を置かれている気さえしていた。高嶺の花ってやつだ。
「やぁ
教室に入って席に座ると、俺に話しかけてくる唯一の生徒である
「おはよう、三枝。なぁ、今朝から変な視線を浴びてるんだが、何かしたか?」
俺に何かが起こった時は、九割九部三枝が何かした時だ。
三枝はコミュ力の塊みたいな男で、大半の生徒はそんな三枝のことを友達だと思っている。しかし、性格が捻くれているから、俺にとって不利になる噂を流したりする。そして、それが信じられるから厄介なのだ。
悪意はあるが、本気で嫌がらせをしようとは思ってないようだから、俺は適当に受け流している。少し強めに叩いたりはするが。
「各務原くん、僕のことも少しくらいは信じてくれてもいいんじゃない? 僕たちは友達じゃないか!」
「カツアゲするヤツの
「ひどいなぁ、僕は人のことを騙したりはしないさ。ただ、事実をほんの少しだけ大げさに言うだけだよ」
「でも、お前なんだろ?」
「そうだけど」
やっぱりじゃないか。
今回三枝が何を言ったのかはわからないが、過去最悪なことなのはわかる。
まだ七月で入学してから三ヶ月しか経ってないが、三枝にこういうことをされるのは、既に四度目になる。俺だけじゃなく、みんなもそろそろ慣れ始めていた。
それなのにこんなに居心地が悪いのは、今までとは比にならないことを三枝が言ったからだろう。本当、厄介なヤツだ。
「それで、なんて言ったんだ?」
「『各務原くんが先週の日曜日に、カワイイ彼女と仲良くデートしてたよ』って」
その言葉を聞いてすぐに否定しようとしたが、思い当たりがあって動きが止まる。
思い当たりと言っても、本当に彼女がいるわけではなくて、女の子と買い物に言ったという方だ。多分それは、妹だろう。
先週の日曜日と言えば、あいつと映画を見に行って、その帰りに買い物に行った。そこをたまたま見られたようだ。
よりによって三枝に見られていたとは……ついてないな。
こうやって噂を流されるわけだから、俺がそう考えるのも仕方がないはずだ。
「あれ? もしかして本当の彼女?」
「いや、あれは——」
俺は三枝に説明しようとしたが、その前に教室のドアが静かに開いた。
ドアを開けたのは、学校の有名人であり、このクラスの生徒。
三枝は、こう言っていた。俺も三枝も有名ではあるが、あの人程ではないらしい。誰に聞いたとしても、『完璧美少女』という一言しか返ってこないから。
「あ、
「そうだな」
誰もがそう思っているだろう。
別に張り合おうと言うわけではないが、有名になるのも頷ける。すれ違ったりすれば、俺でも二度見しない保証はない。
「各務原くん、おはよう」
「……おはよう」
淡々と言われて、反射的に言い返す。
だが、青柳さんに挨拶されるのなんて初めてのことだった。まぁ、朝なのに他人の席に行って挨拶する人の方が珍しいと思うが。
美少女なのは認めるが、近づくなオーラを出しているから、三枝でも話しかけるのは難しいらしい。それは俺も同様らしく、友達がいないのはそのせいだとのことだ。全て三枝に言われた。
「何かようか?」
「彼女、できたんだってね」
まさかとは思っていたが、意外なところに食いついてきた。三枝が流した噂を信じて俺に話しかけてきたようだ。
……デマなんだよなぁ、それ。
そんなことを思いながらも、俺はどう答えるべきかを考えていた。
「いや、まぁ……そうだが」
そして、反射的にそう言ってしまった。いや、少し考えたから反射ではないな。
青柳さんとは、何度か話したことがある。世間話とかではなく、学校での事務的な会話でだ。青柳さんと話す時は、当たり前なのだが三枝と話す時とは違う。プレッシャー? のようなものを感じる。
「ふーん、そう。おめでとう」
「ん」
前感じたプレッシャーよりも、強い圧を感じた。『怒ってる』と思ってしまうのは自惚れだろうか。
「あーあ、いっちゃったね」
いってしまった。
言ってしまったし、行ってしまった。
「何であんなこと言ったの? 各務原くん、青柳さんのこと好きなんだよね?」
「……だから悩んでんだよ」
青柳さんが何の目的で俺にあんなことを言ったのか。俺は何で、青柳さんにあんなことを言ってしまったのか。
全ては後の祭りであり、できることは何もない。
訂正するくらいはできたかもしれないが、俺の好意がバレるのを恐れてしなかった。
恋は盲目、とはよく言ったものだ。さっき青柳さんと会話しているのを聞かれていたのか、周りは俺に彼女がいることを確定させてしまった。落ち込んでいる女子もいれば、喜んでいる男子もいる。
「モテ男は大変ですなー」
「ほっとけ」
お前が何もしなければ、俺の片想いで終わっていたはずなのに……あんなこと言われたら、嫌でも意識しちまうだろーが。一体、青柳さんは俺に何を伝えたかったんだ?
「各務原くん、お昼食べに行こうか」
「ん」
二人は休み時間になると部室に行く。教室や食堂だと、誰に聞かれているかわからないから。
部室。何部のかと言うと、俺にだってわからない。三枝が勝手に俺の名前を使って入部届を出したから、何部か知っているのは顧問と三枝だけ。俺に関しては、顧問が誰なのかも知らない。
「各務原くん、流石の僕も悪いとは思ってるんだよ。自業自得が一番だと思うけど、原因をつくったのは僕なわけだし。まぁ、悪いと思っただけで、何かするつもりはないけど」
「あっそ」
部室には、ソファーが二つとテーブルが一つある。元々何かに使われていたらしく、設備は充分と言っていいほど整っている。
何より、この場所の存在を知っている人が少ないから、ここでなら授業だってサボれる。
「いくらモテても、恋愛初心者だよね」
「知ってるだろ、俺はモテない」
人気があるだけで、告白されたことは一度もない。そういう空気になったことはあるが、自分からぶっ壊した。
その点三枝はコミュ力最強だから、こいつの本心を知らないヤツらには好かれている。というか、三枝の本心を知ってるヤツなんて、俺を除けば多分ゼロだ。
青柳さんも人気だ。ただ、クールな性格だから男女問わず距離を置かれている。
それに、俺も含めて青柳さんの本当の性格を知らないから「彼氏を取られた」とか言うヤツもいる。誰もそのことを信じてはいないが、そういう風に思われてるのは確かなのだろう。
ちなみに、俺も男から経験済みである。あの時は三枝に助けられた。三枝は青柳さんのことも助けたらしい。
「あ、誰か来たみたい」
廊下から足音が聞こえたらしい。
この部屋は旧校舎の一番奥にあり、普通の生徒なら物置だと思って近づかない。だから、こっちに向かってくる音が聞こえると、棚の後ろに隠れている。この場所バレれば、サボった時にバレるからな。
だから、いつも通り棚の後ろに隠れた。何が入っているかわからない段ボールの隙間から、部屋内が見れる。
「ま、入ってはこないよね」
三枝が小声でそう言ったところで、ドアがキシッと音を立てた。つまり、誰かがドアに手をかけた。入ってくる。
「……誰もいない?」
中に入ってきたのは、意外な人だった。
まぁ、こんな部屋にわざわざ入ってくる人はいないから、誰だとしても意外なのだが……それにしても、意外な人だった。
「(あれ、青柳さんだよね? 各務原くんが呼んだの?)」
「(違う)」
二人で小声で話し合う。声量的にも距離的にも青柳さんには聞こえないはずだが、何かしらの音は聞こえたのだろう。俺たちがいる方を振り向いた。
「……いるの?」
誰か探してるらしい。
そもそも、こんなところに誰か来るはずはないし、この部屋に入ってきたのも今の青柳さんが初めてだ。案外……否、見た目通り、行動的な人らしい。
「(もしかして、各務原くんのことを探してるのかな?)」
黙ったまま、人差し指を口の前に立てた。
うるさいぞ三枝、黙ってろ、という意思を込めて。
狭い部屋を見回した青柳さんは、すぐに部屋から出て行った。それを見た三枝がすぐに戻ろうとして、俺は音を立てないように三枝の手首を掴む。人差し指は、口の前に立てたまま。
「やっぱりいないかぁ」
廊下からそんな声が聞こえた。
やはり、ドアの前で待機していたらしい。もしも二人で会話していた声が聞こえていたら、部屋に突撃してきただろう。
廊下から、この部屋から遠ざかって行く足音が聞こえた。念のため少し待ったが、それは考えすぎだったようだ。
「うわぁ、僕一人だったらバレてたよ。よくわかったね? 何でわかったの?」
「俺ならそうする。それに、青柳さんの性格なら簡単に食い下がりはしないと思っただけだ。逆にお前は考えなさすぎ」
「ははは、何にも言えない」
それにしても、青柳さんは何でここに来たんだ? 誰を探していたのかよりも、ここに来た理由の方が、俺気になっている。
ここは、顧問か三枝に教えられない限り、人を探しに来るような場所ではない。もともと人が寄り付かない場所なのだから。
「やっぱ、各務原くんを探しに来たんだよ。きっと尾行とかしたんじゃないかな? もし青柳さんが各務原くんのことを好きだったら、だけど」
「それはないだろ」
これは有名な話だ。
まぁ、俺がこのことを知ったのは、三枝に青柳さんへの気持ちがバレた時だったのだが。だから、こういう話は、三枝の方がより詳しく知っているはずだ。
青柳さんには、彼氏がいる。
だから俺は、この恋を片想いで終わらせたいと思っていた。絶対に実らない恋なんて、気持ち悪いだけだ、と言い訳をして。
そんなことなら、俺の彼女は、一番好きな子じゃなくていい。相手は二番目でも三番目でも……別に何番目でもいい。ただ、いつか
自分が言い訳していることに気づいていながらも、やめようとはしない。
「でも、誰も見たことないらしいよ? 最近は、『青柳さんが自分でついた嘘なんじゃないか』って噂もあるし」
「……その噂はお前じゃないんだよな?」
「違うよ!」
よかった。俺は心から安堵した。
この学校の噂の八割は三枝が流しているし、残り二割だってほとんどデマだ。高校生というのは、色恋沙汰が大好きらしい。
「それにしても、各務原くんはすごいと思うよ。僕は、《絶対に実らない恋愛より》も、《絶対に実らない片想い》の方が、ツラくて痛いものだと思うからね」
「そんなことないさ。片想いは、恋愛なんかよりずっと楽だ」
告白しないし、返事をされることなんかもない。誰も傷つかない方法だ。自分は傷つくが、好きな人に振られるよりはよっぽどマシだろう。
「諦めが早いね。恋愛では、それは短所って知ってるかい?」
「知ってる」
でも実行しない。諦めが早いことは、恋愛以外では有利なことだから。プライドがない人間よりも強い人間は、この世に存在しないのだから。
「まぁ、恋愛なんて十人十色なわけだし、僕が口出しするようなことじゃないけど」
「それでいい」
「でも、何で青柳さんはここに来たんだろうね? 彼氏いるのに」
そう、結局のところ、それが一番の謎なんだ。
もし彼氏がいるって言うのが嘘で、好意があるという俺の自惚れが事実だったとしても、ここに来るのはおかしいのだ。
俺は、誰かに尾行されて気づかないような鈍感やろーじゃない。三枝が原因だとしても、二人で来ることが多いから、それもないはずだ。
「お前、話してないよな?」
「それは考えすぎだよ。僕が言う事は、大体人のためになることが多いからね」
「俺の自惚れがそうじゃなかった時は、青柳さんのためになるよな。そして、俺の恋愛も実るから一石二鳥ってわけだ」
「それでも僕じゃないよ」
「……そうか」
それなら一体誰なんだ?
「ま、考えてもわからないことは考えない方がいいよ。どうせわからないんだし」
「そうだな」
休み時間が終わって教室に戻っていると、朝よりも俺に視線が集まっている。三枝と一緒にいたから、またこいつが噂を流したってわけではないだろう。
「何か、さっきよりもひどくなってね?」
「僕も思った。何かあったのかな?」
考えながら教室に入ると、その原因がすぐにわかった。
青柳さんが……俺の席を睨んでいる。俺は今ここにいるわけだし、もちろん席には誰も座っていない。空席を睨む美少女という、異様な光景である。
「嫌われてるのか、好かれてるのか。どっちかわからないね」
「……何か座りずらい」
青柳さんは、教室に来たことに気づいてないらしく、今もなお睨み続けている。
俺の席は窓側で前から三番目、青柳さんの席は廊下側一番後ろ。青柳さんは、斜め左前を向いている状態になる。
「いっそのことさ、本人に直接聞いてくればいいじゃん。さっきのことも含めてさ」
普通ならそんなことできない……のだが、全然気づかないな、あいつ。本当に話しかけに行こうかな。
「悩んでないでさ……はい、行ってらっしゃい!」
そう言った三枝は、俺の背中を思いっきり叩き、青柳さんの方に押し出した。後ろから叩かれたせいで、足元がふらついてしまい——
「うわっ! ……どうかした?」
青柳さんの机にドーン!
視界に俺が入ったことで、やっと俺の存在に気づいたようだ。それにしても、驚いた後、すぐに表情を戻すとは器用なヤツだな。
「それはお前だろ。何やってんだ?」
「……別に」
いや、絶対嘘だろ。思いっきり、人目も気にせず睨んでたじゃねーか。
「そうか、変なこと言って悪かったな」
まぁ、別に追求するつもりは最初からなかったから、すぐに退散するが。
「ちょっ!」
席に戻ろうとした俺を……正確には、俺の袖を、青柳さんは掴んできた。とっさに振り向くと、今度は美少女の赤面という、さっきとは違う意味で異様な光景が見えた。
「ねぇ、彼女できたんだってね」
「朝も言っただろ。それに、あれは——」
「いや、いいの! 別に興味あるわけじゃないし! そんなことはどうでもいいのよ!」
誤解を解きたかったんだが、青柳さんに遮られたせいで、また言えなかった。言っておきたかったんだが……無理そうだ。
「それじゃ、何?」
「……休み時間、どこ行ってたの?」
そうきたか。さっき部室に来たのは、俺を探しに来たようだ。
だが、部室で隠れてしまった手前、あそこにいたことを言えるはずもないく……悩んだ結果、言わなくてもよくないか? という結論に至った。
「いいだろ、どこでも」
「うぅ……そ、そうね。ごめんなさい」
若干涙目になっているような気もするが、俺が心配したところで、こいつは強がるだけだろうから、見なかったことにして席に戻ることにした。
「あーあ。各務原くん、あれじゃダメだよ」
既に自分の席に座っていた三枝は、そんなことを言ってきた。一体誰のせいだと思っているんだか、責任を感じて欲しい。
「何がだよ?」
「さっきの言い方だと、『彼女と一緒にお昼食べてました』って言ってるようなものだよ。周りの女子だって、そう思ってるみたいだし」
……あ!
たしかに、あの言い方だとそう思われても無理はない。まぁ、何て言えば正解だったのかは、未だにわからない。
こういう時、コミュ力強者で捻くれている三枝なら適当に逃げれたんだろうな、と羨ましく思ってしまった。
「……はぁー」
「ため息は幸せ逃げるって言うよ」
「ハハハ、お前のせいで、逃げてく幸せすらなくなったわ」
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