第3話 面接って何?
「今、断るなんて言ってないよな? 私の聞き間違いでいいんだよな」
「誘ってくれたのは正直嬉しいですが。これからも先輩に甘えるのは悪いですから」
「甘えていいんだよ、人材は本当に募集しているんだ。君の事なら知っているし、頼りになると思っているんだ」
先輩は怖いところもあるけど、本当に面倒見はいい。
俺が負担に思わないようにあえて言葉も選んでくれているのだと思う。先輩はいつもそういう人だった。
だから、集まってくる皆は先輩が好きだった。
「君なら会社でも十分戦力になると思っていたんだよ」
「そう言って貰えるだけで、救われた気がします」
この年になって就職活動は、正直なところ心が折れかけていた。何社も面接をして、二次、最終と今度こそはという期待は簡単に打ち砕かれる。
夜は疲れて寝る日々が、いつの日か貯金が底をつくまで自堕落な生活に落ちるのではないのか? 毎日毎日そんなことばかり考えるようになっていた。
こうして応援してくれる人がいるだけで、明日からもう少しだけ頑張れる気がしていた。
「昔のよしみだけで、会社にとって不利益になることもあるんです。先輩の方こそ考え直してください」
「そんな事を言うな……私はお前がいいんだ」
先輩はそう言って、俺の袖を掴んでいた。
悲しそうな顔をする先輩を前に、俺はどうするべきなのか迷っていた。
もしかすれば本当に、必要と思ってくれているのだろうか? ついつい、自分にとっていい方向に考えてしまう。そして、繋ぎとしてなんてことすら考えてしまう。
大学時代であれば、俺は何の迷いもなく、文句を言いつつも従っていただろう。
今の俺達はそんな年ではない。
いつまでも続く先輩後輩だとしても、会社に属することになるのならこれまでの経緯は足かせになりうる。
先輩の会社だって、今は大変な時期かもしれない。だからこそもっと慎重になって人材を選ぶ必要がある。
「先輩?」
「いいから来るんだ、お前がそうまで言うのなら私が直々に面接をしてやる」
「ちょっと、なんでそうなるんですか?」
先輩の手は袖を摘んでいた手は、腕をぎりぎりと掴む。
リンゴも潰せると噂になっていたが……俺の腕でその真偽を確かめたくはない。
「わ、分かりました。面接は受けます。だから、手を離してください」
「ほ、本当だな!」
振り返った先輩は、満面の笑みを浮かべている。
まるであの頃に戻ったかのような、そんな笑顔だった。
力強く腕を引かれ、先輩の後に続いて歩き出す。
『君は何をしているんだ?』
『サークルに迷うことなんて無い。君は私達のサークルに入るのだからな』
先輩は、あの頃と何も変わらない。
自由でわがまま。振り回されることも多かったけど、皆が笑っていられた。
でも先輩……そろそろ力の加減を覚えてください。
先輩が振り返り、両手を上げている。
かろうじて見覚えのある、建物。
鞄から用意していた紙を取り出し辺りの建物を確認するが……ここだけ別物に変わっていた。
パソコンの画面で見たあのビルではない、全く別物のビルが立っている。
「何を見ているんだ? ああ、建て替える前の頃だな」
「建て替えた?」
「三年前にな。ちなみに、このビルは会社所有だぞ? ネットは色々と便利になったが、この道は交通量も少ないから更新が遅いのだろう」
確かに……六年前に取られたようだった。
というか、こんな立派なビルが会社の所有物? しかも建て替えるほどの資金が?
しかも、一階と二階はテナントとして貸しているのか?
これなら、俺一人を雇うぐらい問題がないのか? いやいや、でもいいんだよな?
「何をブツブツ言っているんだ? もしかしてだが……会社が古いビルにあると思ったから断ろうとしていたのか?」
腕を組み怪訝そうな顔をした先輩が、声のトーンを落として詰め寄ってくる。
たしかにそう考えなかったわけじゃないが……
「そんな事ありませんよ。大好きな先輩のことを思ってのことです」
「だっ、だいす……」
理不尽過ぎる。
これを理不尽でないのなら何が理不尽だ?
会社前でのやり取りで、なんで俺はいきなりビンタをされたんだ?
昨日といい、情緒不安定なのかもしれないな。
「さっきは済まなかった。しかし、お前も悪いことを重々反省するんだ」
「申し訳ございません」
何をどう反省するのかさっぱりわからないのだが……自分も空手有段者として、やってはいけないことを理解して欲しいものだ。
口に出せればいいのだけど、これ以上面倒なことになりたくもないので黙っておくことにした。
社長室に案内をされ、ビルを建て替えるだけのことはある。座っているソファーといい、部屋の設備もかなり充実しているように思える。
「失礼します。申し訳ございません、ご来客中とは存じておりませんでした」
「彼のことなら構わない。すまない、少しそこで待っていてくれ」
間違いなく仕事の話だとは思うけど……現時点で部外者なのだから良くはないと思うのだけどな。
俺の予想は的中しており、先輩は気にしていない様子だったがやってきた社員の方は俺を何度かチラチラと見て気にしている。
「では、そのように進めてくれて」
「かしこまりました」
仕事のできる先輩。あの様子からして、俺に見せつけている。
褒めてというその顔はこれまでにも何度見てきたことか……俺はそんな先輩をよそにため息を漏らし目を閉じて首を横に振る。
「お前のそういうところは嫌いだ」
「先輩のそういうところ俺は好きですよ」
そういった俺に対して、叩かれていない方の頬をまたもやビンタされる。
始まってもいない面接は終了を告げられ、廊下に放り出された。
「失礼ですが、遠山さんでよろしいですか?」
「はい、遠山 達也であれば私です」
「ああ、良かった。間違いでなくて安心しました」
年配の男性社員が顎に手を当てて、上から下とまるで見定めるからのように見てくる。
俺が居心地の悪さを感じていることを読み取ったのか、ごまかすように笑っていた。
「失礼なことをしてすまない。申し遅れました、私は柳と申します」
そう言って持っていたファイルを差し出してきた。
「配属する部署でのマニュアルなどになります。これ私の名刺です。それでは、明日からよろしくお願いしますね」
「は、はぁ」
明日から社員としてくるように? ファイルに置かれた名刺、さっきの人は部長さんらしいが……俺大丈夫なのか?
* * *
「彼はいかがでしたか?」
「私はいいと思います」
「では皆さん、よろしいですね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます