ミッション開始

「気合入れていきましょう!マガツさん」

知らない女性が隣から話しかけてくる。おそらく人違いだろう。

「マガツさん?マガツさーん」

「…………」

「あれ大丈夫ですか?お腹痛いんですか?」

「ああ痛いよ!何で君がいるんだ!」

現実と向き合おう。さっきから僕に話しかけていたのはルーティだった。

「何でって、私も事務所の仲間になったじゃないですか」

「だからって依頼に同行する必要はないよ…、家事さえしてくれるだけで十分だ…」

頭が?マークでいっぱいだ。

「大体、君にこの場所を伝えた記憶がない。」


「ああ!ヒューミリエさんから連絡があったんですよ、マガツさんが依頼受けてるから興味あるならついて行ってみればって」

(マジか!あいつ何考えて…暗羅様の命令?…いや単にその方が面白いって考えて?)

色々、考えてみるがどのみち常人に狂人の思考回路は理解できないだろうと諦めた。

「いや危ないよ、遊びじゃないんだ。」

何とか帰ってもらおうと説得を試みるが、

「私もこの事務所の一員となった以上は頑張らさせていただきます!一緒に働かせて下さい!!」

頭を下げられる。自慢じゃないが僕は押しに弱い。

彼女の勢いに押し切られそうだ。

「学校はどうしたの?」

「私の高校は単位制なので、卒業には問題ないよう気を付けているので大丈夫です」

(学校もまさか空き時間にこんな危険なことをしてると思ってないだろうな…)

「…どうしても無理なのであれば…諦めます。駄目でしょうか…?」

頑張らなくてもいいことを頑張りたがる人種は全く理解の外である。

(…うーんやはり反対だ…でもここでホッといたら一人で危険に飛び込むかもしれない…暗羅様から同行するように言われていることも事実だ。仕方ないか)


「……わかった。君には関係のない依頼だけどね…特別についてきていいよ」

「!ありがとうございます!!!」

さっきよりも深く頭を下げられる。

「ただし、ついてくるからにはこちらの指示には従うこと。危なくなったらすぐに逃げること。これは約束してね」

「はいっ!」

いい返事だ、僕にはとてもできそうにない。


「じゃあ依頼主であるデパートのオーナーに会いに行こうか」




「ようこそいらしてくださいました。四凶相談事務所様」

スーツを着たメガネの男性にデパートの応接室へと案内されていた。

「今回、来ていただいた理由を改めて直接お話させていただきます。異常が起き始めたのはそう一か月前でした。」


このデパートは夜11時まで営業している。

立地がいいためか開業してから客足が途絶えたことはなく順風満帆だったそうだ。

しかし、一か月前から異常が起き始めた。いや気づいたことが1か月前で実際にいつから起こっていたかは正確ではないだろうが。

まず、夜9時ごろにデパートに訪れた客の中から連れがいなくなったと相談を受けた。

店ではよくある迷子かと思ったが、連れというのは成人している男性らしい。

これを聞いた受付はイタズラかただ目の前の男性が置いていかれただけだろうと思ったが、とりあえず館内放送を行ったが対象の男性は出てこなかった。

放送から一時間が経過した辺りで相談者に「どうやらお連れ様はお先に帰られたようですね」と声をかけお引き取りいただいたが、最後まで相談者はそんな訳がないと首をひねっていたらしい。

それだけならデパートではよくある話だった。

しかし、同様に一緒に来ていた人間がいなくなったと言ってくる客がそれから何度も来るようになったのだ。

そして毎回、いなくなった人間が見つかることはない。

これにはオーナーも疑念をいだいた。従業員を呼び監視カメラを確認、時間はかかったがデパートに入った人間と出た人間の数の確認を行った。

すると、出た人間の数が少なく。4階の監視カメラに映ったのを最後にそれ以上の階にも以下の階の監視カメラにも確認できなくなる客がいることに気づいたのだ。

「消えたお客様が心配ですし、このままで異常が続けばいつかは噂になって客足が遠のきデパートは倒産してしまいます」

とオーナーは締めくくった。

捻くれ者の僕は多分、後者の理由の方が大きいんだろうな、と思ったが口には出さない。

「わかりました。さっそく調査にさせていただきます。ただ聞く限り夜9時以降に現象が発生することが多いようなため、9時から4階には私達以外の誰も入れないように取り計らってください。実際に私達が9時に4階を動いて問題の解決に努めます。」

こちらの要望を伝えた後、ルーティと一緒に応接室をでた。


「この事件はどうでしょうかマガツさん?やはり妖が関わって」

「まだ分からないね。ただ大人の迷子が続いただけかもしれないし、誘拐犯がいたのかもしれない」

「ふむふむ」

熱心にメモを書いている。

「でも妖が人知れず客を攫っているかもしれないし、軽度の異界化が起こってそこに足を踏み入れた人間が行方不明になっているのかもしれない」

「ふむふむ」

「まあ何にせよ危険はある!という前提のもとに動いていた方が安全だ。君もささいなことでも異常を見つけたら伝えてくれ。」

「わかりましたっ!あっ」

「どうしたの?」

まさかさっそく異常が起きたのか。

「迷子です!」

彼女が指さした先を見るとオロオロと小さな子供が泣いていた。

「ああ、それなら従業員が」

対応するだろうと言い終わる前にはもうルーティは迷子の近くに行き屈んで目を合わせていた。


「どうしたの?迷子かな?」

とても優しい声色だ。

「あっあのね、みっみいちゃんねっえぐっ」

子供は泣いていて要領を得ないが彼女は辛抱強く話を聞いている。

やがて話終わったのか、ルーティに手を引かれて歩き出す。

「マガツさん、この子を迷子センターに連れていってもいいですか?」

「構わないよ、時間はあるしね」

迷子センターへ着いて館内放送を流してもらう。

やがて親が迎えに来て子供は泣きながら親へと飛びついていた。

別れ際、ルーティを見てずっと手を振っていた。あの子なりに感謝を伝えているのだろう。



「あの……すみませんでした…お仕事の助手をするって言ったのに途中で泣いてる子を見て、ほっとけなくて…」

こちらへ向かって申し訳なさそうに謝ってくる。

「いや別に謝ることじゃない。どのみち事が動くのは夜になってからだし、それに、」

「それに?」

「僕自身は人に優しくとか親切とかできない奴だけど。それができる人間は褒められるこそすれ怒られるものじゃないって思ってる。」

「だったらマガツさんも優しいですよ」

「まさか」

肩をすくめる。自分の冷たさ薄情さは分かっている。

「だって今も何も言わず私に付き合ってくれたし、助手として受け入れてくれたのも私のことを考えてくれたからですよね?」

「…………過大評価だね」

彼女は人がいいからそう思うだけだろう。

「それより、店内の確認を再開しよう」

何となく気恥ずかしくなったため話を切り替えた。




一通り店内を回った後

「店内を一周して見て回れたから休憩でもしようか。」

まだ夕方であるからか、デパート内は件の4階以外も見たが異常は見つけられなかった。

異常が発生している夜を待ってから調査を再開しようと思い休憩を提案する。

「じゃあ!デパートに前にテレビで紹介されていた喫茶店があるので行ってみませんか?」

「いいよ。僕に特に希望はないからそこで問題ない」

特に断る理由はなかったので同意する。


喫茶店は2階フロアにあった。

現代的なデパートとは裏腹に外観は木材風な壁で出来ており、内装もそれに似あったモダンな雰囲気のある店だった。テレビ効果か店内は中々混み合っている。

「何だか、こういう場所って落ち着きますね」

ルーティは満足そうにしていた。

「そうだねお客さんも多いし、味にも期待できそうだ」

順番待ちにすることにはなったが、中からおいしそうな匂いが漂ってきている。

タイミングが良かったのか思っていたよりも待たずに名前を呼ばれ、席へと着く。

メニュー表を取ろうと探すと木製の板がカバーになって本のようになっていた。

手触りも良い。

(中々、雰囲気を出すために凝ってるな)

店の見た目が良いと味にも期待してしまう。

「先にメニュー見ていいよ」

「ありがとうございます!」

よっぽど楽しみだったのかすぐにメニューを探す。

じっくりと楽しそうに気に入る商品を探す様子は普通の女学生だ。

少し時間が経つと、

「決めました!私はこのふっわふわラズベリー&マーガリン&メイプル&オレンジソースがけパンケーキにします!」

(ソースかけ過ぎじゃない?)

と思ったが、ケチをつけるような発言はしない。

「とてもおいしそうだね!」

「はいっ悩みましたがやっぱりテレビで見た時から気になっていたこれに決めました!マガツさんもどうぞ」


見終わったメニュー表を手渡される。

開いて中を見る。

(そうだな、お腹も減ってきたし適当にサンドイッチでも……)

パラパラとめくっていると期間限定の商品が目にとまる。

(当店オリジナル!ここだけ今だけしか食べれない!超ビッグ・ビッグ・ソーセージ&ステーキ目玉焼きのせ!秘伝のソースぶっかけ!だと…胃が持たれそうだ。でも期間限定かー)

人混みが嫌いな為、普段わざわざデパートやテレビで紹介される店に行こうとは思わない。

(だからこそ、こういう機会でしか食べないようなメニューが気になってしまう…でも食べきれるか?)

うーん、うーんとどうでもいいことに僕が悩んでいることに気付いたのか。

「これが気になってるんですかマガツさん。せっかくだから挑戦してみてもいいかもしれませんよ!私も気になったので一人で食べれなかったら一緒に食べましょうよ」

と、背中を押してくれたためいつまでも迷っていても仕方ないと注文することにする。



「はーいお待たせしましたぁ」

メイド服のウェイトレスが料理を運んできてくれる。

(いや、この店の雰囲気にはあってなくない?)

と突っ込みたくなり思わず凝視してしまう。

「………マガツさんってメイドが好きなんですか?」

目線に気付かれたのか、ルーティがジト目になっていた。

「いっいや、ただ予想外だったからおっ驚いていただけだよ。それより冷める前に食べよう」

何も後ろ暗いことはないのだが、慌てて不審な言動になってしまう。

話題を変えようと運ばれてきた料理にフォークを刺す。

看板に偽りなくソーセージもステーキも肉厚だ。刺した瞬間に肉汁が溢れてきた。

そのまま口へと運ぶ。

(秘伝ソースの味は甘辛く肉の味にあっている。肉自体の素材も悪くない)

口内に期待した通りの味が広がり選んで良かったと思う。

ルーティの方を見てみると彼女も笑顔でおいしそうにパンケーキをを口に運んでいた。

あまりにもおいしそうだから

(甘いものが好きな方だから、何かパンケーキでも良かったかな)

とも思う。

そのまま二人で雑談を続けながら食事を楽しんだ。

せっかくなのでお互いの料理の食べあって感想を言いあい盛り上がった。

そうこう時間を潰しているうちに夜になっていたため、再び調査を再開する。



オーナーはこちらの要望通り4階から上は立ち入り禁止に既にしていてくれた。店員にも一部事情を説明し、今日は帰らせたみたいだ。

既に夜だが、ライトが点いているため明るい。

(自分で要求しておいて何だけど、僕達以外誰もいないデパートのフロアとは不気味だ。)

若干の恐怖を感じたが悟られてはあまりに格好がつかないためもちろん、表情には出さない。


「今からこのフロア内を再度探索する。昼は何もなかったけど、同じだと思って油断しないように、異常が起こっているのは夜が多いから。」

「はい、気を付けます」

ルーティの表情は引き締めており口だけではないだろう。

「それと僕から離れないこと、後はヤバくなったら助けをすぐ呼ぶことね」

過保護かとも思うが心配なので再度、注意事項を伝える。

それからフロア内を回った。

エレベーター近くの看板に書かれているとおり、4階は紳士服やスポーツ用品の店舗が集められており、多種多様な服がスタンドにかけられていたり棚に並んでいたりする。スポーツ用品店にはリュックサックがテントなどのキャンプ用品が置かれている。

昼間来た時と同じく、特に異常は今の所ない。

しかし、じっとしていても始まらないので周囲の様子を観察しつつ商品の列の間を一つ一つ虱潰しにして二人で歩く。

「マガツさんはキャンプとか行ったりしますか?」

間が持たなくなったのか話しかけてきた。

緊張感は必要だが張り詰めすぎても問題かと考えそれにつきあうことにする。

「行かないな。僕はできるだけ文明の利器で楽に生きたい人間だ。好き好んで山とかの自然の中で過ごしたいと思わない。インドア派だしね」

「えー、きっと行ってみたら楽しいですよ。キレイな夜空に澄んだ空気、新しくチャレンジしたり、仲間と語り合ったりそこでしか出来ない経験がきっとあります」

そういえば、キャンプはチャレンジすることで自尊感情や自己効力感、達成意欲を育んだり、仲間と協力して行うことでコミュニケーション能力、人間関係力の向上に繋がると聞いたことがある。

(なるほど、すべからく僕に欠如しているものだ)

彼女がキャンプ好きでこの性格、僕がキャンプ嫌いでこの性格ならある程度はその理論は正確なのかもしれない。

(だからといってキャンプに行こう!とは思わないからこその僕なのだが)

「まあ、…今度機会があれば行ってみるよ」

適当にあしらおうとしたが

「その時は私も呼んでください!キャンプの楽しさを教えましょう!」

と乗り気にさせてしまったみたいだ。この調子ではまた押し切られてキャンプに出掛けることになりかねない…。

何かで話題を逸らそうと考えている時に。

チカッチカッ

天井に設置されているライトが点滅を始めた。

始めは一つだけが点滅しているだけだったが、

チカッチカッチカッチカッ

チカッチカッチカッチカッ

チカッチカッチカッチカッ

伝染しているかのように点滅しているものの近くのライトが次々と点滅しだす。

「マガツさん……」

彼女が不安そうに近づいてくる。

「ああ、明らかな異常が起こっている。もっと近くに」

パンッ

全てのライトが消えた。辺りが暗闇に包まれる。

妖が出てくればすぐに対処しようと体勢を整える。

………待つが何も起きない。音もなく静寂に包まれている。

(唯一聞こえるのは自分の息遣いだけだ)

……………

(待て、自分の息遣いだけ!?)

焦って手を伸ばし近くにいたはずのルーティに触れようとする。

(クソッ!やられた!いない!)

手を振るが誰にも触れず気配もない。

パンッ

再度ライトが点き、元通りになる。彼女がいないことを除いて…

(異界化か。彼女だけ中に取り込まれたっ、僕は馬鹿かっ)

焦りが募るが思考を落ち着かせる。

(このフロアはどこかが異界化している。さっきまでそれが全体にまで広がったんだ。まだ、起きたばかり。どこかに痕跡が残っているはず。そこから辿って僕も異界へと侵入するっ)

答えが出たため、動き始める。

意識を集中

(過負荷解放5%・感覚強化)

瞬間、視界がよりクリアになったことを感じる。遠くにあるはずの看板や服についたタグを目を凝らさずともはっきりと認識できる。

それだけでなく先ほどまで何も見えなかったはずの空間に紫色の煙のようなものが見える。

(これが異界の残した痕跡だな。)

目的のものを発見し、追跡を開始する。

まず、真っすぐ追いかける。次にリュックサックの棚で右に曲がる。突き当りで左へ、スーツのコーナーのマネキンを退かし真っすぐ進む。試着室の中に入り上から隣の試着室へ再度出てジャケットのスタンドに飛び込んだ。

無駄な手順が多いように思えるが異界は通常の方法では行くことができない。最初からジャケットのスタンドに飛び込めばいいわけではなく儀式のように手順が必要となる。

飛び込んだがジャケットにぶつかることはなく、気づけば薄暗い4階のフロア(に見える)通路に僕は立っていた。

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