第2話 シャノンの告白

 

 《皆様もご存じの通り、この国の貴族は自らのお屋敷に婚約者を住まわせ、互いの理解を深めるのが通例となっております。

 私も例に漏れず、ケンガル様との婚約と同時にこの屋敷に住まうことになりました。


 ケンガル様は今の国政を、特に財政面を憂うお方と聞いておりました。国の未来を、民草を一心に想う誠の志士と。

 庶民から血税を巻き上げた末、豪華絢爛に飾られたお城、幾多の諸侯の華美な装飾品。

 それには私も少々違和感を覚えておりましたし、そもそも私、優美なドレスよりも素朴な装いが好きでした。

 だから最初は険悪でも、ケンガル様とはいずれ話が合い、良い夫婦になるのでは――

 そう思っていたこともありました。


 しかし――彼のお屋敷は規模こそ大きかったものの、実はとても質素なもの。

 私が初めて訪ねた時に中庭や窓際を飾っていた美しい花々は、全て捨てられました。虫がわいて不潔だとの理由で。

 ならば何故お庭に花を用意したのかと尋ねますと、来客がある時だけ家を飾り立てるのだそうです。派手さに拘る老害どもの目を欺くにはうってつけだと仰って。

 先祖代々受け継がれていた貴重な絵画や彫刻も、必要最低限のもの以外は全て売り払ってしまったそうです。埃を被っていて鬱陶しいというのが理由でした。

 今宵の舞踏会における装飾も食事も照明も、全て急ごしらえで私が用意したものです。ケンガル様の命令によって。

 催し物の時だけは、私も最低限の清潔な装いが許され、普段お屋敷であったことは巧妙に隠されていました。だから皆様もこれまで、お気づきにならなかったのでしょう……



 このようにケンガル様は、大変な倹約家でしかも潔癖症でした。

 そして私がお屋敷に来たその直後、長年勤めていたメイドと執事の殆どを解雇してしまったのです。結果、お屋敷を守る最小限の警備兵以外は、誰もいなくなってしまいました。

 ケンガル様はご存じの通り、行き詰った国政を変革しようとしている志士でもあります。それゆえ困窮する領民は勿論、古い慣習を嫌う若い貴族たちにも人気がある。

 そんな彼ですから元々、メイドや執事といった慣習自体を大変に嫌っておりました。

 ――その志自体は、とても立派ではあったものの。



 実態は、大変な男尊女卑。

 自分は世の変革を目指す若き革命家。だから雑事の殆どは妻が取り仕切るのが当然、との考えをお持ちでした。

 そのような理由から、屋敷全体の炊事掃除洗濯は勿論、広大な領地管理までもが私に押し付けられた。周囲の方々がいくら忠告しても、頭の固い旧時代的人間の戯言とされ、ケンガル様には相手にされませんでした。そう、お義父様やお義母様の言葉でさえも……》



「な、なんと……!?」

「お屋敷の雑事だけでなく、あの広い領地管理までも……? ありえない!」

「親の忠言さえも届かなかったと? 確かに、息子は意固地なところがあるとお父上はボヤいていたが……」



 シャノンの独白が流れる中、貴族たちのざわめきはさらに大きくなる。

 それもそのはず、彼女の声と共に天井に流れる映像は、シャノンの言葉の信ぴょう性を色濃く裏付けていた。

 ケンガルの罵声と共にちぎり捨てられる花々、容赦なく解雇されるメイドたち。長年勤めあげていたらしき老執事が涙ながらにケンガルに縋りついていたが、彼は躊躇なくその顎を蹴り飛ばしていた。

 さすがのマリーゴールドも、青ざめながらケンガルを見上げる。


「う、嘘よね……?

 ねぇ貴方、まさか私にも家事雑事全部やらせる気じゃないでしょうね?」


 そんな彼女の言葉に、ひどく驚いてケンガルは目を見張った。


「は?

 君はそのつもりじゃなかったのかい?」

「!?」


 思わず一歩後ずさるマリーゴールド。

 それに対し、やれやれと頭を振りながら当然のように言ってのけるケンガル。


「シャノンも君たちも、一体何を言っているのか分からないよ。

 執事やメイドなんて、本来は不要なものだ。家の仕事を全て完璧に取り仕切ってこそ、伯爵の妻というものだろう。

 シャノン。君はその役目を捨てて、ほぼ毎日仕事をさぼっていたね。あれだけ怠けていて地獄だなどと、何を生意気な」


 相変わらず、シャノンの姿は見えないまま。


 《……そうですね。

 ケンガル様にとっては、どれほど私が働けど働けど、怠けているようにしか見えなかったのでしょう。

 だから私は、家事もろくに出来ない女として扱われることになったのです》


 貴族たちの間に、動揺が走る。


「なんと……これほどのお屋敷を、女手ひとつに任せるとは」

「メイドと執事が10人いても足りないと言われていたお屋敷なのに」


 映像は、無駄に広い浴槽に溜まったカビを必死で拭いとるシャノンの姿を、克明に映し出していた。

 膝までまくりあげた粗末なドレスは埃だらけで、令嬢とはとても思えぬ恰好。ひたすら汗を拭いながら、光を失った目で必死に浴槽の掃除を続ける伯爵令嬢――


 そこへガラリと硝子戸を開け、ケンガルが入ってくる。


『まだ終わっていないのか!

 本当にだらしがないな、君は! 一体今までどういう育てられ方をしたら、こんな要領の悪い掃除が出来るんだ。

 これが終わったらさっさと中庭の掃除をしてくれよ。腐った木に虫がたかって、うるさくて仕方ないんだ』



 完全に真っ青になったマリーゴールドは、もう二歩も三歩も下がりながらケンガルを見据えていた。


「こ、これ何? ケンガル、貴方って人は……」

「当然じゃないか。

 僕はいずれ国の変革を担う男。その為には国中から全ての無駄を切り落とさねばならないんだ。まずは自分の家から始めるのが当たり前だろう?

 それなのにシャノンときたら、風呂掃除も庭掃除もろくに出来なかった。

 何をするにも鈍重で要領も悪い。おまけに料理もまずかった!」


 映像はやがて、二人の食卓を映し出す。

 倹約家と言われるわりには豪勢な食事が並んでいる。ただし、テーブルを囲むケンガルとシャノンの間に、ろくな会話はない。


 《そうでしたね、ケンガル様。

 食事に関する貴方の注文はやたらと多く、食べ物の好き嫌いも多かった。

 私の料理は、どれほど味付けを工夫しても全て不味いと言われました》


「そりゃそうだろう。僕があれだけ野菜や豆を入れるなと言っているのに、執拗に君は入れて来た! 時にはスープに溶かし込んでまで!!

 しかもケーキとかいう恐ろしく甘いお菓子まで、君は作ろうとしていたね。あんなものは人間の食べ物じゃないと、何度も言ったじゃないか!」


 わめきたてるケンガル。

 映像の中の彼は、シャノンの眼前でスープを床にわざとぶちまけ、しかも彼女を平手で殴っていた。

 貴族たちのざわめきは、やがて呆れのため息に変わっていく。


「ケンガル様の野菜嫌いとお菓子嫌いは昔から有名ですからなぁ……」

「母君がどれほど健康の為と言っても、頑なに食べようとしなかった」

「甘い菓子が好きではないのは分かるが、付き合いで必要になることもあろうに」

「だから思考もこれほど偏ってしまったのでしょうねぇ」


 そんな貴族たちを、ケンガルは憎悪をこめて見据える。

 彼を熱狂的に支持していた若い女子たちすら、今や軽蔑の目でケンガルを見ていた。特にケーキ大好きの娘たちの失望は深かったらしい。

 追い打ちをかけるように、シャノンの声は響く。



 《どれだけ私が働いても、ケンガル様が満足することは決してありませんでした。

 当然私の大好きな錬金術も、徹底的に毛嫌いされました。どれほど生活に便利なものを錬金術で生み出しても、ケンガル様には全て捨てられた。こんなものは人間を堕落させる魔女の術だと。

 錬金術さえ使えれば、ケンガル様のお望みの家事雑事は全て完璧にこなせたものを。勿論、領地管理もかなり楽になったはずです――


 しかしケンガル様は私の術を、私の全てを、否定しました。

 私が魂をこめて作り上げた道具の数々を、彼は片っ端から捨てたのです。

 だから私は――

 自身の最初の創作物たる『映写の秘石』だけを、肌身離さず持っているしかありませんでした。

 これさえあれば、命果てようとも自身の生きた証は残される。そう信じて――》


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