第16話 スコップ狂姉妹の実力2

「さぁて、そんじゃ第二ラウンドと行こうぜ!」


 姉のアクアが大声で開戦の合図をすると、影狼シャドウウルフたちの足元から影が姉妹へ向かって伸びた。


 それは鋭利な爪と変化し、姉妹に向けて放たれる。


「おぉらぁ!!!」


 アクアはそれらをスコップを使って全て跳ね返していく。対照的に妹のシズクは残り数ミリというギリギリのところで避け、時にはスコップを使って影を受け流して行く。


「す、すごいです...。本当にすごい。あんな嵐みたいな攻撃を捌くなんて...」


「まああの2人ならあれくらいの芸当余裕だと思うよ。あれはあれでまだ本気じゃないと思うし」


「うへぇ、まだ上があるんですか...」


 リリアは目の前で影と踊る姉妹を見て目を大きく見開いて驚いていた。


「さて、そろそろ戦闘も終わりを迎えそうだね」


 私がそう呟くと、2人の動きに変化があった。


「姉さん」


「おうよ!」


 それだけを合図に、アクアは思い切り地面に向かってスコップをフルスイングする。それはゴルフのスイングのように大きく振り下ろされ、地面を大きくえぐる。スコップが直撃した地面は土片を飛ばしながら砂埃を上げる。


「ひゃ、ひゃあぁぁぁ!」


 隣で頭を抱えてしゃがみ込むリリアの前に私は躍り出て、飛んでくる破片を徒手空拳によって弾いていく。


 戦況を確認すると、シズクが砂埃が舞い上がり、視界の悪い中を迷いなく影狼シャドウウルフに向かって進んでいた。


「これで、終わりです」


 シズクはそう言うと、スコップで目の前にいるシャドウウルフの首を落とした。


 味方がやられたのを見て、シャドウウルフが後退する。低い唸り声を上げて威嚇しているが、それは最初に比べると覇気がなく、まるで小さな子供が癇癪を上げているかのように見えた。


「そんじゃあ、ラストもやっちまおうぜ」


「えぇ、姉さん。サクッと殺りましょう。ズバッと殺りましょう。ドガンと殺りましょう」


「いや、結局どれなんだよそれは。まあ難しいことは考えてもしゃあねぇよなぁ」


 アクアが低く腰を落とし、最後のシャドウウルフへと肉薄しようとした瞬間、シャドウウルフの足元から四方へと影が広がる。


「!?姉さん、シャドウウルフが逃げます!」


「ッ!?させねぇ!」


 シャドウウルフへとものすごいスピードでアクアが突進する。


「おらぁ!」


 高速でシャドウウルフへとスコップを振り抜く。だが一足遅かったのか、シャドウウルフは足元に広がる影へと吸い込まれるようにして消えていった。高速で振り抜いたスコップは空を切り、辺りに物凄い突風が吹き荒れる。


「チッ、一匹逃したか」


「はぁ、これはこれで少し悔しいですね。なんですか、あれは。シャドウウルフは影を操るとしか知らなかったんですけど、まさか影を使って逃げるとかそんなの考えつかないですよ...」


 2人はシャドウウルフを逃してしまったことが悔しいのか、肩を落としながらトボトボと私たちの元へと戻ってくる。


 そんな2人へリリアはトコトコと小走りで駆け寄って、『す、すごかったです!スコップであそこまで戦えるなんて凄すぎです!」と言って2人を励ましていた。というよりも、おそらくそれは本音なのだろう。別に励ますために言っているわけではないと思う。リリアは純粋な子だからそういう打算的に動くことはほとんどないように見える。


 私もスコップを手にした2人へとゆっくりと近づいていく。


「お疲れ様、2人とも。2人の戦いは流石の一言だよ」


 私の言葉にシズクは首を横に振る。


「いえ、あれくらいどうってことありません。レミリア様の部下としてあれを一匹逃してしまうとは...一生の恥です」


「あぁ、もっと早くサクッとれてればああはならなかったのにな。クッソ!しくじったぜ」

 

 アクアはガシガシと頭を掻く。


「まあとりあえずお疲れ様だよ。とりあえず倒したシャドウウルフを回収してから帰ろっか」


 2人はコクリと頷いた。


と、そこでリリアがおずおずと手を挙げた。


「ん?どうしたの、リリア」


「え、えっと、この量のシャドウウルフをどうやって持って帰るのかなぁって...」


「あぁ、そのことか」


 私はひとつ頷いてから、手のひらが上を向くようにして片手を前に上げる。


「血よ、変化しろ『紅箱ブラッド・ボックス!」


 私の手の平から、正確に言えばさっき噛み切った傷口から血が数滴浮き上がり、そのまま何もない空間へと消えていく。


「え、えっと、何も起きないですが...」


 リリアはそれを見て少し困惑した表情を浮かべる。


「ふっ、これでいいのだよ。まあ見てな」


 私は近くに落ちていたシャドウウルフの死体を片手でヒョイっと掴んでから先ほどの場所に戻り、何もない空間へとシャドウウルフをぽいっと投げる。すると、それは吸い込まれるようにして姿を消した。それを見たリリアは『え、えぇぇぇぇぇ!な、何が起きたんですかぁ!?』なんて声をあげていた。


 私はピンっと指を立てて今の現象について説明する。


「これは私の技の一つ、『紅箱ブラッド・ボックス。まあ簡単に言えば異空間に物をしまうことができるっていう魔法だね」


「す、すごいですね。そんなことが...」


「ただ、これには欠点があってね。これを発動した場所に異空間の入り口が固定されちゃうから、そこまでしまう物を持っていかなきゃ行かないんだよ。まあ、一度発動した紅箱を解除して、もう一度発動すれば入り口は移動するんだけどそれだと面倒臭いし...」


「いやぁ、それでもめっちゃ便利だぜ、これは。あたしもこれを使えるようになりたいんだけどなぁ」


「姉さんには無理ですよ。スコップで殴るしか脳がないんですから」


「あぁ?んなことはねぇぜ、たまにスコップで切り裂いたりするぞ?」


「はぁ、別にそう言うことが言いたいんじゃないんですけど...」


「じゃあどう言うことだよ、馬鹿なあたしにもわかるように説明しやがれ!」


 2人はそのままぎゃあぎゃあ言いながら言い争いを始めた。


 私はそんな2人を横目に、シャドウウルフをどんどん異空間に収納していく。リリアも手伝おうとしてシャドウウルフを持ち上げようとしたが、リリアの身長以上あるシャドウウルフはそれなりに重量があるため、リリアでは持ち上げることができなかった。


「さて、2人ともそろそろ帰るよ」


 2人は返事をしてから私の後を着いてきた。


 それから数十分歩くと、山の出口が見えてきた。


「やっと山から出てこれました...」


「そうですね、リリア様。お疲れのようでしたら私がおんぶしますけど、どうしますか?」


「い、いえ、流石にそれは申し訳ないです」


「んな、遠慮することねぇってのにな」


 アクアはバシバシとリリアの背中を叩いている。


 今は私が最後尾を歩いて、前の三人について行っているという感じだ。


 うーん、そろそろ頃合いかなぁ。


 私は自分の着ている純白のワンピースのポケットをまさぐる。


「あ、あれ?どこやったかなぁ。さっきまであったんだけどなぁ」


 私がそうやってポケットを弄っていると、前の三人が振り返った。


「ん?何か落としたのか、レミリア様?」


「ん?あぁ、まあそんなところ。多分さっきかな」


「それでしたら私が取りに行って参ります。何を落とされたんですか?」


 シズクがトコトコと私のそばに寄ってくる。


「あぁ、いや、大丈夫!自分で取りに行ってくるから。本当大丈夫だから!」


 私は両手をぶんぶん振って取りに行かなくていいことを伝える。というか、来られるとちょっと困る。


 何かを察したのか、シズクは『わかりました』と言って下がっていった。


 私は後ろで不安そうに見つめているリリアへと視線を向ける。


「リリア、2人を屋敷に案内してあげてほしいんだけど、いいかな?部屋はまあ適当に使ってもらえばいいと思うからさ」


 リリアはコクリと小さく頷いた。


「わかりました、後のことは任せてください。レミリアさん、気をつけてくださいね」


「うん、行ってくるね。そんじゃあみんな真っ直ぐ帰るんだよ!」


 私はそれだけ言うと再び木々で覆われた山へと足を踏み入れる。



「さて、どこにいるかなぁ」


 私は木の上を高速で移りながら紅霧ブラッド・ミストに目当てのものがかからないか気を張り巡らせる。


「んー、流石にわざとらしかったかなぁ。シズクは何か勘づいていそうだったけど」


 私は暗闇に包まれる森の中で首を左右に振りながら周囲を確認する。


 それから少しして、目的のものが紅霧に引っかかった。


「ふふ、そこね。すぐに行くよ!」


 私はさっき以上に速度を上げて目的の場所へと急ぐ。それから数分としないうちに目当てのものが目に入った。


「いたいた。部下の失態は上司がカバーしないとだからね」


 私は木の上からその姿を確認する。そう、先程アクアとシズクが逃したシャドウウルフだ。どうやら毛繕いをしているようで、魔物というよりもただの動物のように見える。だが、こいつはれっきとした魔物なのだ。


「眠いしサクッと終わらせて帰りますかね」


 私は右手の親指から左手の手の平に血を一滴垂らす。


「血よ、変化しろ『紅小刃ブラッド・ナイフ


 私の手の平の上には全長15センチほどの真紅に染まったナイフが一本出現した。


「君に罪はないけど、処理しないと食べ物が奥歯に挟まったような感じで気持ち悪いからさ。ごめんね」


 私はナイフの刃先を持って木の下にいるシャドウウルフへとナイフを投擲する。それは音をも切り裂き高速で飛来し、シャドウウルフの頭部へと吸い込まれるかのようにして突き刺さった。シャドウウルフは声を上げる間も無く絶命した。なんともあっけない。


「これで任務完了かな。なんやかんいって今日は疲れたなぁ。帰ったらすぐに寝よ」


 私は木から飛び降りて欠伸をしながら再び出口を目指して暗闇に包まれた山の中を歩き始めた。





--------------------

ここまで読んでいただきありがとうございます。♡、☆もありがとうございます。


次回の更新は3月7日になります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る