第3話 室映士は途方に暮れる

 こちらは『冬野つぐみのオモイカタ』第二章までのネタバレを軽く含んでおります。


ネタバレは嫌! 読んでから来たいわ! という方は、本編を楽しんでいただいてから来て下さると嬉しいです。


ですが今回のお話は大きなネタバレはなくそのままお楽しみいただけるものかな、と思われます。

よろしければ彼らの一日を覗いてみて下さいませ!


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 むろ映士えいじは途方に暮れていた。

 肩と腹に温もりを感じながら途方に暮れていた。

 だがこのままでは話にならない。

 そう考えようやく言葉を絞りだしていく。


「おい、これはどういうことなん(にゃー)」


 肩に乗った猫が言葉を奪うように鳴く。

 部屋をフラフラとさまよっていた別の猫が、その鳴き声に誘われるかのように室の元へとやって来る。

 そのままとひょいと飛び上がり、絶妙なバランスで自分の頭へと乗って来るではないか。


「ぶっふぅ! 『どういうことなんにゃー』だって。しかも室さんってば、随分と素敵なお帽子を身につけていらっしゃるのね!」


 服装通りの真っ黒い邪悪な笑みを浮かべた千堂せんどう沙十美さとみが、自分の前で腹を抱えて笑っている。


「おい、どうしてこう(にゃー)ったのかを説明しろと言っているん(にゃー)」


 今度は頭と腹に乗っている猫たちが実に絶妙なタイミングで鳴き声を出してきた。


「ひー、何この子たち! 最高なんだけど~~!! く、苦しっ。やだ私、このままだと笑い死ぬかもぉ~」


 床に座り込み足を年甲斐もなく子供の様にバタバタとさせながら、沙十美は目の隅に溜まった涙を拭っている。


 まずはどうしてこうなってしまったのかを考えようと室は目を閉じる。

 きっかけは沙十美が、もう一人の『小さい自分』にハロウィンを体験させたいという話からだったはずだ。

 そこで沙十美がその依頼をしたのが、自分の所属する組織内において「観測者」と呼ばれる人物。

 この謎多き人物は、どうやら強力なコネクションを有していたらしい。

 彼女の提案からたった数日後に届けられたのが、いま自分がまとおうとしていたハロウィン用の衣装、そして室の体を寝床にせんとしているこの猫たちだった。


「それにしても可愛いわねぇ。これだけ人懐っこい猫って珍しいわよね」


 室の頭に乗った猫の鼻先にツンと触れてから沙十美はその猫の頭を撫で続けている。

 だが撫でられるたびに猫のしっぽが自分の鼻をするするとなぞり、さらには明らかに故意に沙十美は力の加減をせずに猫を撫で続けているのだ。

 その都度、自分の首は赤べこがうなずくがごとく、ぐいぐいと揺さぶられるはめになっている。

 こんな思いをしてまで、自分はこの衣装を着る必要があるというのだろうか。

 そもそも自分から、このようなことをしたいと思ったわけでもないのだ。

 あの二人で好きなだけ楽しめばいい。

 自分はもう着替えて日常へと戻ればいいのだ。

 そう考えた室は、腹へと侵入してきた猫に限界まで引っ張られたボタンを外そうと手を伸ばしていく。

 

「……ありがとうね、室。あの子ってば今日を迎えられるのをすごく喜んでいたのよ。あなたにも後で『たのしいをありがとう』って伝えたいって言っていたわ。だからその時くらいは、その不機嫌そうな顔を少しだけ緩めてくれると嬉しいわね」


 彼女からの言葉に思わず止まった手に、腹にとどまっていた猫が鼻先を擦りつけながら甘えた声を出す。


「本当にかわいい子たち。さて、わたしもそろそろ魔女に変身する時間ね。……あぁ、魔女と言えばお供は猫よね。おいで、私の従順なお供たち!」


 その声に従うかのように、三匹の猫たちは自分の体からするりと去って行く。

 

「……お前は蝶だけでなく、猫も操るのか?」


 思わず室が尋ねれば、沙十美はにんまりと笑って答える。


「そんなわけないでしょう。でもなんだかこの子たち、確かに人の言葉が分かっているみたいよね。私もそろそろ着替えてくるわ。さ、猫ちゃんたちは小さな私に挨拶をしに行きましょうか」


 扉を開けたことで別の部屋に興味が湧いたようで、猫たちは沙十美の後を付いて行くかのようにこの部屋から去って行く。

 ぱたりと閉ざされた扉を眺め、再びいつもの服に着替え直そうと手を伸ばしかける。

 だがこのタイミングで、さきほど猫のしっぽでくすぐられた鼻がむずむずしだすではないか。

 扉の向こうでは、猫たちが走り回っているであろう物音と白い少女の楽し気な笑い声が聞こえてくる。

 

「あなたに『たのしいをありがとう』と伝えたいって言っていたわ」

 

 沙十美の言葉が室の頭の中で響くと同時に、堪え切れず室はくしゃみをしてしまう。


「……少々、寒いな」


 外れたボタンをもう一度はめ直しながら、室は独り言をつぶやく。


「これはいつもの服装より暖かいな。……もう少しだけなら、着てやってもいい」


 そう、これは別に少女の為ではない。

 ただ少しだけ、いつもとは気が変わっただけのこと。

 そして、ほんの少しだけ。

 誰にも見せることなく室は小さく笑みを浮かべる。

 だがそれもわずかの間のこと。

 いつも通りの表情に戻り、室は部屋を出るために扉へと手をかけるのだった。



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皆さま、室を堪能いただけましたでしょうか?

えぇ、もっとご堪能いただきたく、こちらの近況ノートをお勧めいたしております。

今回のお話の元となりました、室の素敵なイラストを掲載しております。

こちらは鉄様によるイラストとなります。

本編では決して見ることのない、室の新たな一面をご堪能いただけたらと思います。


https://kakuyomu.jp/users/toha108/news/16817330649063353126


ここまでお読みいただきありがとうございました!

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