第12話
かがやく眩しい光とともに、ベッドの彼女は消えた。数秒後、彼女そっくりな蝋人形が現れはじめる。
ふたたび、研究所から九籐さんに連絡が入ったようだった。彼女は耳元に手を当て、小型のマイクで話しはじめた。
「成功……ですか? よかった!」
彼女はホッとした様子と笑顔を織り交ぜた顔で、僕に親指を立てた。
「はいっ! はいっ! 了解です。撤収を開始します!」
連絡を切ると、彼女はテキパキと装置の操作をオフにする準備をした。
僕が装置の中の人形を取り出そうとして、
「龍美くん、何をモタついてるの? 撤収準備よ。その蝋人形は、作業員が持って行くからそのままでいいの」
「は、い!」
廊下では壮年の男性である院長が、待合椅子で腕組みをして、隣の女性看護師となにやら話していた。
院長は、僕らに気づくとスッと立ち上がった。
「どうだい? うまくいったか?」
九籐さんは笑みを浮かべ、またも親指を立てた。
「バッチリです!」
院長も看護師も安堵の表情になった。
「よかった! アイツの判断には、ヒヤヒヤさせられっぱなしだ! だが、経過観察する必要があるから、近いうちに研究所に行くと言っておいてくれ!」
「わかりました。伝えておきます。それでは、私たちは、これで失礼させていただきます。作業員が撤収をしますので、班長が挨拶に伺うとおもいます。その時は、よろしくお願いします!」
丁寧に看護師が頭を下げた。
「ご苦労さまです」
僕もかるく頭をさげた。
作業員の班長に撤収を伝えた僕らは、屋上に向かうエレベーターへと歩きはじめる。
彼女の顔は、緊張感から解放された
「はぁ……、やっと、ひと段落したわね!」
「そうですね!」
僕に改まって向き直ると、
「でも、龍美くんにとっては折り返し地点に来たばかりよ。これから、ツグミさんともとの時代にもどる計画をしないといけないわ!」
彼女が真剣な眼差しでいった。
「心得てます。でも……」
そうだ。これで終わりではない。僕のいる本来の時代へ帰還しなければ。だが、タイムマシンは、試作機でしかも一人乗り。本当に戻れるだろうか。
「……もとの時代に、本当に、戻れますか……」
僕には不安が拭えなかった。
彼女はふかくため息をもらした。
「龍美くん! 厳しいことを言うようだけど……」
つり目気味になった彼女が、怒った表情で言った。
「不安な気持ちで「戻れますか」と口にしないで。ぜったいに戻るの! わたしの前では、そういう否定はしないで。シライ博士をもっと信用して、信頼感を持って! まだ、この時代に来てまもないけど、あの人は、あなたにとって重要な人なのよ!」
「すみません、軽率でした」
せまい空間で僕は、彼女のひとつの側面を見つけたような気がした。彼女はシライ博士を最も信頼している人物であることに。
だが、どうしてそこまでの信頼があるのか、そのことも同時に疑問が浮かんできた。
研究所に戻った僕らは、さっそくシライ博士に報告にいった。九籐さんの声かけに
「……院長が言うには、経過観察をする必要があると、おっしゃっていました」
「あの人ならそういうだろう。彼はそういう面でしっかりしているんだ。他人のことでも安全を第一に考える」
「ええ、それで近いうちにこちらに来るそうです」
「だろうな。僕がかなりのムチャをしていることもあるから……」
僕は何気ない質問をしてみた。
「博士は院長をよくご存知のようですね」
「大学時代からの付き合いでね。ある意味恩師にも値する人だ!」
博士は、カードキーとタブレット端末を渡してきた。
「龍美くん。いままで不便だっただろう。一時的だが、やっと君の申請が通ったよ。これで、研究所と宿舎を自由に行き来できる。おそらく、もうしばらくこの時代に滞在することになると思う。そのタブレットに、君の指紋を登録しておいてくれ!」
「ありがとうございます!」
カードキーはともかく、タブレット端末は、どうやらここの専用のものらしい。
僕はツグミさんの容態が気になっていた。
「それで、ツグミさんはいまどこに?」
「特別監察室だ!」
「わかりました!」
僕は研究室から出ると、デジタルサイネージの案内を頼りに『特別監察室』へと向かった。
中に入ることはできず、ガラス窓から彼女の寝ている様子がわかる。近くには椅子が設置されていた。そこには俯いた姿の白衣女性が座っている。紬さんだった。彼女は、小首を揺らし眠っているようだった。連日の作業で疲れているようだ。
僕は、隣にしずかにすわったつもりだったが、僕に気づいたように体を震わせる。
「すいません、起こしちゃいましたね……」
慌てた様子で彼女は僕をみた。
「た、龍美くん。いつからそこにいたの!?」
「紬さんが、小首を揺らしている時からです」
紬さんは顔を赤らめ窓際に立った。眠っているツグミさんの具合をながめている。
「なんか、恥ずかしいところ見られちゃったかな……」
「疲れていたんですよね?」
「うん、普段とはちがう大規模な実験だったから、余計に緊張して体にこたえたみたい」
「彼女の様子、どうですか?」
「いまはまだ、生命維持装置に頼りきりになっているわ! 彼女もあなたと同じように、まだ転送が完了してから目を覚ましてないの……」
体に重い負担がかかったのだろうか、と僕は思った。僕も時間転移《タイムスリップ》した時には、目が覚めるまでに時間がかかった。もしかすると、体と意識が一時的でも分離してしまうことで、もう一度、合致させるまでにかなりのラグが発生しているのではないか。特にエクスチェンジ実験では、顕著に現れているのかもしれない。それが長距離でしかも遮蔽物ありなら尚のこと。僕がエクスチェンジ実験の実証実験をした時は、わずか数メートルだったから、なんともないが。やはり病人には……過度な負担だったのだろうか。
「以前にも、
「その辺の研究記録はわたしにはわからないわ! 博士なら、あるいは知っているかもしれないけど……」
「訊いてみます! 博士は唯一僕と同じ経験者です」
「えっ?!」
驚きのある表情の彼女に、もうひとこと付け加えた。どうやらシライ博士が、
「そう、だったのね……」
かるくお辞儀をして、僕はシライ博士のいる研究室を目指した。だが、室内には博士の姿はなかった。九籐さんの話では、食事をするために地上に上がったということだった。
地上はすっかり夜がふけている。昼間のうちに研究所へ到着したが、時間の進み具合が地下にいることでわからなくなっていた。
僕は、食事の出来そうな場所を片っ端からまわった。しかし、どこにもいなかった。
ふと、暗い道でタブレット端末が鳴り響く。博士からだった。テレビ電話のように、博士の上半身と周りの様子が映し出された。
“もしもし、龍美くんか……”
「博士、どこにおられるんですか?」
“どこって、宿舎の部屋だ! 紬くんから聞いたよ。僕になにか用かな?”
「実は、
テレビ電話の奥の方で、女の人の声がしたような気がした。僕は、とっさに博士が結婚していて、子供がいることを思い出した。
「別に急ぎではないので、明日でも構わないです」
“僕も、君には話しておきたいことがある。ちょうど、食事を摂ろうと思っていたところでね”
話がとんとん拍子にすすみ、僕は、宿舎にいる博士のもとを訪ねることになってしまった。
つづく
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