第27話 選択から逃げたい

 能天気なアディリアだって、さすがに昨夜は眠れなかった。朝焼けを見たあたりから頭が重くなったが、睡魔は一向に訪れない。

 だが精神的疲労から身体がだるい。今日が休日ということもあり、起き上がるのも面倒だ。暫くダラダラゴロゴロとしていたが、寝れないのに無意味なことだ。


(私は逃げている場合ではないんだわ。私は決断しないといけない)


 少しボーっとする頭をスッキリさせたくて、散歩でもしようと木立の多いお気に入りの場所を歩く。

 子供の頃によく四人で遊んだ場所だ。この大きな木にツリーハウスを作ろうとアディリアが言い出して、危険だと母に怒られたこともあった。


 あの時、アディリアを慰めてくれたのは、やっぱりルカーシュだった。

 泣き止まないアディリアの手を握って、好きなお菓子をたくさん用意してくれた。

 もう、あの温かい手に触れることはないのだろうか?


 昔を思い出しながら歩いていると、日陰に置かれたテーブルでフェリーナがフィラーにご飯を食べさせていた。

 二人の顔はアディリアに元気をくれる。


「姉様、フィラー、おはよう」

「もう、おはようという時間ではないけどね」

 眉を下げて微笑むフェリーナは、昨日の話をエリオットから聞いて駆けつけてくれたのだろう。

 さすがに今日は、アディリアの寝坊を咎めたりしない。


 アディリアがフェリーナの隣に座ると、何も聞かずに「リアの選択を、私は応援する」と無条件で味方になると約束してくれる。


「……姉さんは私を叱る役割なんだよ。姉さんだけは私を甘やかしたらいけないのよ?」

「叱るのも、リアが思っている以上に体力を使うのよ。ほら、せっかく私が来てあげたのだから、さっさと本音をぶちまけなさい」

 フェリーナの優しさに、アディリアの胸の重しが少し軽くなる。


「どうしたら良いか分からないっていうのが、正直な気持ちなんだ。ずっと、ルカ様が好き。裏切られたって、それは変わらない。だけど、結婚生活が怖いの。私の存在がルカ様を苦しめるかと思うと、自分が耐えられるか分からない。ルカ様が私を選んだことを後悔するのかと思うと、私はどんな選択をしたらいいのか分からない……。かといって、ロスリー殿下を逃げ場にしたくないの。王子だからとかではなく、ロスリー殿下の綺麗な思い出を私のどす黒い気持ちで汚したくない」


 フェリーナは何も言わずに、アディリアの話を聞いてくれた。

 少し考えるような顔をした後に、アディリアの顔を自分の方に向けると、フェリーナの厳しい緑の瞳が真正面からアディリアを見つめる。


「ルカーシュのファンから散々嫉妬されてきたリアは、恋が綺麗なものではないと知っているでしょう? 誰が見たってリアがルカーシュを好きなのは明白なのよ。そこに間に割って入ろうと言うんだから、殿下は汚されようが身代わりにされようが何ともないわよ。相手はなりふり構ってないんだから、リアも聞きわけ良い振りは止めなさい。自分の人生よ、自分で選択するしかないの。この先、その選択に後悔しても、自分で責任を取るしかないのよ?」


 フェリーナの厳しい言葉に、アディリアは身体がギュッと圧縮されるようだ。

 甘えを見透かされた。綺麗な言葉を使って、傷つくことから逃げたのだ。

 アディリアの浅はかな考えなど、フェリーナには一目瞭然だと言うのに……。


「……ごめんなさい。自分で決めるのが怖くて、逃げようとしてた……。自分だけがいい子でいようなんてダメだ」


 フェリーナは何も言わず、フィラーにするように、アディリアの頭をよしよしと撫でてくれた。

 アディリアはそれが無性に心地良くて、フェリーナの肩に寄りかかり、もう決まっている心を改めて整理してみる。


「ルカーシュの婚約者がリアに決まった時、私は凄くショックだった。誓ってルカーシュのことが好きだった訳ではないわよ! むしろウザいと思っていたくらいよ」

 フェリーナが心の底から鬱陶しそうに「ウザい」と言うので、アディリアは思わず笑ってしまう。

「ショックの理由は、リアに負けたと思ったから」


(私に負ける? 姉様が私に負ける要素は、昔も今も見当たらないけど……)


「あの頃の私は、妹に負けたくないと必死だった。姉としてのメンツを保とうと必死に努力していたの。その気になればリアが何でもできてしまうことは、いつも一緒にいた私には分かっていた。現に今、勉強もマナーもあっという間に身に付けているでしょう?」

 今までが空っぽ過ぎたせいだとアディリアは思っていたが、確かに周りが驚くスピードで吸収している。


「リアが私より優秀なことが、世間に知られてしまうかと思うと、私は怖かった。でも、婚約が決まると周りがリアを甘やかし始め、リアが学ぶことを放棄した。その時の私の気持ち、知りたい?」

 いつも自信に満ち溢れているフェリーナの顔に、暗い影が落ちる。


 フェリーナはアディリアの返事を待つことなく、自分を責めるような投げやりな口調で答えを教えてくれる。


「これでリアが私より優秀になることはないと分かって、私はホッとしてしまった……。私にはいくらでもリアを救うチャンスがあったのに、自分のプライドを守りたくて手を伸ばさなかった。ルカーシュの歯止めが利かなくなっているのも分かっていたけど、同じ理由で止めなかった。だから、リアの幸せを奪ってしまった責任の一端は私にもあるわ」


「姉様は何も悪くない。ルカ様が他の方を愛しているのは、絶対に姉様のせいではないもの!」

 アディリアの言葉に、フェリーナが驚愕の表情を見せる。

 フェリーナが何かを言いかけたその時に、庭から騒がしい声が聞こえてきた。





◆◆◆◆◆◆


本日二話目の投稿です。

読んでいただき、ありがとうございました。

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