第4話 お飾りの妻とは?

 フェリーナの家から帰って来たアディリアは自室にこもった。冷めた紅茶を飲みながら心を落ち着けようと努力する。

 打ち消せない記憶から、ルカーシュの相手が誰なのかを思い出した。


「サフォーク国の第四王子だ……!」


 姉妹国と言ってもいいほど行き来も多く友好的で、貴族から平民まで婚姻関係も多く結ばれている隣国の王子を忘れるなんて……。いくらアディリアがぼんくらでも有り得ない。それだけ動揺していた。


「ということは、二人はいとこ同士……」


 同性で、いとこ。

 いとこ同士の結婚はままあるが、同性での結婚は聞いたことがなかった。

 自分が世間知らずだから知らないのかと思ったが、相手は王族だ。第四王子と言えど、子孫を残すのが使命。同性婚は前例がないだろう。


(ロレドスタ家とフォワダム家の両親は、このことを知っている? ……多分、知っているはずだ。だって、その方が色々と辻褄が会うもの……)


 アディリアが強く望まなければ、ルカーシュの婚約者はフェリーナだったはずだ。

 ルカーシュとフェリーナは同学年だ。ロイズデン王立学院でもルカーシュが首席でフェリーナが次席の成績。

 常に平均すれすれのアディリアより、フェリーナの方がよっぽどルカーシュと釣り合いが取れる。


 そう思うのはアディリアだけではなく、世間一般の評価だ。フェリーナが結婚するまでは「我儘で無能な妹が姉の婚約者を奪った」と、どこに行っても指を差して笑われた。


 フェリーナはどこに出しても恥ずかしくない完璧な淑女だ。既に愛する人(男性)がいるルカーシュに嫁がせるには、勿体なさすぎる。

 その点、何もできない馬鹿な妹は、ルカーシュのお飾りの妻にピッタリだ。


 今更だが、アディリアがここまで甘やかされてきたのも納得だ。

 愛してくれることのない相手に嫁がせる罪悪感で、両親達も厳しいことが言えなかったのだ。

 子供も生めないお飾りの妻となれば、社交界では厳しい立場に立たされる。いや、そんな生やさしいものではない。今以上の笑い物にされるのは、目に見えている。

 今後は病気療養か何かで社交界に出なくていいようになるのだろう。

 社交界に出る必要がないから、マナーや教養を身につけろと姉のように強要されなかったのだ。


(だから今まで自由に甘やかしてくれたんだね。感謝しかない……。……なんて言うか!)


 アディリアは怒りのままに、ベッドにダイブして両拳でマットを殴りつけた。


 お飾りの妻が病気だと言って社交界から消えれば、モッテモテのルカーシュには愛人がわんさか送られてくるに決まっている。

 その愛人たちによって、第四王子と愛し合っていることが暴かれたらどうするつもりだ? 

 グロイナー国とサフォーク国を跨いだ大醜聞に発展する。この事実を知っている者は最小限に抑えないといけない。


 お飾りの妻であるアディリアは、病気療養などしている暇はない。罵詈雑言をものともせずに元気に社交界に通い、愛人なんか入る隙も無いくらいルカ様と仲睦まじいことをアピールし続ける必要がある……。


(うわぁ、地獄……)


 握りしめた両手に、涙が落ちてくる。アディリアが驚いて頬に触れると、涙が溢れていた。

 愛する人が自分ではない別の人に愛を囁くのを見続けるのも、自分を愛してくれない人と一生を共にするのも、嫌だと言って逃げ出すことは簡単だ。


 だが、そうなると名門侯爵家の嫡男であり一人息子のルカーシュは、アディリアとは別の婚約者を捜さないといけない。

 美しく優秀なルカーシュは、アディリアという婚約者がいる今でも接近する令嬢が絶えないほど全方向から狙われているので、次の相手はすぐに見つかるだろうが……。


 美しく優しいルカーシュと一緒にいれば、誰もがあっという間に恋に落ちる。ルカーシュに恋をして、婚約者の座を掴み取ったのに、自分はお飾りの妻だと言われ耐えられる者はいるだろうか? ましてや禁断の恋を秘密にしてくれる者など……。


(ルカ様のことを愛し、幸せを願う私だからこそ、愛する人の為に自分を犠牲に……。なんてとても考えられない。私はただ、ルカ様の側にいたいだけ。自分が愛されないのは辛いけど、優しいルカ様だもの、今まで通り妹としては慈しんでくれるはず。それで十分とは……、まだ、言えない……。でも、ルカ様の窮地を救った自分を誇りに生きていくのも悪くない。多くを望まなければ、今まで通りに接してもらえるなら御の字、なのか? 捨て身で行けば、もしかして絆されてくれないか? という下心がないとも言えない。でも、あの二人の間に割り込むのは無理だ……)


 どうしたら良いのか、分からない。分からないが、今のままの自分ではルカーシュを守れないことはアディリアにも分かる。

 甘ったれのままでは駄目なのだ。


 お飾りの妻になるなら、ルカーシュの寵愛が第四王子にあることを隠す隠れ蓑になる必要がある。

 そのためには、世間に隙を与えてはいけない。アディリアの足元をすくおうとする者が現れないよう、今までの甘い考えは捨て完璧な妻を演じる必要があるのだ。

 完璧な淑女となり、ルカーシュの愛情を一身に受け、ルカーシュが他の令嬢に目移りする余裕などないように世間を騙さないといけない。それがお飾りの妻に与えられた役割だ。


 それがアディリアにとって正しい道なのかは、分からない。もう考えたくもないというのが、正直なところだ。

 今アディリア出来ることは、お飾りの妻を全うできる力を持って身につけることだ。他のことは、また後で考えよう。

 現実逃避と言われようが構わない。


(大好きな婚約者と恋人(男性)とのイチャイチャシーンを目の当たりにした上に、自分が叶わぬ恋をしていると知ったんだよ。婚約者なのに失恋した私が、自分に考える時間を与えて何が悪い?)




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る