繁華街竜巻怪異事件

赤魂緋鯉

前編

「俺は成人してるっつの! はっ倒すぞテメエ!」

「ややや。嘘吐いちゃダメだよぉ」


 水卜みうらは仕事帰りにユウリ、流音るねと繁華街の居酒屋にやって来たが、水卜のぱっと見が高校生ぐらいなため店の前でレジ係の若い男性店員に止められていた。


「ユウリ」

「はーい」

「おら、これ見りゃ分かるだろ」

「いやあ。お姉ちゃんのじゃダメだよぉ」

「んなことするかッ! あといねえわ!」


 埒があかないので、水卜はユウリから財布を受け取って免許証を見せたが、疑り深い店員はそう言って突っ返し、眉間にしわが寄りきっている水卜の怒りを増幅させた。


 ちなみに、ユウリはいつものパーカーではなく一応パンツスーツ姿になっている。


「おー、誰かと思えば」

「よう大将。コイツ何とかしてくれよ」


 揉めている事を聞きつけてやって来た、禿頭とくとうの中年店主に水卜は助けを求めた。


「店長。この子知り合いなんですか」

「そうだよ。お前はこの間入ったから知らんかもだが、割と常連だぜこのネーチャン」


 店主が、なあ、と近くを通りかかった、長らくフロア担当の中年女性店員に振り、同意が返ってきたことで店員は納得して引き下がった。


「入るのに何分かかってるのよ」

「俺のせいじゃねえっての。失礼なバイトのせいだ」

「そーそー」


 先に奥の座敷席に通されていた流音は、突き出しのおひたしを食べつつ2人が入ってくるのを待っていた。


「陽菜、アンタ酒とか飲むのね」

「いいだろ別に。見た目がガキくさくて悪かったな」

「誰も悪いなんて言ってないじゃないの。私に毒づかれても困るんだけど」


 水卜は拗ねた様子でそう言って、上着を脱いで壁のハンガーに掛け、ユウリが取りだした分厚めのクッションに座った。


「で、ここのオススメってどれなの?」

「そのメニューにゃ載ってねえんだよ。奥の壁見ろ」

「奥の? 大将のイチ押し……ってまだもったいぶるつもり?」

「おおこわ。そんなカリカリすんなって、マジでやべえから」

「やばやばー」


 夕方ぐらいから散々もったいぶられ、いい加減頭に来ていた流音に水卜が睨まれたところで、仕切りの下部が切り抜かれた戸がノックされた。


「どうぞ」

「おーす水卜のネーチャンと相棒ちゃん。ウチの若いモンがスマンね」


 流音が呼びかけると、ねじりはちまきの店主がのっそり入ってきて、突き出しのシシャモをテーブルに置きながら頭をへこへこ下げて謝る。


「おびにこれみんなで食ってくれ」

「マジのやつじゃねーか。許すぜ」

「うまみー」

「食うのはえーよユウリ」

「えー?」

「……で、それと別件なんだが」

「お、なんか事件でもあったって顔だな」


 急に店主の声が小さくなって、その内容を察した水卜に手招きされ、店主は下座に正座して少し身を乗り出す。


「――いや、そんなならポリ公に相談しろよ。調査課がすぐ来るぜ?」


 店主が話したのは、この居酒屋から少し離れた細い路地で、人がほとんど目撃証言もなく煙のようにいなくなったといううわさだった。

 話の出所が泥酔状態で通りかかった鈴木すずきという老人で、酒に酔っても抜群の記憶力をもっていて、人をだますようなマネをしない正直な人物だ。


「酔っ払いのジジイが言う事なんか信用しないだろ。おれっちはあの鈴木のじいさんに限って嘘言うとは思えんが」

「鈴木のじいさんならヤク中でもないしな」

「有名人なの?」

「アレだよ。ヤのつくアレの元親分」

「なるほど」

「――あ、このネーサン部外者か?」

「今更焦るな。同僚だ」


 流音が何者か確認する事を忘れていた店主は、水卜に呆れ顔でそう言われてほっとしたため息を吐く。


「まあなんだ、とりあえずよしなに頼む」

「はいよ。ここらで注文いいか?」

「おうよ」

「俺はいつものと枝豆だ。流音は?」

「じゃあこのハイボールと唐揚げで」

「日本酒とかじゃねえの? お嬢様なんだし」

「ウチに実家からのが山ほどあるの。お店に来てまで要らないから」

贅沢ぜいたくなこった」

「わたしはジンジャーエールかなー」

「おう」

「んでイチ押し3つ」

「お、今日は大当たりだから期待しとけよ」


 店主の頼みを聞き入れたところで、水卜が指を3本立ててニヤリとしながら言い、店主も同じ様な顔をして親指を立てると、いそいそと厨房ちゅうぼうへと向かって行った。


「本当なんなの?」

「まあ、簡単に言えばまかない丼だ」

「ええ……、まかない?」

「露骨にがっかりすんなよ。いろんな刺身の切れっ端を刻んで味噌みそ生姜しょうが、ネギと和えたなめろうだ。いいもん使ってるから切れっ端だと侮っちゃ困るぜ。出汁だし茶漬けにしても最高だ」

「……。そう聞くと期待出来そうじゃない」


 水卜のセールストークに、ごくり、と唾を飲み込んだ流音は、少し頬を緩ませつつシシャモを頭からもしゃもしゃ食べ始めた。


 ややあって。


「あんなに美味しいもの実家でも食べたことなかったわ……」


 高級ブランドアジと真鯛を中心としたなめろうを、酔いが冷めるほど夢中で食べていた流音は、赤提灯が並ぶざわめきが響く路地を歩きつつ、しみじみと味わいを思い出していた。


「もったいぶられただけあったろ? 限定5食ぐらいしかねえからあんまデカイ声で言えねえんだ」


 水卜はユウリに負ぶって貰いながら、うっとりしている流音に満足そうな顔をする。


「本当そう。これで唐揚げにレモン汁がひたひたにかけられて無かったらもっと良かったんだけど」


 一転、機嫌が悪そうな顔でユウリを睨んで、流音は彼女に嫌みを言った。


 トイレに行っている最中に出された流音の唐揚げに、ユウリがうっかり自分のものの感覚で、中から取りだした瓶入りのレモン汁をかけそうになり、水卜が止めた拍子に浸かるほど掛かってしまった。


「ごめんてイサミー」

宇佐美うさみね。新撰組のおさじゃないから」

「だれー?」

「歴史上の人物だ」

「なるほどー?」

「弁償したんだから許してやれよ」

「何他人事言ってんのよ。アンタが見てないせいでしょ」

「ああ? 仕方ねえだろ、この辺の地図見てたのによ」

「へー、ただ働きするの。珍しいわね」

「単に気が乗ったんだよ」

「アンタ良い所あるのね」

「ひなっちはだいたい人が良いからねー」

「うっせ」


 水卜は悪ぶりながらも、少し照れくさそうな顔を『怪取局』専用携帯端末の画面に向けた。

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