第3話 全員冥界送りで許してあげる

「ふふ、先程の攻撃は貴様みたいな小汚い人間にしてはなかなか良い魔術であったぞ。でも私には何一つ効かなかったわけだが」


 聞きやすい、綺麗な声。そんな声を発する彼女がエリックに向けて言った。


「はぁ、はぁ……」


 エリックは未だに息を切らし、朦朧とした意識の中で彼女を見る。


(なぜ、効かない……ッ)


 中級魔法もそうだが、上級魔法で無傷な人間など見たことがない……。こいつはもはや人間ではないのかもな。


 アンデス、ドレインは意味も分からずその場に座り尽くしている。


 彼女は更に膝をつくエリックに近付く。そして見下ろしながら言った。


「その抵抗だけは認めてやろう。だが、貴様はこのかわいいかわいい幼女に何をしようとした。言ってみろ。慈悲深き私の事だ。内容によっては、見逃してやっても構わんぞ」


「……内容?」


(内容も何も……どうせ俺が逃げたら上の奴らに殺されるんだ……変な実験とか拷問にでも使われたら、いっそここでこの美女に殺される方がマシだってんだ。抵抗する力も残ってねえしな……)


 苦肉な決断にエリックは、全力で皮肉な笑顔を向けて言い放った。


「はは……性奴隷にでもしてやろうかと思ったよ……どうだ、早く殺してみろよ。口だけのやつがこんなとこにくるんじゃねえ」


「やはり貴様は愚劣な人間だったか……よかろう。この私が制裁を与えてやる。安心しなさい。痛みもなく冥界送りにしてあげるわ。いでよ、神器デスレイアス」


 言ったと同時に彼女の右手に神聖な光が集まっていき、それは巨大すぎるハンマーを形造った。


 白をベースとし、ところどころオレンジ色の線が入っている。そして白い光線が巨鎚の周りを走っており、尋常じゃない雰囲気を漂わせていた。


 自分はこれで殺されるんだと、エリックは思う。良い人生だったと最後に言いたかった。だけど生憎そんな人生は送れなかった。幼いころに冒険者になり、国を守りながらも、人を欺いた。裏組織から諜報員を任命られたのだ。逆らったら殺されるためせざるを得なかったのだが……。


「最後に、聞かせてくれ……お前は、一体何なんだ?」


「私? そうだな……貴様らが暮らすこのラースベルクの女神、ハルミだ」


「女神、ハルミ……?」


「そうだ。この清楚で可憐な乙女が貴様らの女神なのだ。感謝しなさい。貴様は可愛い可愛い女神の手によって冥界に送られる。これ程名誉なことはないぞ」


 最初から考えてみればわかることだった。上級魔術にでも屈しない強靭な肉体。手に持つ、見たこともない武器召喚魔術(?)で召喚した神器らしきもの。そしてその美麗すぎる容姿。女神以外に何があろう。人間の域を越えている。


「は……それは名誉だな……てか破壊神の間違いじゃねえのかよ」


「うむ、少々喋りすぎたかもしれぬ。こやつは死ななきゃいけない存在だ。冥界で償え。さらばだ」


 彼女、ハルミはそう言って手に持った大槌デスレイアスをエリックに向けて振った。何百キロとありそうな巨大な大槌を片手で軽々しく、光の粒子を零しながら。


 デスレイアスがエリックに衝突した瞬間、エリックは光の粒子となって消えてった。何の跡形もなく、無だけが残った。


 静寂に包まれる数十秒。ゆっくりと、デスレイアスを見ながらハルミが呟いた。


「……使っちゃった……破壊の力を……やばいやばいやばい怒られる! どうしよう……あのおっちゃんまじで怖いんよ……また酒飲めなくなるぅ!」


「「ひ、ひぃええええぇ!!」」


 アンデスとドレインがいきなり奇声を上げて奥へと逃げて行った。のだが途中で透明な壁、結界に阻まれ思いきり跳ね返される。


「あ?? まだ残ってたんか。あーそこら辺は結界張ってるから逃げられないよ。音声遮断とか色々しないと外からバレちゃうからね」


 ハルミはやれやれと頭を掻いて、片手に持ったデスレイアスを肩に担ぐ。そしてゆっくりとアンデス達の元へと近づいていった。


「ド、ドレイン……やばいって! どうするよ!」


 アンデスがあたふたとしながらドレインに聞く。


「ぐっ……これは……どうしようもないぞ」


「いや待て、あっちは一人。こっちは二人じゃねえか! 二人力合わせたら倒せるんじゃね!?」


「お前話聞いてたのか……? あのハルミとかいう奴、女神だぞ? まあ恐らく破壊神の間違いかもしれないけども。それにアニキの上級魔術でも何一つ傷すらついていなかったじゃないか。あんなの俺らC級が倒せるもんじゃねえ」


「た、確かに……」


「おいテメェら、さっきから聞いていると何やら変な言葉を言っているようだが? 土下座しろ。そして地面を舐めろ。さすれば罪は軽くなるかもしれぬな」


 ハルミは二人を見下ろすように言った。完璧に、ヤクザのそれだ。


 アンデスとドレインは目を合わせ、決意した。


「は、はいはいはい!」


「地面舐めますのでご容赦を…!」


 そう言って潔く二人とも土下座の態勢に移り、思い切り地面を舐め始めた。まあ、目の前で仲間を殺されている限り、やるしかないだろう。相手の言葉に保証があるわけではないが、しないよりはマシだ。プライドなんかどこかにいってしまった。


「……ぷ、ぷぷ……はははは何それ! めっちゃ面白いんだけど!!」


 そんなプライドを捨てた必死の行為にハルミは爆笑しだした。左手で腹を抱えて笑う姿は、完璧に悪魔。もう女神なんてのは嘘だ。


「はぁ、はは、しょうがない、冥界送りで許してあげようか」


「いや結局冥界送られるんかい!」


 アンデスの鋭いツッコミ。


「俺は最初からわかっていたけどな」


「じゃあ言えよ!」


「あーあーちょっと、早くしないともっと怒られるから、ごめんね!」


「アニキぃ、今から会いに行くぜ!」


「おうよ!」


 その言葉を最後に、ハルミは肩に担いであるデスレイアスを軽々しく横に凪いだ。その軌道にのり、アンデスとドレインはまたもや痛みもなく、光の粒子となって消えていく。


「ふぅ……静かになったなぁ。あいつらも笑顔で消えていってくれて良かったよ。まあまた向こうで会えるしね。さてさて……」


 ハルミは手に持っていたデスレイアスを離すと、先程同様光となって消えていった。


 静かになった、全壊した酒場。


 その入り口があったところをハルミは振り返った。そこには金色の結界に纏われた少女。こっちを不思議な目で眺めていた。

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