第42話 羨望の王族


「ああ、本当にな。だが、お前はなににそんなに怒ってる。真実が隠されてる事は仕方ねえと割り切れてるのに。なにが不満だ?」


「僕は……僕は、気持ち悪いんです。紛争が落ち着いて死者が出なくなったからって、何千年もの間、繰り返してきた戦争なんて最初からひとつもなかったみたいにされてる事が。みんなはいまのままでもいいのかもしれないけど、少なくとも僕にとっては全然平和じゃない。そんな風には思えないんです。なにも解決してなんかないのに、どうしてそのままで平気なのかなぁ? どんな過去だって向き合わなくちゃいけないんです。起きた事は変えられないんだから、せめてそこから学ばなくちゃ……いつかまた、同じ悲劇が繰り返される。それは絶対に防がなきゃ」


 人魚の主張はもはや強迫観念の域に達していました。ヒートアップする一方の彼を落ち着かせるために、癖毛の男は多少強引に話に割り込みます。


「言いたい事はわかるが、お前がそこまで思い詰める必要はないんじゃねえか? お前の話を元に考えてみると、王族のせいなんだろ?」


「そうですね……。でも、だからこそ誰より真剣に考えるべきなんですよ。僕の国の抱える問題について。平和なんて訪れてないんです。国交は正常化してませんから。冷戦中なんです、いまも。すぐ隣の国に住んでる人魚たちと……僕たち王族のせいで」


 最後に付け加えられたひと言で、すべての疑問が氷解した癖毛の男でしたが、そんな事はおくびにも出さずに淡々と言います。


「そうだったのか。なんとなく視座が高い気はしてたが……話に出てきた王族の一人、なんだな」


「僕自身は別にそんな高尚な人魚でもないですし、偶然生まれた家が王家だっただけの事ですけどね。口調だってこんなだし、王族にふさわしい振る舞いもほとんどできてません。……と違って」


「その、さっきから何度か言ってるアイツってのは一体なんだ」


「…………僕の国と敵対してる国の王族の一人です。同い年で……実力も拮抗してるみたいな扱いを受けてきたけど、僕から言わせてもらうとソイツのほうがずっと格上です。本当に、本当に悔しいですけど」


 人魚の男は力を込めて言います。彼は高い実力に反して自己評価を低く見積もりすぎているところがあると、癖毛の男は先ほどから思っていました。周囲の評価のほうを信頼できるものと考えると、おそらく彼とその人魚は好敵手と見て間違いないだろうと素早く計算します。


「国としても個人としても因縁の相手ってわけだ」


「因縁ですか……。そのとおりですね。僕もソイツも、お互いの事をかなり意識してました。さっきもちょっと話しましたけど、大半が自分で自分を守れるようになる前に海の底に招かれるんで、ぴったり同い年の人魚って珍しいんです。同年代まで範囲を広げれば、いない事もないんですけどね。なおさら仲良くできなかったのが悔やまれます」


「……いまからでも遅くないさ。お前たちはまだまだ生きるんだろう?」


 癖毛の男のシンプルな励ましに、人魚の男は微笑みます。


「ふふ、ありがとうございます。できれば僕も親しくなりたいと思ってますよ。いまさらだとは思ってても、諦めてはないんで。でも、僕の愚行を許すか許さないか決めるのは彼です。僕じゃない」


「うまくいくといいな。……それで、そいつはどんな奴だったんだ?」


「どんな……か。難しいですね。でも、やっぱり僕とは全然違う性格だと思います。僕も彼の事はなるべく避けてきたし、だいぶ偏見も混じってると思うんですけど」


 人魚の男は腕を組んで言いましたが、その目は確信に満ちています。癖毛の男はそれを見逃しませんでした。


「そうかもしれないが。そう言うからには、なにかしらの根拠があるんだろう」


「はい。公園が国境を兼ねてるって話したじゃないですか。僕はそこに友達と行く事があって。彼とたまにそこで出会す事があったんですけど、いつも一人で静かに瞑想してて……。実はちょっと憧れてたんです」


「憧れだって? 意外だな」


 癖毛の男は小さく呟きました。彼には、金の鱗を持つ人魚がすべてを持っているように見えていたのです。年頃の乙女がひと目見れば、たちまち恋に落ちてしまいそうな甘美な美しさ。底抜けの明るさ気さくさを以てしても隠し通せぬ思慮深さ。豊富な知識に高貴な身分まで。そういえば、流麗な遊泳も披露してくれました。


 農家に生まれ、奴隷の期間を経て海賊になった自分とは大違いだと癖毛の男は心の中で自嘲しましたが、では、彼は一体、好敵手のなにを羨望しているというのでしょう。


「僕は典型的な人魚というか……人魚って種族は全体的に警戒心が高いけど、その分、身内だと認定した相手にはどこまでも心を許すんです。そして、いつも一緒に行動するようになります」


「友達に対しても、家族や恋人と同じ距離感みたいな感じなのか」


 人魚の口から語られたのは、彼らの意外な生態でした。その感覚が掴めない癖毛の男は、人間同士の距離感に置き換えて理解を試みます。




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