第21話 足


「お疲れ様です。無事、到着ですね。君もありがとう!」


 と言いながら、彼はイルカの背びれに抱き着きました。彼女も嬉しそうにしきりに鳴いています。二人はとても親しい間柄のようでした。


「本当に助かったよ。ありがとう」


 癖毛の男が最後にもう一度イルカを撫でると、彼女は甲高い鳴き声でなにかを伝えようとします。人魚に発したのとはまた違った様子のその声の意味がわからずに寂しがっていると、親切な人魚がそっと耳打ちしてくれました。


「『またいつでも乗せてあげる』だそうです。よかったですね」


「そいつは嬉しいね。そのときはまたよろしくな」


 イルカとも意思の疎通を図れる人魚の男を羨ましく思っていると、いつのまにか彼女は帰ってしまったようでした。癖毛の男が寂しさを振り払って海に背を向けると、クレーンやドライドック等の設備が彼を出迎えます。


「すごいな、この島は……。全体が造船所になってるのか?」

 

「そんな感じです。でも、いまは修理専門なんですよね。造船所って言っていいかわからないなぁ……。小さいけど近くに人の住む島もあって、なかなかいいところですよ」

 

「そういえば、さっき『僕の島』って言ってたけど、お前が所有者なのか? すごいな」


「あぁ、正確には『僕たちの島』だったんですけどね、たぶんそうなります。もう他には誰もいないから。……って、僕の事はいいんですよ。実は、ここに来たのは理由があって……」


「理由?」


「はい。案内するので、ついてきてください!」


「わかった」


 癖毛の男は泳ぐ人魚を見失わないように注視しながらコンクリートの上を進みます。

 

「着きました! ここです。……というより、『これ』ですかね」 

 

 人魚が見上げる先には、一隻の立派なガレオン船がありました。


「あなたたちの乗っていた船は、ええと……沈む直前に見ただけでうろ覚えなんですけど、確かこんな感じでしたね? よかったら、使ってください!」


 癖毛の男は、残虐なキャプテン率いる海賊団の乗っていた船の生き写しのようなその船に近付きますが、彼のよく知った船とは違って、酒の匂いも男たちの体臭も漂ってきませんでした。


「ああ、そっくりだな。デザインも近いし、大きさなんか特にそのまんまだが……こりゃどういう事だ? この船はどこから来た?」


「僕、船を直すのが好きで……。時間があるときにこの島に来て、魔の海域で半壊した船を修理してるんです。あなたたちの船と同じで、どこかに消えちゃうものがほとんどなんですけど、たまに少し離れた場所で発見される事もあるんですよ。間一髪で難を逃れたんでしょうね。大きい船ばっかりでしょ? 小さいのは抜け出すのに必要な馬力が出ないんじゃないかなぁ」


 人魚は他の船のほうを尾ヒレで指します。彼の言うとおり、ドックに入っているのはすべて大人数を搭載できるサイズの船舶でした。


「ああ、そうか。大きくても全部呑み込まれちゃ、助かる見込みはないもんな……」


 癖毛の男は小型船よりもさらに小さい人々を想います。

 

「大体は大破したり全壊しちゃったりして手の施しようもない状態で見つかるんで、解体するしかないんですけどね。だから、生き残った船は全部ちゃんと直してあげたくて……」


「お前は本当に船が好きなんだな」


「それはもちろん! 持ち主もたぶん生きてないでしょうし、直したところでなんにもならないはずなんですけど。最近、ちょうど似た形の船を修理したのを思い出したから、代わりにどうかなって」


 船に対するありあまる愛を熱弁していたかと思えば、次の瞬間には笑顔で癖毛の男に提案してきた人魚。残虐非道な海賊団の一員だった人間も、すっかり彼のペースです。


「どう……と言われても」


「せっかく直しても、乗る人がいなくちゃこの子たちも寂しいと思うんで、乗ってくれたら嬉しいんですけど……。こんなの僕の我儘ですし、やっぱり元の船がいいですよね。どんなに似せても、所詮は偽物です」


 駆け引き上手の人魚は、ここぞとばかりに癖毛の男の情に訴えかけます。これ見よがしに眉を八の字に下げ、涙を拭う仕草も忘れません。とはいっても、彼は純粋に船の乗り手を探しているだけでした。


「いや、そんな事はない。こだわりもないしな、雨風凌げるだけで有難いよ。でも、どこからどう見ても海賊船、だよなあ……」


 鼻の頭を触って迷う素振りを見せる癖毛の男でしたが、人の好いところのある彼は、もうすでに半分以上この船を引き取る気になっていました。


「海賊船だと都合が悪かったですか? すいません、一人で突っ走って…………。なんで僕っていつもこうなんだろ……」


 人魚は項垂れます。今度は演技ではありませんでした。


「気に入らないとかじゃなくてな。船もねえし、おまけに一人になっちまったんで、さっきまで海賊を辞めようかと思ってたんだ。でも……この船、くれるんだろう? だったら、もうちょっと続けてみるよ。お前がせっかく直した船だ、一隻でも多く海に帰したいしさ」


 悩んだ末、癖毛の男は決断を下しました。なにもかも失った彼は、海賊の世界から退場するつもりでしたが、そんな事は命を救ってくれた人魚には関係のない事情です。おまけに、彼は海に消えた船に代わる海賊船まで用意してくれました。

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