第5話 I m not you




# 11 

”結局動じない。”

電話の向こうは少々当惑しているらしい。元々動じない性質だとは聞いていたが、凶圧な男が臨席したぐらいでは怖くないのかもしれない。交渉相手の女が出てきて以来桐とは会えてない。このまま手を切るつもりなのかもしれない。タイミングを逸した感じだった。十分材料は作ったのに。

「力技は」

投資した金が惜しくなったわけでもない。金ならある。逃げられそうなのが気に入らない。「威厳」の問題だった。

”務所に行くようになるのはこっちだ”

寝転がりながらハンズフリーで携帯してる。カーペットの上に置いたトレーにカップが置かれる。電話を止めるように、と言う圧力だろう。

「わかった」

此方も警察沙汰は避けたい。考えがある、と切った。


#12

今日の交渉は二十時半に終わった。いつもは二十一時過ぎまで交渉するが、今日は双方とも疲れが出てどちらともなく終りにした。交渉相手の女性が冷えたコーヒーを一口すすってテーブルに置く。帰りましょうか、と立ち上がっても同席の男は立たなかった。

「ちょっと別の話があるから」

そう、と言って女は伝票を以てレジへ向かった。

「ファミレスでは話しずらい話、したいんだが」

筋肉質で威圧的な雰囲気の男がこっちをじっと見ている。付いて行くと危険そう。

「非合法はちょっと」

どうせ何処かに誘い込んで、暴力で話を片付けようと言う事だろう。

「会って欲しい男がいる」

「それは」

桐の男、とうとうお出ましなのだろうか。

男は霧子も見ずに席を立った。



#13

「何してるんですか」

「焼却の練習」

「よく燃えますね」

「悪い因縁でもあるんだろう」

透明な灰皿の中で赤い炎が書類を食すように燃えていた。

炎の照り返す名絃の顔は怖いマスクのようだった。

  

#14

連れて行かれたのは男の居るマンションだった。

表札にある名前は女の名前で、3LDKのマンションに居たのは桐の男一人だった。チャイムを押した筋肉質の男は一歩下がって背後に着く。マンションのドアが開き圧される形で玄関の中に入った。直ぐに後ろで扉が閉まる。とても不味いシュチュエーショんだった。

「ああ、桐のお姉さん、ですね」

玄関で出迎えたのは三十前ぐらいの痩身の男で、ぱっと見、邪気の無さそうな背の高い奴だった。

「初めまして」

実際に会ったのはこれが初めてだった。

「どうぞ」

そう言って桐の男が先導した。復、圧される形で先導に従った。



# 15

マンションの前。黒い車が一台停車していた。

”身代わりが届いたようで”

「同じ値段で宜しく」

桐の代わりに引き抜いた女。此れから売り飛ばす予定だった。

算段は既についていた。



# 16

「あんた何でそんな事――」

名絃の話を聞いていた筋肉質の男は、台詞に無い感想を漏らした。

有罪を前提に話を続ける。

「スケジュール教えて貰えませんか。人身売買の」

「そんなことしていない」

「失踪してますよ?」

「無関係だ」

強硬に否定するのはこれも台詞ではないだろう。脱法と決まり言でもっていたはずの男のテリトリーは想定範囲外の事態=知られている、で崩れ始めていた。

「自首しませんか?」



# 17

「探偵に依頼したって?」

どうやって知ったのか。情報の早い奴。逆らうと恨む奴だから一応言って置く。

「私にどうしろと」

場合によって従わなければならない。嫌な話だが捜索を諦めろとか。

右隣の答えを待つ。

「そのうち会えるよ」

霧子の居所を探している、っと思っているらしい。確かに霧子の居所は探しているが。

「有能らしいわよ」

本当に探偵にしてもらいたかったのは噂通り――

Zriiiiiii.

着信音が鳴った。

夜中の二時過ぎて。

霧子からだった。

「霧子?」

”――”

「今何処?」

”――”

ほら会えた、と隣に笑われる。

霧子の様子は、無言でも想像がついた。

「霧子を捕まえた?」

隣は起き上がってキッチンへと逃げる。

「――」

”――。――。――。”

電話は切れてしまった。


「何処へ、売り飛ばしたの?」

「見知らぬ何処か。未だ国内に居るよ。代わる?」

やるときにはやってしまう。

どう言う訳だかその力もある。

「放って置きなよ。あんたは彼女じゃない」

「あんたじゃないのよ」


服を着て、長雨の街へ駆け出した。

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