第2話 依頼人

# 1

フェリーの駐車場。その地下。船底の倉庫に彼女は居た。全部で十二人程の戸籍喪失者の中に。皆一瞥して後誰も此方に関心を示さなかった。

背後に人の気配。

「後にしてくれ」


# 2

炎と共に燃え盛る鉄筋コンクリート三階建ての一室。

焼け出された加害者と被害者が隣で呆然と立っている。

消防が夕日の赤よりも赤い警告灯を回転させて消火作業を行っていた。

被害者は女性。顔を覗き込み様子を窺う。

火災を見ていた女性の目が名絃の目と合う。

「救出に来ました、諭明名絃です」

被害者は恐る恐る頷く。

加害者の男は黙り混んでいた。

「先ほど述べました、借金減額の契約と、残額20万の32回分割払いの契約書です。此処にサインを」



# 3

冷たい空気を感じた。

立ち上がってドアまで行くと桐が玄関で靴を脱いでいた。

「早いね」

抑揚を付けずに言う。時刻は午後十一時。

「嫌味か」

下駄箱に靴を入れてスリッパを穿く桐。サッサとDKへむかってしまう。

「一人の方が気楽だし」

後について歩く霧子。

席に着き、食料の姿を探す桐。

「ご飯はある?」

「食べてないの?」

「……いいや。土産を食べる」

桐は右手に下げていたたこ焼きをテーブルに置いた。

「足りそうもないわね」

霧子はキッチンに向かった。

つい、余計な、おせっかいを口にする。

「例の男とは切れたわけ?」

桐は冷蔵庫からブランデーを取り出してグラスに注いでいた。冷えたブランデーがいいのだそうだ。

「最初からつながって無い。有るのは精算な関係だけ」

桐は自嘲気味にテーブルにつっぷした。

「寝た方がいい。」

未だ口をつけていないグラスを取り上げる。

「霧子は酒の趣味がいいね」

「貸す金ならない」

何手分かの会話を封じられて唖然とする桐。

「奴がさ、此処までの経費二十億を支払えって」

「そんな馬鹿な話」

清算にお金を要求はよくある話だが、額が普通じゃない。

「薬。薬の値段。」

――まずい話になった。一介の、素人の、堅気の、OLにはどうにもならない。――

「分かった。お金は出ないけど考えておくから。」

「――」

桐は奪われたグラスを取り返すとブランデーを一気飲みした。



# 4

二十一世紀、第二四半世紀の冒頭。この国は他国に破れ、占領された。

隣国及遠国の王に朝貢するようになったこの国の治安は悪化する一方だった。

殺盗淫妄等の犯罪は日常化し、大規模な反乱、小規模なレジスタンス、それらを鎮圧する軍との戦闘等が頻発。UNがPOO(ピースオーサリングオペレーション)で介入しても収まら無い状態だった。

国家の荒廃と共に、経済も抜けられない不況に陥り、インフレで物価も高騰した。


乗合バスから見えるこの国の街並み。

今日も遠くで煙が上がっている。

焚書で書籍を燃やしているのはこの国の学校で、占領用公用語教育のテキストを焚書しているというのが最近のトピックだった。

警戒用のヘリが昇る煙の上空で待機していた。

その内陸軍か創設された治安警察が突入するだろう。

曇天の窓の外を見るのを止めて、車内に目を移す。

平日、午後一あたりに移動している客は三、四人だった。労働に駆り出されている人々、或いは家で繁殖している人々の何れかが大半のご時勢だからバスの乗客は少なかった。

ぼんやりとバスのフロントを見ていたら、水滴が付き出して居た。

目的地のバス停がアナウンスされる。

ボタンを押して降車の意思を表示した。


傘を開く。

少し間を開けて後ろで扉が閉まる。排気音と共に乗り合いバスが遠ざかっていく。

警察中央指揮所はバス停の目の前にあった。

依頼は此処ですると聞いてきた。



雨は本降りになりそうだった。

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