第4話 獣人にも個性があると知った朝

 

「ふぎぐぐぎぐぐぎぎゃああああ!」

「がうぎぃう……ぐぅぅぅぅ……!」

「いぎゃいいぎゃい」


 ドローンに腹部を圧迫された獣人たちは、濁った叫びの大合唱をあげた。

 賑やかな幼稚園のようだ。手足を振り回して暴れまわるが、ドローンの殻には薄く白い線がつくだけで、中身まで傷つかない。

 力を緩めさせると声が収まり、どの獣人も牙をむきだしておれをにらんだ。


「おまえ! ごろず! ぐっでやる!」


 嫌われて嬉しい経験は今までないが、これで無気力状態を脱するのなら甘んじて受け入れよう。


「あじもいで! うでもいで! おながぐっでごろじでやる!」


 一番大きな獣人は具体的かつ残虐なおれの解体方法を教えてくれる。どういう教育を受けているんだ。

 野生で遊ぶ相手は同族か獲物しかいないのだから、獲物を嬲り殺す言葉くらいは知っているのだろう。


 もう一度ドローンに命令すると、再びの合唱。そんなに充血した目でおれを睨むな。悲しくなってしまう。

 

 しばらく絞めると獣人は抵抗しなくなった。胸を圧迫したため呼吸ができなくなり、どれも気絶してしまった。

 もういいと言うと、緑色の硝子玉のような目をしたドローンが抱擁をゆるめた。

 

 だらりと力の抜けた3匹を、長い腕が抱え込んでいるすがたは、獲物を捕らえた昆虫の姿に似ている。

 おれが殺せと命令すれば即座にスプラッターな光景が出現するが、一瞬の想像を振り払った。

 今のうちに掃除をしよう。


  ###


 掃除が終わるまで半日もかかった。大量の荷物もあったが、獣人が目覚めて騒ぐたびにパラライザーで撃ったのでたびたび中断された。


「じね! じね! じ──ぎゃめろ! いやだやだや──」


 信号が命中すると糸が切れたように静まる。

 獣人たちは強制的な失神が恐ろしいらしく、何度も撃っていると、そのうち銃口を向けただけで、顔を背けておびえ始めた。


「やだぁ……いやだぁ……きゅうんきゅうん」


 意識しているのかわからないが、おびえた声が漏れている。不安を感じているのだろう。子犬のようで可愛い。


 銃が不本意な麻痺を強いていると理解している。

 これで大人しくすれば撃たれないと覚えてくれればいいのだが、おれが言葉で伝えても、限界まで顔を背けたり、目と牙を限界までむき出しにして威嚇したり、頭を突き出して噛みつこうとしたり聞く気がない。


 言葉は通じるはずだが、1ミリも伝わらなかった。

 仕方ないのでまた失神させようと銃を構えると、とたんに静かになる。

 武器を持ったおれは恐れられるが、手ぶらだと威嚇される。

 不思議だ。


 武器は怖いが、それを使うおれは怖くないと獣人たちは考えている。 

 試しにキャスターを動かしてそのうえに銃を置き、中央にいる獣人に銃口を向けておれはその場を離れると、中央の獣人は怯えたままだった。


 ほかの2匹は連中はおれを目で追ってうなり声をあげている。

 銃口を向けている、腰のホルスターにしまっている、別の場所に置く。これだと銃口を向けているときだけ大人しくなる。

 友人の言う殺意のオーラを向こうも感じているのだろうか。なかなか面白い。


 最後に残ったオレンジ色のプラ製容器を動かして整理は終わった。これはドローン精製用の3Dプリンタ用の素材パウダーが入っていて、むやみに重かった。

 倉庫がすっきりとして、獣人たちを飼うスペースができた。


 20平方メートルの空間は強化コンクリート製。天井にあるLED電灯が明るく輝いている。ここならば十分な広さがあるし人目も遮られている。

 もう獣人を入れてもいいだろう。

 ドローンに指示を出すと、人形のように並べて捕まえている獣人の身体を、細長い外骨格の腕が部屋の奥におろした。


 倉庫は広いが、3匹もいるので利便性を高めたい。

 倉庫内を区切る壁を新しく作ってもいいが──鉄格子が最適だろう。また粉を使ってしまう。カネのかかる遊びだ。


 檻になる格子を生成しているあいだに、動物の飼育に必要な品物を調べた。

 飼育に絶対に必要な品物は3つ、餌と家と排泄場所らしい。それさえあれば飼育環境は整い、快適に過ごせるのだとか。

 ニンゲンならば刑務所よりもひどい環境だが、獣にはそれで満足らしい。


 家は檻のなかでいいだろう。

 排泄場所は倉庫にマットを敷いた場所を作る。処分はドローンにさせればいい。

 餌だけは家にある施設でまかなえないのでペットフードを注文した。犬用だと書いているがたぶん問題ない。


 あとは躾け用の鞭や電気棒が必要になるかもしれないが、それはこの先、連中が一週間生き残ってから考えよう。 

 環境が急変した獣人は突然死するかもしれないので、無駄な買い物はしたくない。家にはペンチやドリルといった工具がある。それでも躾はできるはずだ。

 あまり凄惨な行為はしたくないが……。


 ひとまず今夜はこの辺りでいいだろう。おれは倉庫に鍵をかけて、家に戻った。

 

 翌朝。

 生成された硬質骨檻を、ナナフシのようなドローンが背負って倉庫の前で待っていた。正確には檻に分解できるナナフシだ。自動で移動してくれる生体部品は手間がかからず便利である。


 襲ってきた獣人を眠らせ、倉庫で溝と溝を組み合わせた。

 現状は床と天井をねじ止めしただけのパーテーションで、強烈な体当たりを受けるとずれてしまうかもしれない。

 万が一に備えて金属製の防虫ネットをかけた。これは通電すると小さな虫は即死し、大きな動物は痛みで嫌がる。

 獣人でも棒で殴られた程度の痛みを受けるだろう。


 さて、隅に寄せた獣人の足を引っ張り、檻に詰め込もうとしたとき、連中の毛から乾いた泥がくずれて床に落ちた。

 防刃手袋越しに触れてみると、毛の隙間から黄土色の泥の塊がぽろぽろと崩れる。


 ディスプレイに臭気を示すバーが伸びた。さすが獣人だ。衛生状態には気を使わない。泥で防虫でもしているのか?

 せっかくだから檻に入れる前にきれいにしてやろう。


 獣人を倉庫前に移動する。部品がとれて骨に近くなったナナフシに獣人を捕まえさせた。

 おれは消火栓を開けてそこにホースを取り付けた。仲良く眠っている獣人を狙う。


「うぎゃああ!」


 怒涛の水流が獣人に当たった。刺激で目覚めた獣人が身をよじる。

 消火栓の水圧は思った通り強い。獣人たちは暴れ、叫ぶ。あまりにうるさいので顔をねらった。ほら、静かにしろ。


「やめがぼぼぐぼぼごぼぼぼ……」

 

 一番大きな獣人が窒息気味に黙ると、左右にいる二匹は自発的に静かになった。

 汚れた水が流れ落ち、泥が身体からはがれてゆく。

 なんと……。

 こいつらは全員同じ色だと思っていたが、汚れがはがれると今まで隠れていた毛並みがはっきりと分かった。


 一番大きい個体は灰色、中くらいは黒、小さいのは茶色だった。泥でコーティングされて色が隠れていたのだ。

 乾燥させれば違いがもっと判るのかもしれない。

 濡れたモップのようになった3匹をタバコの乾燥室に入れる。

 

 メモリを200度から40度あたりに下げる。この程度なら耐えられるだろう。

 扉にあるのぞき窓の向こうは、夕暮れ色になった乾燥室で獣人たちが光に炙られてゆく。


 30分もすると獣人たちは乾いてふわりとした。

 扉をあけても動かないので、これならば安全だろうと中に入って灰色の脚毛に触れてみる。


 おおっ


 思わず感嘆の声を出してしまった。


 灰色の毛はふわふわと空気を含んで柔らかな質感だった。わずかにはじき返す弾力もいい。癖になる手触りだ。ピンと尖った耳の弾力もいい。毛布のようなやつだ。

 他のもこのような感じなのだろうか。

 やや興奮しながら別の獣人にも触れてみる。


 黒は一本一本の毛が硬くて太い。外套に使われるような剛健さを感じる。毛皮製品に使われそうな硬さだ。

 腹の部分から背中にかけて白い毛が混ざっている。

 前足を持ち上げてみると、ピンク色のマニキュアを塗ったような鋭い爪が見えた。木の皮程度ならばむしれそうな鋭さだった。


 茶色は全体的に柔らかい。どこに触れても指が沈む。泥の防御がない茶色は脆弱で、野生のなかでは最も早く死ぬ個体に思えてしまった。しかしこの柔らかさは癖になった。

 

 なるほど狩った獣人をトロフィーにして、皮を剥いだり、頭を飾ったりする人がいるわけだ。

 部屋の装飾品としてふさわしい。こいつらを上手に狩れたら、おれも市長のようにはく製にして飾ってみようか。それとも皮を剥いで壁にかけてみるか。

 悪趣味なきらいもあるが、それくらいでないと飾りと言えない。思い出の品になるだろう。


 おれが沈み込む毛皮に触れていると、茶色が目覚めてぱくぱくと口を開け閉めした。はぁはぁと息を漏らし、乾いたベロを出していた。かすれた声で「みず」と聞こえた。

 きゅんきゅんとか細い声で鳴いている。乾きすぎだな。

 死なれては困るので、獣人たちを倉庫に戻し、水の張ったトレイを用意した。


 トレイを床に置くと、獣人たちは鼻をひくつかせ、ふらふらとおきあがった。やがて猛然と飛び掛かった。かぎ爪でひっくり返し、床に広くぶちまけられた。

 獣人たちは水たまりに群がって顔を横につけて舌でなめとる。


「うがうふがう、みずっ、みずっ!」

「おいじい」

「わうっわうっわうっ」


 体型が人間に近いので、発展途上国のスラムで廃棄食品に群がる光景を思い出す。あの奪い合いの映像は迫力があった。

 べちゃべちゃと舐める粘液質な音が防刃服越しに聞こえた。あっという間に数リットルの水が消えた。

 水分が復活した獣人たちは途端に元気になった。


「ごろず! うがああごろす! ぐっでやる! ぐっでうごオォ!」

 

 灰色が殺意の叫びをあげながら襲ってきたので、部屋から出た。

 扉の向こうから体当たりの音が聞こえる。抗議デモで使われるドラムのようにガツンガツンと深い音をたてる。しばらくすると突破できないと理解したのか、反対側にある網をかぶせた檻に向かってぶつかる音が聞こえた。


「じねェ!」

「ぐぅぅがぁぁぁ!」


 賑やかで楽しいがおれは檻の通電スイッチを入れた。


「が……ッ!」


 短い叫びが聞こえて静かになった。

 ドアを開けて見て見ると、灰色が檻にしなだれかかる姿勢で倒れていた。

 黒と茶色が怯えて倉庫の隅で震えていた。

 灰色は時間が停止したように網に触れたまま動かない。

 表情も変わらない。

 どこかぼんやりと口を半開きにして目の焦点もあっていない。涎が垂れた。

 このまま触れづつければ内部から焦げてそのうち炎上するだろう。


 スイッチを切ると枯れ木が倒れるように床に転がった。バン、ゴン、ガン、と足から順番にはでな音を立てて崩れ落ちる。

 床に織物でも敷いてやらないと怪我をしてしまう。


「きゅんきゅぅん」


 茶色が心配して灰色のからだをゆすっている。仲間思いのやつだ。

 黒は警戒心もあらわに部屋の隅から動かない。灰色を倒した何かを探して、鼻を鳴らしている。


 やりすぎだな。

 獣人たちを何度も痛い目に合わせてしまって気の毒になってきた。今日はこのくらいにしてゆっくり休ませてやろう。

 おれはこいつらを虐待したいのではなく、りっぱな獲物に育ってほしいのだ。


 パラライザーでマヒさせ、檻に獣人をしまう。

 押入れから使っていない毛布を持ってきて、床に敷いた。これで当面は良いだろう。

 檻に触れたら一瞬だけ電気が流れる設定にして倉庫を離れた。

 



 翌日、目が覚めたおれは居間で倉庫の映像をつけた。

 動画バーで動きがある部分を確認すると、数時間前に目覚めた獣人たちは、檻に何度か触れて電気をあび、壁に引き返す行動を繰り返していた。


 そのうち檻に触れると痛い目を見ると学習したのか、壁際に毛布を寄せて再び寝始めた。3匹で固まって丸くなっている。しっぽの先まで身体に沿わせて縮こまり3つの毛玉が転がっているようだ。


 1時間前の動きがある場所に映像を送る。

 ふたたび目覚めた獣人たちは、網に触れるか触れないかのぎりぎりを歩き回っていた。網に恐る恐る触れ、衝撃を感じ、壁に引き返した。

 網を警戒してずっと眺めている。


 ニンゲンならば退屈する場面だが、動物の遺伝子が強いと無限に眠って暇をつぶせるのだろう。

 便利な身体をしている。

 そろそろ餌をやろう。


 全身に防刃スーツを着込んだおれは、トレイに乾燥ペレットを山ともって倉庫に向かった。ドアを開けた瞬間、檻の向こうにいる毛玉どもががうがうと吠え始めた。


 餌のトレイを床に置いて、檻を開ける。

 電気の流れていない安全な道が檻の外に続いているが、獣人たちは警戒してコンクリの壁に張り付いたままだ。一番身体のおおきい灰色が低いうなり声をあげ、その後ろで2匹が隠れていた。

 どうした? たべないのか? いくら待っても檻から出てこない。脚でトレイを押してやる。


「ぐううう!」


 おれの腰に視線をやっている。なるほどパラライザーを向けているので、空腹を我慢してでも危険を冒したくないと思っているのだ。

 仕方ない。餌を置いて別室で監視しよう。

 回収、清掃用のドローンを残して、居間に戻った。


 投影された映像のなかで獣人たちはなにやら身を寄せ合って、もそもそと話し合っている。

 濁り過ぎて聞き取れない。失われた方言のようだ。

 そのうち灰色がひとりで檻から出た。餌をもって檻の中に引っ込むのだろうか?


 灰色は逆向きの関節をした脚でぺたぺたと歩き、静かにトレイの周囲を回る。

 鼻をすんすんと慣らし、徐々に円が縮まっていった。

 止まった。前足を床につけ、鼻先を乾燥ペレットに突っ込んだ。食うのか? おれの餌を食うのか?


 なぜかインモラルな映像を見ているようで興奮する。

 瞬間、灰色が飛び上がった。空中で回転しながら回収ドローンに飛び掛かり、両手でかきむしった。ドローンの柔らかい身体が切り裂かれ体液が漏れた。シンプルな単眼と触腕がはずれる。次の噛み付きで生存信号が途絶えた。


 灰色は触腕の破片をくわえて振り回し、他の獣人は興奮した声をあげた。

 残りの二匹も檻から出て、破片をさらにばらばらにし始めた。回収ドローンの貧弱な内臓が引っ張り合った牙のあいだで千切れた。

 灰色はカメラの存在を理解しているのか、わざとレンズの近くにドローンの破片を投げつけてきた。


「がっだ! がっだ! がっだ!」


 狩った、と言いたいのか?


「おれ、がった! おれ、がっだ! にんげん、がっだぁ!」


 「人間」に「勝った」と言いたいのか。ふーん、畜生の分際で言うじゃないか。

 なかなかいい反抗心をしている。


 ドローンで遊び終わった獣人たちは、ペレットの乗ったトレイをひっくり返した。散らばった餌を踏みつぶしていたが、茶色が口に入れて可食だと気づいた。


 勝った勝ったと3匹で言い合って、餌を食べ散らかし、檻の外の床でじゃれあいはじめた。


 灰色が仰向けに寝そべり、左右から黒と茶色がマッサージ的な動きで筋肉を揉んでいる。そのうち身体をこすりつけ始めた。首筋に噛みついた黒の頭を抱きかかえて、ひゃんひゃんと高い鳴き声をあげている。 

 押し倒しあって上下が入れ替わり、お互いを噛みあう。


 灰色と黒がメインでじゃれあいはじめると、茶色は少し離れて座ってみていた。

 おそらく序列が最下位なのだ。

 そのうち黒が股を太ももに擦り付け始めたので、おれは頭を振った。


 動物的なスキンシップにしては、体形が人間に近いのでなまめかしく感じる。なにより全員メスなので性的な興奮の混ざった声と、荒い吐息をあからさまに響かせているのは、社会通念上はよくない行為だ。

 即刻辞めさせないといけない。


 ──いけないのだが見るのもやめられない。


 獣人が欲望をむさぼっている姿があさましくもあり、それゆえの純粋さがあると思ってしまった。

 社会で押し殺されている不道徳をあからさまに見せつけている。

 そんな知識すらないのだ。


 悪徳であるとすら思っていないだろう。獣人には人間社会の善悪など理解できない。

 許せない気持ちが湧いてくる。おれが社会常識を教えてやらないといけない。

 そう、これは子供の悪行をとがめる父性に似た感情だ。


 おれは笑っていた。

 この元気いっぱいな獣人たちを、おれの姿を見ただけでおびえるまで躾ければきっと楽しい。

 人間に近づけてやれば自分たちの愚かさが理解できるかもしれない。

 そして服従を教え込めばドローンのように便利になる。

 ……いや、狩りの獲物にするのだから萎縮して逃げ出さなくなると困る。ほどほどの嫌われる程度でいいか。

 おれはパラライザーを手に持って居間を出た。



 一週間が経った。

 何をしても獣人たちは敵意しか見せなかったが、そのうちおれは、その敵意が維持される理由に気づいた。

 獣人たちは画一的な反応をする。

 餌を食べるとき、ドローンに攻撃するとき、おれへの敵意──日々の時間が過ぎていっても、反応は全く同じだ。


 まったく同じなのだ。

 餌をひっくり返して、水をぶちまけ、ドローンに攻撃し、おれに対して罵詈雑言を浴びせる。

 餌の種類をペレットからカロリー生肉に変えても、獣が喜ぶ歯ごたえのある骨肉に変えても、最終的な反応は変わらない。

 おれは不思議に思って今に戻った後も、録画した映像で確認した。


 それぞれの反応を確かめる。

 骨付きの生肉が一番わかりやすかった。茶色は顔を輝かせ、黒は口角をあげる。灰色は一瞬我を忘れて肉に釘付けになったが、すぐに我を取り戻してうなり声をあげた。

 その声で、黒と茶色も威嚇を始めた。

  

 それぞれの反応は違うが、結果は統一されている。

 思考をクリアにするため、おれはシーシャを深く吹かした。

 麻酔が効いて思考が一点に集中され、想像力が羽ばたく。余計な部分を掃き清められた思考の広がりは、灰色の考えに同調、共感して自分のことのようにトレースできた。


 獣人の根底に渦巻いているのは両親を殺された怒りだ。これが重油のごとく精神を黒く染めて、怒りの燃料となっている。

 愚かだが守ってくれていた両親。五体満足で暮らせた幸せ。平穏な暮らし。

 そう、住処を追われて倉庫に隔離されたのだ。行動を制限され、自由を奪われた苦しみもある。

 奪ったのは誰か。おれだ。

 これらが獣人を動かしている憎しみの総量だ。


 そして灰色はほかの獣人たちにそれを波及する役割を持っている。

 映像を動かす。

 自由にさせている時間には、灰色を中心とした会話がなされ、においの交換が行われ、それが済むとどの獣人も意志力をみなぎらせている。

 あらゆる動作の起点に灰色がいる。

 あらゆる判断を灰色が決め、先導している。

 灰色が3匹の判断に影響を与え、行動方針を決めているのだ。


 想像の世界から戻ってきたおれは、深く呼吸した。

 まったくかわいいやつだ。

 破壊してやろう。

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