二度目の生は異世界で魔法理論ミステリーを

雪子

こちら、プリムス王国プリンケプス支部アルカナム興信所!

第1話 コレ、願いが叶ったってポジティブに考えるべきですか!

 ──もし、生まれ変われるのならば、空を自由に飛びたい。


 これが消毒液の臭いで充満された白いベッドの上で、俺こと東雲しののめ青緒せおが最後に願ったことだ。

 ありきたりだが、空を飛ぶのはやはりかっこいいことであり、ロマンである。


 最後にいい夢を見ながら、息絶える。


 平々凡々と暮らしてきた俺だが、四十一歳という比較的若死になのは、ガンには勝てなかったよってことだ。

 病院に運ばれたときにはもう末期だったものな。

 終末期医療を施す病院の一室で、心穏やかに死ねたのは、運がいい方なのかもしれない。


 両親兄弟はいるが、妻や子はいないこともあって、心残りが少ないのも、いい。


 お気に入りの推理小説を手に、事態を聞きつけ、間に合った親族に見守られながら、永遠の眠りにつく。


 悪くない人生だった。


 そりゃ、不満の一つや二つあるけど、納得できる範囲だし。闘病生活が終わり、新たな船出に立つのだと思うと、不謹慎かもしれないがワクワクする。


 妙なところでポジティブだなって思うよ。

 だけど、ネガティブになる必要性を感じない。


 死は誰にでも訪れるものなのだからと、受け入れてしまったほうが、あきらめがつくし、楽になれる。

 どうしようもない運命に身を委ねても、自分らしく生きていく。

 そんな精神的な強かさを手に入れたのだ。俺の苦悩や困難は全くの無駄じゃなかったってことさ。

 だから、甥っ子姪っ子、そんな目を赤くしなくてもいいよ。

 俺の秘蔵ミステリーコレクション、その良さがわかるような歳になるまで、俺のところに来るなよ。


「ありがとう……」


 月並みな最期の言葉を残し、俺は自分の心臓の音が聞こえなくなったのを感じながら、意識を失った。

 






 ──あの願いがこのような形で叶うとは、俺は思わなかったけどな。


 バッサバッサバッサ。


 俺は黒い翼をはばたかせて、ヨーロッパ風のレンガ造りの家が立ち並ぶ街の中を飛行する。

 あの後病死したであろう俺は、生まれ変わって、カラスに転生した。


 しかも、ただのカラスではない。妖怪というか、魔物(モンスター)というか、とにかく不思議生物だ。


 おかげで話せるし、前世の日本人東雲青緒の記憶も保持しているし、カラスにとって標準能力の飛翔以外にも不思議な力が備わっている。



 

 俺は異世界転生したのだ。



 この世界の名は『ファーベル』。


 剣と魔法の社会らしいが、想像していたものよりも、かなり平和な世界だ。文化レベルのイメージとしては十八、十九世紀のヨーロッパといったところか。科学という概念はないが、その代わりに魔法が発達しているので、多少不自由があるが、悪くない。


 まぁ、危機とかこの世界特有の薄暗い社会の闇を、俺が知らないだけで、それなりの地域ではそれなりに荒れているかもしれないから、運よく平凡な毎日を送っているっていうのが、もっとも正解に近いのかもしれねぇけど。


 自分の周辺環境を把握するだけでも、大変だからな。


 他所のことは他所のこと。


 政治家でも学者でもない俺にとっちゃあ、二の次だ。


 街中で暮らしているのは、俺の契約主というか、パートナーのリィノがこの古き良きファンタジーの王道色が強い『プリムス王国』の首都『プリンケプス』の一等地にある、五階建てビルの一室に住んでいるから。




 今の俺たちは『アルカナム興信所』の調査員として日々活動している。興信所という名称から、調査を行うところまではわかるだろう。


 ただ、ここは異世界だ。


 世界が違うので、個人や企業を調査するのが主軸ではない。


 神々の手によって作り出された神秘の道具『アルカナム』をあるべき場所へ導くことが、主な仕事内容だ。


 アルカナムは 異世界ファンタジーらしく、形態も能力も千差万別のすごい道具ってことで、納得して欲しい。発動条件や代償が軽いものから重いものまであるし、所有者を選ぶ習性もあって、使用には取り扱い注意の難物件。


 だけど、必ずなければならないもの。


 神によって作り出されたのは伊達ではないのだ。

 安易に捨てるなどないがしろにすると、罰はもちろんのこと、今後降りかかってくる厄災によって滅ぼされることもある。

 厄災を退けるための必須アイテム。

 滅亡の運命を変えるためのお情け。

 アルカナムを手にするモノとその周辺には、もれなく神の試練もついてくる。


 間違っても神々の前で、自作自演とか、マッチポンプじゃねぇか、なんて言ってはいけない。


 この世は慈愛に満ちているのですよ、はい。


 じゃないと、俺たち、アルカナムのための調査員のお仕事が成り立たない。

 話さない、動けないアルカナムの代わりに働く俺ら。

 譲渡はもちろん、保管や修繕、場合によっては奪取や封印を施すこともある。


 人の道理で動くわけじゃないから、他者の恨みを買うことも多いのよ。


 でも、やりがいがあるから。


 どうしようもない力に流され続けている俺だからこそ、やっと足がつけた、この場の平穏な日常を守りたいわけ。

 それ以上の理由は今のところない。

 こんなとんでもないファンタジーな世界に生まれ変わって五年目。いろいろ情報がありすぎて、俺ごときの頭じゃ、ケツに卵の殻をくっつけているのと変わらねぇから。


 目の前のことにしか見えない。


 大志とか人生の目標については、もう少し考えさせてくれや。

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