5話 全ての黒に燈を

偽熱ぎねつ!……偽熱!……」

 ほかの【ウミック】をけつつつづけて、一体ずつ地道じみちつぶしていかなくてはいけない。

 脂水やにみず鉄道てつどう中型ちゅうがた一体。いままでで、大型おおがた六体。


 うみなか巨大きょだいなクラゲがプカプカただよ映像えいぞう壮大そうだいうつくしい、そうだ。

 でも、みなみ硝海道しょうかいどう空域くういき出現しゅつげんする大型【ウミック】は、白色はくしょくはん透明とうめいの巨大なクラゲにそっくり。

ちがうところはおおきさと、雷撃らいげきあつかえることと、海ではなくそらを漂えること。

 大きさなんて、ながくてふと触肢しょくしふくめると、全長ぜんちょう200Mメートルから400Mメートル


 跳んでいるうちに、東西とうざい南北なんぼくがわからなくなる。

 えていたはずの太陽たいようはまだしずんでいないはずなのに、くらい。

 きりではい。

 大型【ウミック】にかこまれた。

 ニュルニュルと触肢がわたしの手足てあしせまってる。


【ヒュイヒュイヒュイーン】


 青色せいしょく透明だった【ウミック】が西日にしびらされて、ひかりさらされていたのに。もとのあおさをもどし、いまとなってはやみ透過とうかして、群青ぐんじょういろにも見える。

日没にちぼつぎていた。

 冬至とうじもっと日照にっしょう時間じかんみじくなって、そして春分しゅんぶんけてその時間が長くなっていく。

 もう、飾見坂かざりみざかへの帰還きかん開始かいし時刻じこく午後ごご5時30分だ。

 大量たいりょうの大型【ウミック】をれて凱旋がいせん

 そんなことはゆるされない。

「こちら、アリス。こえますか!」

 通信つうしん装置そうちkokoniココニ」にびかけても、こうからははなごえすら聞こえない。

 <ジーッ……チュプンチュプン……ザザザザーッ……ビビッビービー……ジーッ>

 おかしな雑音ざつおんしか聞こえなくなった「kokoni」をOFFオフにするひまも無い。

 日本にほんだけじゃない、世界せかいからのぞかれている感覚かんかく

 一年半の実戦じっせんブランクは大きいのかな。

 どうにも、潰せない。

 時間がりない。

 午前ごぜん11時30分からはじまった「なみだかべ」の応急おうきゅう処置しょちわったのだろうか。

 通信手段しゅだんが無い以上いじょう低空ていくうんでるしか無い……けれど、面倒めんどうだ。灯台とうだいから見よう。


 魔具まぐかまえて、いきいこみ、言霊ことだますべてをこめる。


すべてのくろともし

 暗黒球あんこくきゅう


 一瞬いっしゅんにして、わたしの魔具を中心ちゅうしん周囲しゅういが黒い熱にのまれていく。



 黒い球体きゅうたいに大型【ウミック】とともにのまれたあと、すぐに暗黒球あんこくきゅう外向そとむきにはじけた。

 周囲には、今まで見えていなかった【ウミック】のかくしのまま漂流ひょうりゅうしている。

 わたしはとりあえず、作業服さぎょうふくのポケットに収納しゅうのうされていた【ウミック】回収かいしゅうに、のこされた残骸ざんがいの核をれていく。

 第十一霧香きりか灯台の回収ステーションにしこんでから、「涙の壁」を見ると、すでに作業していた人間にんげん姿すがたは無い。壁のズレもふさがっているし、かえっても大丈夫だいじょうぶだろう。


 それにしても、灯台はかぎがかかってて、内部ないぶには入れない。利用りよう出来たのはだれでも利用可能かのうなトイレと回収ステーションだけ。

「kokoni」も通信回復かいふくしない。

 飾戸かざりど方面ほうめんへ跳ぶまえに、脂水の上空で出会ったにしきちゃんのりょうってみることにしよう。



 きゅう国際こくさい空港くうこうがあったスペースは日本空軍くうぐん十歳ととせ基地きち拡大かくだいともなって、滑走路かっそうろ以外いがい面影おもかげが残っていない。

 基地きち通用門つうようもん警備けいびめられるし、また一年半前の尋問じんもんみたいに帰らせてもらえなくなるのはいやだった。だから、錦ちゃんをたよろう。

 めずらしい苗字みょうじ五重虹ごじゅうにじ 錦ちゃん。

 わたしがおひるまで「kokoni」でお話していた五重虹さんとおなじ苗字だもんね。


 錦ちゃんの寮は、空軍基地とはほんのすこはなれた場所ばしょ。より脂水市りの大きな建物たてものが見えて来た。

 三重さんじゅう玄関扉げんかんとびらけてなかに入ると、小学校しょうがっこうのような下足箱げそくばこならんでいて、そのすみ管理かんり詰所つめしょがあった。

十歳ととせ湿々じじ寮、大きいな……」


 管理詰所の受付うけつけ窓口まどぐち前でこえかけをする。

「ごめんください。

 飾戸ノ大蕗おおぶき寮のアリスです。こちらに在籍ざいせきしている小五の五重虹 錦ちゃん、いらっしゃいますか?」

 バンクカウンセラーが二人待機たいきしていた。

 詰所のおくには大きな広間ひろまがあるらしく、そちらのほうから談話室だんわしつのような雰囲気ふんいきれている。

「湿々寮にようこそ。バンクカウンセラーの霧川きりかわです。

 小学校高学年生は今、お風呂ふろちゅうなの。貴方あなたも入って行く?」

「談話室でってもらったら?」

「こちらで結構けっこうです」

「じゃあ、一応いちおうしのアナウンスをかけてみるね」

 ピンポンパンポーン。

 <小学五年、五重虹 錦さん。五重虹 錦さん。至急しきゅう、一階管理詰所に来てください>

 一分もしないで錦ちゃんがやって来た。

 がみで、お風呂上がりのようだ。

あさの、飾戸のアリス?」

「錦ちゃん、こんばんは。

 ちょっと、話があるの。いかな?」

なに?何?」

 下足箱のちかくでコソコソばなしをすることに。


「おとうさん、空軍の人?」

「……どうして?」

通信つうしん司令しれいの五重虹さんに、伝言でんごんがあるんだ。

『午後一時から、『kokoni』がジャミング負荷ふかこわれた。これから、飾戸へ帰還するから、湿々の跳躍台ちょうやくだいりる』ってつたえてくれるかな?」

「……今度こんどからは自分じぶんで通信しなさいよ!

 もう、ビックリさせないでー」

へんなことたのんでごめんね。じゃあ……トイレもりても良い?」

「トイレだけじゃなくて、とまって行ったら?」

「いろいろな大人おとなたちがいかけてくると思う。すぐに出て行くよ」

「そっちは敷星しきぼし方面。

 こっちこっち」

「あっ、こっちじゃ無いんだった。あっちに行くんだ……あははは、ちょっとつかれちゃった」

初日しょにちからバテてどうするのよ!

 かえりもご安全あんぜんに!」

 霧川先生と錦ちゃんに見送みおくられて、わたしは今度こんどこそ、大蕗寮へ跳んで帰る。



 午後6時00分。

 飾見坂四丁目……って、よるになると、本当ほんとうにわからないな。

 小山こやま中腹ちゅうふくよりもうえのお家。

 飾見坂のしたはし路面電車ろめんでんしゃ路線ろせん停留所ていりゅうじょかりから、「このへんかな」と思うけれど。

 雑音がひどくて最小さいしょう音量おんりょうにしていた「kokoni」からやっと人の声が聞こえ始める。


 <今、誘導灯ゆうどうとうをつけるからね>


 胡散臭うさんくさい、おとこの人の声。

 その直後ちょくごに、パッと明かりがともったのを発見はっけん。あれが「大蕗寮」の跳躍台。

 美味おいししそうなスープの湯気ゆげただよっている。


 無事ぶじ寮に帰還したわたしはそのですぐに作業服をいで、タンクトップと黒タイツになって、自分の寮室から着替きがえをって、一階へりる。

「お帰りなさい、アリス!

 ふくなんて脱いで、どうしたの?」

 ブルーメがあわててブランケットを持ってきて、わたしをおおおうとするがことわる。

「このまま、お風呂に入るよ。

 そうそう。結局けっきょく、ルナの魔具って何かな?」

「これなの。

 ぎんとおししゃせいパンパス。

 浮島うきじまさんのリアライズは常葉ときわ社製で、銀通とはライバルだから、不機嫌ふきげんにさせちゃったのかも。

 ブルーメの魔具は工場こうじょう工房こうぼう?」

「工房系。山焼やまやきりゅうまだら椿つばき

「さあ、おじょうさんがた。ナイトハント行ってらっしゃい。

 初日ゼロのままだと、評価ひょうかひびくから、二体はかせいでおいた方が良いわよ」

「でも、もうくらだよ」

「ルナ、おさきに!」

「ええ、待ってよ。ブルーメ!」

 先谷さきたに先生せんせいうながされて、ブルーメとルナが寮外りょうがいへ出て行く。

「【ウミック】回収ステーションにき残りがかくれてるから、ねらよ。ご安全に!」

 わたしはお風呂に入る前に、先谷先生に聞いてみることにした。

「先谷先生。

 さっき、『kokoni』で男の人に声かけられたんですけれど」



「はじめまして、れい大尉たいい



 耳元みみもとささやかれていないのに、ゾワリとする。

「バンクカウンセラーの涙堂るいどう いずみです」

 胡散臭そうな声色こえいろと、胡散臭そうなかおに、しろワイシャツに紺色こんいろのセーターをて、水色みずいろのまいかけ。

さわやかをよそおったおにいさん」がいた。

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