第5話・町がないなら造ればいいじゃない

 一瞬空気が凍り付き、動き出すのに数秒かかった。


「簡単に言ってくれるなお嬢さん」


 盗賊団、スキル「法律」のアパルさんが苦笑した。


「町を造るには、色々なスキルの持ち主が大勢集まらなければならない。まずお嬢さんは未成年だからスキルもない。そして我々もそのようなスキルはない……」


「一応食事には困らないけど、洞窟の中での生活があんたに耐えられるとは思えないけどね」


 スキル「食獣」のマンジェさんが不愉快そうな顔をした。確かにそうだよな、家を建てるみたいなスキルがない限り、雨風をしのげるところなんて洞窟とかしかない。聞いた限り、反エアヴァクセン盗賊団の中に家を建てられるスキルはない。


「お兄ちゃんがいるんだもん、大丈夫だよ」


 ああ、まただ。


 アナイナの「大丈夫」ほど大丈夫じゃないものはない。


 アナイナにかかっては、ぼくが絡んでいれば大体「大丈夫」なんだ。理屈もへったくれもない、ただの思い込み。


「レベル1にしてMaxになったお兄ちゃんが、役に立つのか?」


「立つよお」


「アナイナ」


 口を塞ごうと手を伸ばす前に、アナイナはマンジェさんに向かって反抗的に言った。


「だって、お兄ちゃんのスキルは「まちづくり」なんだから」


 今度こそ。


 誰も身動きしなくなった。



「まちづくり……?」


 ヒロント団長が呟いた。


「……本当に?」


「うん。鑑定式で見たもん。スキル名「まちづくり」、レベル1、上限1って」


「いやいやそれはないだろう」


 マンジェさんが手を横に振る。


「確かにスキル名は魅力だが、上限レベル1ってのは役に立たないって言ってるのと同じだ」


「やってみないと分からないでしょ? だって、お兄ちゃんまだスキル使ったことないんだもん、ねー」


 ねーじゃないねーじゃ。


 確かにぼくはこのスキルで何ができるのかを知らない。これが「家つくり」だったりしたら追放されても森のどこかでぼろ屋を作ってそこで生活しようとも思えただろうけど、「まちづくり」はざっくりしすぎてて何ができるのかは分からない。

 

「可能性は、ある、な」


 ヒロント団長はついてこい、とぼくを手招きした。


「あの、ぼく、盗賊団に入るって決めたわけじゃ……それに妹を返してこないと」


「えーっ!」


 アナイナが金切り声をあげた。


「やーーーっ! お兄ちゃん、一緒に連れてってくれるんじゃなかったの? わたし、お兄ちゃんと一緒にいるために来たんだよ! 一緒にいるって約束したじゃん!」


「スキルがないお前を町の外に出したくないの! 大人しく……」


「いや、妹さんは人質に使わせてもらう」


「アパル?!」


 団員の視線が全員アパルさんに向く。当然ぼくたち二人も。


「妹さんには反エアヴァクセン盗賊団の存在を知られてしまっているんだ、戻ってその話が知れたら町長ミアストが出てきて我々を潰そうとするだろう」


「……確かに」


 ヴァダーさんが唸る。


「でも、妹はエアヴァクセンに返してやりたいんです」


「だけどな、えーと、お前」


「クレーです。クレー・マークン」


「クレー。あの見栄っ張りの町長が、上限レベル1の妹を丁重に扱ってくれると思うか? ましてや一度、町出まちでしている問題児を」


「……う」


「もちろん成人式までは丁重に扱うだろう。だが、鑑定式で傷が一つでもあれば嬉々として追い出すだろう。お前と同じようにな」


「う」


「返すよりはお前の傍に置いた方が、まだどれだけかマシだと思う。……一年ずれて追い出されるのを考えれば」


「ありがとーえーと」


「ヴァダー」


「ヴァダーさん!」


 アナイナはピッカピカの笑顔をヴァダーさんに返す。ヴァダーさんの顔が少し赤くなったのは気のせいじゃないだろう。アナイナのこの全開笑顔で本人無意識で何人の男を落としてきたと思っている。


「それにお前、今日寝る場所ないんだろ? レベル上限1に町長ミアストが何か用意してくれるはずがない。それに、お前の持っている道具を見ればわかる。人里に近付くな、そう言われたんだろ?」


「はあ」


 シエルさんの言うこともいちいちもっともなので小さくなって頷くしかない。


「なら、とりあえず今夜はオレらのアジトで過ごして、明日のことは明日考えた方がいい。今はとにかく、落ち着いて、自分に何ができるかを見極めるこった」


 シエルさんもぼくのことを心配してくれている、のか?


 結局、ぼくとアナイナは反エアヴァクセン盗賊団のアジトに向かうことになった。



     ◇     ◇     ◇



 森の奥の方は、野獣や魔獣がいるので、人は滅多なことでは来ない。


 エアヴァクセンの兵士も、森から獣が出てきて人を傷つけたりした時以外は森へは入らない。


 エアヴァクセンほどの町になると、町の中で衣食住が完成してしまうんだ。衣のスキルと食のスキルと住のスキルが集まれば十分に中の人間は生きていける。だから、積極的に森の獣を狩ることはない。


 そんな森を抜け、辿り着いたのは、森の中の聖域とでも言っていい場所だった。


 そそり立つ崖の傍に泉が湧いていて、そのすぐ傍に焚火がある。動物用の罠があちこちに仕掛けられていて、恐らくマンジェさんが作っているであろう干し魚や干し肉がロープに吊るされてぶら下がっている。


「ここに、町を造ることはできるかね?」


 できるかね? って言われましてもヒロント団長、ぼくはまだスキルを使ったことがなくて、どうすれば発動できるかなんて……。


「ふむ、では儂のように願ってみよ」


 はい、はい。


「頭の中で理想の町を思い描け。……今儂らが生きていけるだけの最低限でいい。それが現実になるようにとこいねがうんじゃ」


 う~んと、まず安全な町となると、塀だな。家は……六軒あればいいか。あと食肉の加工所。それと水汲み場。広場。そんな、感じ、かな?


 出来上がれ!


 目を閉じて、強く祈る。強く願う。


 目を閉じたまま、我に返ると、周りにいるはずの人の声がしなかった。


 何かまずいこと起きた?!


 ぼくは慌てて目を開けた。

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