❅ルナティックエンメモア  Lunatic aime moi -紅紫藍―

❅藍堂翔琉 kairi×kakeru

❅1モノローグ

夜の闇を全速力で駆け抜ける。

早く。

もっと早く。

もしも捕まったのなら俺たちを待ち受けるのは死か絶望かはたまたそれよりもむごい生き地獄か。

考えただけでゾッとする。

闇はすぐ後ろまで迫っている。

逃げても逃げても追いかけてくる。

息が上がる。

めいいっぱい吸っているはずの空気は俺の肺をキリキリと締め付け痛みを引き起こすばっかりで充分な酸素を取り込んではくれない。

逃げなきゃ。

身体中に纏わりついてくる小枝が肌を切り裂いて髪を攫う。

薄暗い、木の葉が視界の邪魔をする。

木々の根が足元をすくおうと狙っている。

身体がしんどい。

それでも、ぐるぐるとまわる思考だけが逃げろ、逃げろと警鈴を鳴らす。


―怖い。

――恐い。

―――苦しい。


だけど、逃げ切れたらこの先には自由がある。

“幸せがある。”

俺には、希望がある。

手元にはアイツの結晶。それは艶やかに光を携えて真っ直ぐ行くべき道を照らしている。

約束したんだ。

必ずたどり着くと。

振り返るな。

恐怖も

絶望も

誘惑も

何も見ないように。




幸せだった。

アイツと再開して。

柄にもなく抱きしめあったりなんかして。

嗚呼もうコイツと一緒に自由になれる。

ずっと一緒だな、なんて笑いあったりして。



そんな幸せ、すぐに壊される。

永遠には続かない。

痛いほどわかっていたはずなんだ。






喜びに抱きしめた身体は。

呆気なく崩れ落ちた。

気づけば背中に走る衝撃は俺を捉えていて。

首元はビリビリと熱く頭は割れそうに悲鳴をあげている。





耳をつんざく1発の銃声。

何が起こったかなんて分からなかった。


ただ茫然と≪ミハイル≫を見つめれば「守れて…良かった。」と。

“よかった。”と呻き声に似た声で繰り返す。

意味が分からない。

何故俺は床に寝そべっている?

なんでコイツはこんなにも呻いている?

状況を理解したくて身をよじってみても≪ミハイル≫にのしかかられた体はびくともしない。

「…凛弥?」

不安になって真名を呼ぶ俺にニコッと笑う。

それなのに。

そのきれいな笑顔に似つかわしくない紅が≪ミハイル≫の口からとめどなく溢れている。


――――それはまるで。

―――――命の燈火の色で。


いくつかは首を伝っていて。

雫になったそれが俺を染めていく。

一心にそれを見ていたら抱き寄せられた。

≪ミハイル≫の顔が見えなくなったことに途轍もない不安が容赦なく俺を引き摺りまわそうと手を伸ばしてくる。

「おいっ!、おい、ミハイル!!」

≪ミハイル≫の体がゆっくりと重力に沿って俺のもとにのしかかってきて俺はあわてて≪ミハイル≫を呼んだ。

「まだ、…サマエルの真名、教えてもらってないのに…」耳元で小さく囁かれた声。

「そんなのいくらでも教えてやる!!だから。…だから行くな!!」

――そんなの、なんで憶えてんだよ。

「…ねぇ。…名前…呼んで。」

「ミハイル、ミハイル、ミハイル!!」

―――『呼んでやるよ、いつだって。』

「名前。呼んでよ。」

――だから。俺の前から消えるな。

「…《紫月凛弥》。《紫月》、《凛弥》っ《凛弥》っ《凛弥》!!!!」

必死で呼んだ。

段々との声が大きく早くなっても≪ミハイル≫が返事をすることも動くこともない。

とにかく≪ミハイル≫をどうにか動かそうと力を入れても重さが何倍にもなって背中も、ズキズキと傷む首元も、ガンガンとうるさい頭も痛くて。

そして、何よりぬめって滑った。

そのぬめりが何色かなんて俺には簡単に想像できてそれが何かなんてわかったけれど、脳が分かることを拒否していた。






これで全てが自由だと思っていた。

努力が報われたのだと。

たった1秒。たった一瞬。

目を伏せれば、

希望は。

光は。

幸せは。

それは瞬く間に自分の指の隙間をこぼれ落ちていく。

闇が光を喰い散らかし汚濁が全てを飲み込んだ。




「なぁ、ミハイル…。お前が正しかったよ。」


サマエルの瞳から一つ雫が零れ落ちた。




――――――『神なんていない』

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