第6話 もしかして……道場って……

 エトワールがバーを出て、メル・キュールの道場があるという方向を見ると。


「……火事……?」


 その方向にある家が燃えているようだった。どこの誰か知らないが、不幸なことである。しかしそこまで大きな火災になってしまうと、エトワールに手伝えることもない。できることといえば、その家の人が無事であることを祈るだけ。


 とはいえ、そう割り切って火事を見逃せるほどエトワールは賢くない。ちょっとでも手伝えることがないかと、火の手の方向に走り出す。


 だんだんとざわつきが大きくなって、火災現場に近づいていく。そして直接炎が見える場所までやってきた。


 そこには野次馬が多くいた。なにやら建物が燃えていて、その周りを人々が取り囲んでいた。どうやら消火活動は始まっているらしく、地元の消防団が水をかけていた。


 危険な範囲まで野次馬が近寄らないように、消防団の数人が建物を取り囲んでいる。その一人に向かって、エトワールは聞く。


「取り残された人がいますか?」

「あん? いないけど……それがどうした?」

「いえ、いないならいいんです。ありがとうございました」


 取り残されている人がいるのなら助けに行こうと思っていた。しかし誰もいないなら、エトワールにできることはない。ヘタに手伝おうとすれば、統率が取れているん消防団の邪魔になってしまうだろう。


 気を取り直してメル・キュールの道場を探し始めようと思ったときだった。


「あ……」


 見つけた。探していた人、メル・キュールが近くにいた。白髪はくはつのロングヘアー。左腕がなく、右足は簡素な義足。間違えようがない人物だった。

 メルは火災現場の近くで炎を見上げていた。無表情だけれど、なんだか哀愁が漂っているように感じた。


「あの……メルさん」エトワールはメルに話しかける。「さっきはありがとうございました」

「……」メルはエトワールのほうを見て、「……」


 結局何も言わなかった。人付き合いが苦手、というのは本当のようだった。


「あんまり近づくと危ないですよ」

「……」


 エトワールの言葉を受けて、メルはちょっとだけ火災と距離を取った。


「あの……メルさん。お願いがあります」返答がないので、エトワールが頭を下げて続ける。「お願いします。僕を弟子にしてください」

「……弟子……」つぶやいて、「……嬉しい、けど……今は無理かもしれない」

「え……? 門下生を募集中だと聞きましたが……」

「……」


 メルは無言で燃えている家のほうを見た。そこではじめて、エトワールは燃えている家をしっかりと確認した。


 そして、どうしてメルがこの場所にいるのか、その理由を察した。

 

 エトワールは炎を指さして、


「もしかして……道場って……」


 今燃えているこの建物ですか?の意を込めて、そう聞いた。


 すると、メルは頷いた。どうやらこの燃えている家が、メルの道場そのものだったらしい。方角的に一緒だとは思っていたが、まさか本人の道場だとは思っていなかった。


「あ……それは……その……」一気に気まずくなったエトワールだった。「ご、ごめんなさい……こんなときに」

「……大丈夫」

「その……」迷った挙げ句、エトワールは老人からもらったお酒を手渡す。「これ……あの、そこのバーでヒゲのおじいさんからもらって……メルさんに渡してくれって」


 前の酒が腐っていた、という情報は伝えられなかった。なんだか追い打ちをかけるようで気の毒だった。


「ありがとう」メルは受け取って、さっそく一口飲んだ。酒瓶のままの一口だった。「美味しい」

「……そ、それは良かったです……」


 なんだかやけ酒に見えて、エトワールはいたたまれない気持ちになった。メルの表情が心なしか表情が落ち込んでいるようにすら見えてきた。メルの表情は変わっていないけれど、自分の道場が燃えて悔しくないわけがない。


 そのまま、メルは燃える自分の道場を眺め続けた。火が消し止められたのは、翌日の朝だった。

 結局、一晩中メルは道場を眺め続けていた。そして、なんとなくその場を離れづらくなったエトワールも付き合っていたのだった。

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