第2話 犬先輩

 村ではざわざわと騒がしく、村人たちが鍵の壊れた酒蔵の前に集まっていました。


「連れてきた!」


 シズカの声に村人たちの視線が集まります。


「何があった?」

「派手にやられたのぉ」

「ぜーぜー……」


 猟銃を担いだお爺さんと、その後にお婆さん、ついでに本日仕留めた獲物を荷車で運ばせられた太郎が現れました。


「おお、じっさま」

「作った酒を全部持ってかれたわ!」

「トキ」

「ちと調べるわ。タロ君も手伝ってな」

「おいすー」


 お婆さんと太郎が酒蔵に入ります。

 鍵は壊れているものの、それ以外は荒らされた様子はなく、酒樽だけが忽然と消えているのでした。


「石川の仕業か?」

「ばっさま。五右衛門は民衆から盗らんけ。しっかし、なんで酒だけ? 隣に食料蔵と金蔵もあるでに」


 酒蔵は左右に食料蔵と金蔵に挟まれた真ん中にありました。他二つの蔵は無事です。


「鬼の仕業じゃ!」


 すると、外側騒がしくなり、お婆さんと太郎は外へ。


とぅ! ウチ見たで! 鬼が酒樽を持って逃げるのを!」

「ほんまかカエデ」


 それは、シズカの母親でもあるカエデの声でした。


「今、リュウジに痕跡を追わせとる!」

「男衆も召集をかけておるわ!」

「銃を蔵から出すぞ!」

「情報と戦力が揃い次第、行くで!」

「戦争じゃ!」


 村は殺気立ちます。その気になれば国さえも相手する戦力を持つこの村に手を出した鬼はすぐに殲滅されるでしょう。


「まぁ、待てや。お前ら」


 お爺さんが腕を組んで皆を静止しました。


「相手の意図が読めん以上、過剰な動きは危険じゃ。リュウジも呼び戻せ」

「じゃあどうするんじゃ!」

「太郎」


 太郎はお爺さんに視線を向けられて、オレかよ、と言う顔をします。


「おめぇ、ちと鬼ヶ島に行って来いや」

「マジで言っとるんか?」


 鬼ヶ島は有名な離れ小島の事です。その名の通り鬼が住んでいると恐れられて誰も近づきません。


「鬼どもが何を考えてるかを聞き出し、情報を持ち帰れ」

「そりゃ別にええけど……もし、悪じゃったら?」


 太郎の言葉に村人達は全員眼を光らせて言います。


「皆殺しじゃ」


 恐ろしい事です。






「銃と弾。後、ついでにきび団子」

「きび団子が主体じゃろ」


 太郎は銃を背負い、腰にきび団子を下げて旅の準備を整えました。


「タロ君、道中気を付けるんやで」

「鬼ヶ島行って、確認して帰ってくるだけでじゃろ? 余裕やて」

「太郎兄、ウチも行きたいけど……」


 シズカは太郎と共に行くことをお爺さんに言いましたが、止められたのでした。


「まぁ、単独の方が早かで。ぱーっと行ってぱーっと注意して帰ってくるわ」

「じゃけん、念のため仲間は居た方がええ。きび団子投げて、犬猿雉を集めぇや」

「そうじゃの」


 太郎は見送りに来てくれたお婆さんとシズカにそう言います。

 ちなみに他の村人たちは、お爺さんの指導の下、戦闘勘を取り戻す為に訓練を始め、射撃訓練もしていました。


「鬼を救う為に急ぐわ……」

「ほっほ。ついでに盗まれたモンも持って帰って来てな」

「太郎兄。気をつけてな」


 太郎は銃声が響く村に背を向けて鬼ヶ島に近い港町へ向かって歩き出したのでした。






 村からの銃声も聞こえなくなる程、歩いた太郎の眼に一人の犬が映りました。


「こんにちは、太郎君」

「……え? 鬼灯先輩が犬役なんですか?」


 太郎は道の真ん中にレジャーシートを引いて、和服に正座に犬耳を生やした美しい女性を見てたじろぎます。


「ふふ。そうみたいね」

「……鬼ヶ島行くんですけど着いてきます?」

「はい。行きましょう」

「展開が死ぬほど早いですが……とり合えずきび団子を」


 太郎は犬先輩にきび団子を渡します。


「ご丁寧にどうも」


 丁寧にきび団子を食べる犬先輩はどこか魅力的です。

 犬が仲間になりました。太郎は、うわーい、と喜びます。


「いやー、先輩が犬役で本当に良かったです。ちなみに他に候補者とか誰が居ました?」

「ケイとか国尾君ね」

「わぉ……」


 とんでもない人選に太郎は心底ほっとしたのでした。


「戦力的には頼りないと思うけど、よろしくね」

「そんな事はありませんよ! 旅なんでストレスしかかかりませんからね! 先輩がいるおかげてソレが解消されたも同然です!」

「ふふ、ありがとう。ここから先に近くに籠車のある宿があるから足を確保しましょう」

「はい!」


 太郎は美人犬先輩と素敵な旅になると有頂天でした。

 一人と一匹の旅は続きます。

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