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アルターステラ

第1話 駅前のコーヒーショップ

コーヒーの苦い味

最近通いつめているコーヒーショップ

だいたい週に1、2回の頻度で利用していたこのコーヒーショップで

2か月前

初めて見る店員さんが

おすすめのコーヒーの注文方法を教えてくれた

いつもはホワイトモカしか頼まない私だったけど

その店員さんの笑顔に釣られて

まんまとおすすめされるまま注文していた


2か月前は連日の真夏日

省エネSDGsとエアコンの温度を高くする大学の講義堂から解放された

家に帰っても講義の課題なんて

やる気になれないくらい暑いのは目に見えていた

駅前のこのコーヒーショップはエアコンが効いていて

落ち着いたジャズテイストなアレンジ楽曲が流れていた

暑さを一時でも忘れるにはちょうどいい休憩場所だった

飲み物を片手に講義課題を終わらせてしまおうと店に入った


「次の方、こちらのレジへどうぞ」


男性店員さんがレジ待機の列の先頭にいた私に声を掛けるのが

イヤホンの外部音声聞き取り機能を通して聞こえてきた

レジの前に歩いて行った


「いらっしゃいませ

ご注文はお決まりですか」


いつも通りホワイトモカと言いかけたが

ふと見た目の前の店員さんの

あまりに爽やかな笑顔が印象的で

思わず声が途切れてしまった


私が店員さんの笑顔に目を奪われていると

店員さんは私が注文を決めかねているのだと思ったのだろう


「もしまだお決まりで無いようでしたら

僕のおすすめがあるんですけれど


…〜…

甘さの中にもしっかりとコーヒーの深みが味わえるので

ぜひ1度お試しください

僕のお気に入りです」


「それ、ください」


内容なんてほとんど耳に入ってこなかった

イヤホンで音楽を聴きながらだったのも良くなかった

だけど

1番やられたのは店員さんの

その生き生きとした雰囲気だ

見るからに楽しそうな彼の笑顔に

苦味なんて一切混じっていなかった

心の底からおすすめされている

そんな気がした


いわれるままの料金をシャランと支払い

数分の待機の後

その長い名前の飲み物を受け取った

店内はやはり涼み客で混みあっており

入口に近いカウンター席が1つ空いていた

課題をやるには少し居心地が悪いけど

ないよりはマシと席についた

そして1口


最初に

口の中いっぱいにキャラメルの甘さが広がった

その後に少しクリーミーな甘みと強い苦味が来て

鼻にはナッツのような香りが

キャラメルの甘いにおいと混ざりあって通り抜けた

後味はまた甘さと

それから舌に残る仄かなチョコレートの酸味と苦味


少し

いやすごく面食らってしまった

このコーヒーショップで飲んだことの無い味だった

苦いのが苦手な私でもギリギリ飲める

そんな印象だった

それから甘み成分がすごく多く

暑さにへき易としていた私の

残りのエネルギーを少しだけ増やしてくれた


課題を開き

たまに飲み物を1口飲みながら取り掛かると

意外にも課題は順調に片付いてしまった

課題を終えると

いつの間にか店内の暗めの照明よりも

空の色の方が暗くなっていた


そろそろ帰ろう

そう思い飲み物を飲み干した

最後の方は甘みと苦味が1層強い気がした

店内には客足が絶えず

レジも相変わらず人が並んでいた

やり終えた課題をトートバッグにしまい

ゴミ箱へ容器を捨てにいくと

1人の店員さんがゴミ箱付近の片付けをしていた


「ありがとうございます

こちらに容器を置いてください」


そう言って顔を上げたのは

私にカスタムメニューを進めてきたあの店員さんだった


「あなたは先程の!

どうでした!?

僕のお気に入りカスタマイズは!」


またあの笑顔だ

心拍数が跳ね上がった気がした

素敵すぎる笑顔を

そう何度も向けられると

私としても悪い気はしない


「美味しかったです」


一言いうのが精一杯だった

空の容器を店員さんに渡すと

目の前の店員さんは

拳を握りしめてガッツポーズをしていた


「よっっしっゃああ!」


本人は控えたつもりだろうけれど

ちょっと大きな声


静かめなジャズがかかる店内には

似つかわしくない歓声をあげ

慌てて店内を見回す店員さん

こちらの方をチラリと見た数名の客達と目が会い

謝意の会釈をしていた


私は目の前の店員さんの感情表現の豊かさは

私に好感を抱かせるには十分だった

その店員さんと再び目が合うと

彼は少し照れくさそうに頭に手をやっていた

どうしよう

失礼かもしれないけど

溢れてきた笑いを押し留めてはおけなかった


「ふふふ」


漏れてしまった笑い声を

必死に抑えこもうとするが

失敗した

店員さんも何故か一緒に小声で笑った

その笑顔

好き

他意は無い

とても好印象の好き

そういうことだと思った


容器を置いて会釈をすると


「またのお越しをお待ちしております」


笑顔で告げられた店員としての挨拶に

私も自然と笑顔で返した


「また来ます

ご馳走様でした」


そういって店を後にした

まだ暑い夏の夜だった



それからというもの

私は店に通うようになった

彼がいる時間帯は似たような時間帯で

その時間帯に講義が終わる日は

いつもご機嫌だった

なるべく彼のレジに並ぼう

そうして私の日常は

彼とレジで交わす笑顔を中心に回っていた


はじめはその長い長い飲み物の注文方法に戸惑いがあり

覚えるのも難しくて上手くいえなかったけど

数日間彼の声を聞いて復唱していると

彼が休みでいないレジでも注文できるようになっていた

私は連日のようにそのコーヒーショップに足を向け

気づいたら2か月ほど通いつめていた


──


季節が過ぎて

肌寒くなり始めた頃

突然彼が

私の通うコーヒーショップから姿を消した


一昨日から

彼の姿を見ていない

これまでほとんど毎日のように

彼は店に出ていた

休みの日は飛び飛びで

1日会えなくても

明日は会えるという安心感があった

だけど

一昨日から今日で3日間

彼に会えずにいる

そして

その翌日も

彼は店に現れなかった


彼にも彼の人生がある

彼にとって

所詮私はイチお客さんでしかないということを

今更ながらに思い知った


思えば私は彼のことを何も知らない

年齢も名前すらわからない

もちろん連絡先なんて知りようもないし

当然どこに住んでいるのかもわからない


もしかしたらもう会うこともないのかもしれない

1人の店員さんと1人の客が

お店以外の場所で会う確率なんて

相当に低いだろう

同じ生活圏だとしても

生活リズムが違うだけで

一生会わずに終わる人もいるのだ


飲み物の横に広げた講義の課題が

遅遅として進まない

彼のことばかり考えてしまい

何も手につかない

ほとんど残っていた彼のおすすめを

ぐびぐびと一気飲みした

強烈な甘さとコーヒーの強くて苦い味が

私の意識を現実へと引き戻した

今日はもう帰ろう

少しだけ飲み残しがあったが

もう飲める気がしなかったので

ゴミ箱の飲み残しコーナーに捨ててしまい

店を後にした


その日から

私はあのコーヒーショップに入り浸るのを

キッパリと辞めていた


勝手に意識して勝手に通って勝手に仲良くなった気がしていた

突然いなくなって勝手に塞ぎ込んだ


私は好きな相手を見ていることしかしていなかった

それだけで満たされた日々を送れていたし

それを変えたいとも思っていなかった

あの人が突然目の前からいなくなり

数日間塞ぎ込んでしまった

けれど

今は大丈夫

そう思えるようになった現在

飲み残しを捨てたあの日から

1か月が経っていた


講義があの時間帯に終わる日が憂鬱で

自然とため息が増えていた

そんな私を見かねて

一緒の講義を受ける大学の友達が

講義のない日に遊びに誘ってくれた


街のプレイスポットに来た私は

友達に誘われるがままに

ボーリング

ビリヤード

ダーツ

バッティングと

体を動かす系のものばかりに付き合って

もうふらふらだ


「ねえ、蓮美。

さっき後輩からあんたの名前聞かれたんだけど、苗字だけ教えちゃった。

ごめん。」


「え、何それ怖い。

私、後輩なんか知り合いほぼ居ないよ?」

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