最終章

第30話「窮地に契約」

 

「…………」


「…………」


「…………」



 昨夜の酒宴と、昼間までの安穏から一転。

 屋敷の中は、静まり返っていた。

 窓から見える空はまだ明るめだが、それはこの季節だからである。

 本当ならば、二人はとっくに帰ってきててもおかしくない時間だ。



「……遅すぎる……」


「うん、そうだね。流石にこれ以上暗くなるのは危ないかな」



 おっさんとマッチョメンは、使用人達に周囲を散策させていたが、見つかる気配は無かったという。

 コンステッド氏が町に聞き込みに行ったみたいだが、戻ってこないところを見るに、成果は上がっていないということか。



「お兄ちゃん、どこに行っているのかしら?」


「心配だわ……アーキンちゃんと一緒ならいいのだけど」


「そこは心配ないと思うよ。テルムは女性を1人にはしないだろうからね。……けど、今回は遅すぎる。私達も探しに行くから、テレサとネアは屋敷で待っていておくれ」



 おっさんが外出用のマントを羽織り、コンステッド氏含む数人の使用人を連れて外出の準備を始める。



「ワシも行こう。アーキンは魔法こそ使えるが、実力は芳しくない。何かあったとしたら、あいつを庇うテルムが危ないかもしれん」



 マッチョメンも立ち上がり、お付きのイケメン執事を連れて立ち上がる。

 坊っちゃんの武芸の実力を知ってるからこそ、皆この時間まで待っていたが、これ以上は確かに危ないな。

 俺も出よう。早いとこ見つけねぇと……な~んか嫌な感じだ。



「じゃあ行こうか、サニティ」


「あぁ、出てくるぞっ」



 二人が外に出ていく。

 付いていくのも手だけど……手分けした方がいいわな。



「ねぇお母様、お兄ちゃんは出かける時、なんか言ってた?」


「そうねぇ……アーキンちゃんに見せたいものがあるって言ってたわ」


「ん~、それが見つかんなくて遅くなってるのかしら?」


「そうなら良いわねぇ……」



 何かを見せるねぇ……。

 …………ん~?

 どっかで聞きましたよそれ?



『その……この辺で、角兎……会えます、か?』


『う、うん。カクが元いた群れが近くの森にあるから、いつでも会いに行けるよ? ……よかったら、今度一緒に会いに行く?』


『そ、その……是非っ』



 あ。

 ああああああ!



「フシャー!」


「わぁ!?」


「カ、カク?」



 あ、あ、あの二人、森で迷ってやがんのか!? この季節に夜の森はマズイですよ!

 そうとわかりゃあ話は早ぇ! この事を皆に知らせて……!



「フシッ、フシフシフスンッ」


「? なぁに、デブ兎」


「何が言いたいのかしら……」



 あっはー! 見事に通訳係がいねぇー!

 やべぇよ、やべぇよ……!

 仕方ねぇ、俺だけでも森にカチコミに行くべきだな!



「あっ、デブ兎!」



 チビっ子の静止も聞かず、俺は屋敷を飛び出した。

 丘まで走り、一本大樹の近くまで一気に走る。

 兄妹で釣りをした小川を越え、森の手前に到着した。



「……フス」



 まて。

 待て待て、おいちょっと待て。

 馬鹿か……俺一匹で何が出来る?

 坊っちゃんの匂いは見つけられれば追えるだろうが、何時間もすりゃ匂いは消えていて然るべき。

 万が一見つかっても、怪我なんぞされていたら俺だけじゃ運べない。


 クソっ、役立たずも良いところじゃねぇか。

 ダメだ。俺だけじゃあ、きっとどうにもならん。



「…………」



 後ろを振り返る。

 落ち着け、悲観的になるな。

 何も、坊っちゃんがピンチだと決まった訳じゃねぇ。

 そうであるにしろ無いにしろ、手数は多い方が良いに決まってる。

 ここは、少しでも……助けを求めるべきだ。俺は、いつだってそうしてきたじゃねぇか。



「フスッ」



 目的地は、森ではない。

 一直線で俺は、丘を下る。


 まさか、寝てるなんて言うなよな! 頼むぜ猫!






    ◆  ◆  ◆






「フシッ! フシャア!」



 俺は、建物のドアをガンガンと蹴り飛ばす。

 いつもなら坊っちゃんが開けてくれるのだが、今の俺にはこの施設の重いドアは開けられん。

 それが妙にイラついて、蹴る脚にも力が入る。



「は、はいっ、今開け……ひゃあ!」



 中からドアを開けたのは、ここ最近彼氏が出来たっていう、受付の姉ちゃん。

 そう、ここは商人ギルドだ。

 ドアが開いた瞬間、俺は中に体を滑り込ませる。



『ギルネコ! おいギルネコぉ!』



 受付に寝転がるいつもの背中を探すが、その姿はない。

 クソ! 肝心な時に使えねぇなアイツ!



『ダァれが使えんやつじゃ』


『ぬおぉ!?』



 と思ったら横にいたね!?

 なんなのエスパー? なんで思考読まれたの? なんなのエスパー!?



『さっきコンステッドが来とったからの。話は聞いたわい』


『そ、そうかよ。それなら好都合だ! 人を派遣してくれ。森の中をくまなく探すんだ!』


『森ぃ? 当たりがついとるんか』



 俺は、昨日の会話を説明する。

 何で忘れてたってお叱りも覚悟していたが、ギルネコは「ふぅむ」と唸っただけだった。



『森っつってぇも、範囲が広すぎじゃ。人材もそりゃあ派遣するが、せめてもう少し詳しい当たりをつけんと……』


『俺の元いた群れの近くを当たってみるつもりではいるが……』


『そこまで行ったのが昼間だとして、まだそこにいるっちゅう保証は……可能性低いんじゃないかの?』


『じゃあどうすりゃあ良いんだよ!?』



 思わず全身の毛が逆立つ。

 コイツ相手に勝てる気はしないが、掴みかかってしまいそうだ。



『落ち着けぃ。こういう時は、遠くから気配をたどる奴に話をつけてみるのがいいんじゃが……』


『あ、あぁ? そんな奴いんのかよ。だったらすぐに頼む!』


『んなぁ、この状況でそういうのを頼むのは、ちと危険な気もするが……』



 言ってる場合か!



『料金が破格ってんなら何とかする! 実現可能な知識なら提供する! なんだってやってやるから今すぐそいつを連れてこい!』


『……はぁ、ワッシは忠告したぞい』



 ギルネコはその言葉を聞いて、肩をすくめる。



『だ、そうじゃ』



 だ、そうです。……うん? なにが?



『そうさねぇ、格安でその話、受けてやろうじゃないか』



 ギルドの隅から、念話が響いた。

 聞き覚えのあるやつだ。というか、こんな事するやつ、この町ではギルネコと、もう一匹しかいない。くま子は良い子だし。



『ナディアか!?』


『ずいぶん大変な事になってきてるねぇ? コンステッドがこっちにまで人材を依頼してたからねぇ』


『……じゃが、おみゃあが動くのは滅多なもんじゃなかろう? 狙いはそこの兎じゃな』


『今が押しどころだと思ってねぇ。いい女だろう? 男の窮地に颯爽と現れる救いの主さね』



 その言い分からすると、ナディアが人の気配を探れる力を持ってるんだな?

 確かに、出会う時にはコイツから都合よく現れてた気もするけど!



『よ、良しナディア! 坊っちゃんの居場所、わかるんだろ?』


『まぁ、森って絞れてるんなら、どの辺りか程度なら読み取れるねぇ』


『最高だ! 早速頼むぜ! 今度いいギャンブル教えてやっからよ!』


『いらないねぇ』


『ありがとうよ! すぐに駆けつけ……はぁ?』



 今こいつなんつった?

 いらないって言いました?



『アタシャもう、その程度の報酬で動く気はないねぇ……あの坊っちゃんには助かって欲しいが、だからって釣り上げ時の交渉に即決で判子押すほどの未練もないのさ』


『んがッ、お、お前なぁ……格安って言ってたじゃん!?』


『空耳さ。アタシの力を借りたいなら、アタシが要求する条件を丸々飲むんだね。じゃなきゃ話はお流れさね』



 ここに来て性悪を発生させんじゃねぇよ!? ギルネコが「ほらにゃ?」って顔してるのが納得だよ!

 くっそ、何を要求してくる? 日本の菓子か。建築技術か!?

 ……だが、ここで延々と値段交渉してる場合じゃねぇ。



『っだー! わかった、どんな要求でも飲んでやらぁ! だから協力してくれよ!?』


『ふふ、毎度あり』


『マジで頼むぜオイ。俺ぁ今回そんなに気を長く構えてる時間は……』



 焦る俺の首元に、ナディアが腕を回してきた。

 顔がえらく至近距離まで近づいてくる。エロい。いやそうじゃなくて、今はそんなからかってる場合じゃ……



『じゃあ、これからよろしく頼むよ。旦那様?』



 ………はい?



『ささ、魂の契約と行こうじゃないか。アンタとアタシ、生まれてくる子供も込みで幸せな家庭を築く……クサイ内容だがそれが一番わかり易いからねぇ。受理もされやすいってもんさ』


『ちょちょちょちょちょ、え、は、えぇ~?』


『急いでるんだろう? 式は後でで良いさ。こんなに気が長いなんて、アタシは良妻になれるねぇ』



 こ、こ、コイツ……!

 この状況で、俺にプロポーズしてきやがった!?

 しかも絶対に逃げ切れねぇ状況じゃねぇか!



『あ、悪魔みてぇなやつだな、おめぇはよ……』


『まぁ、悪魔だからねぇ』


『はいぃ!?』



 更に爆弾を落として来ますか!?



『妖精がいるんだよ? そりゃあ悪魔だっているさね。悪魔イポスっていやぁ、魔界ではそれなりに知れた女だよ。良かったじゃないか、逆玉ってやつさ』


『脳が処理しきれない!? いや確かに姿消してたりワープしてたり色々規格外だったけども!?』


『まぁ、それで? 知った上でどうするんだい。拒むのかい?』



 ぐ、お、おぉぉ……!

 正直、正直めっちゃ怖い……悪魔イポスって、なんかゲームではめっちゃ首狩ってくるイメージなんですけど!

 けど、ぬおぉ、けど……!



『……ふ……』


『ふ?』


『ふつつか者ですが……! よろしく、おねがいします……!』



 の、乗るしかない。このビッグウェーブに……!

 いや、契約的には、俺の幸せも含まれている。この女はその辺り律儀だし、悪い事にはならないはずだ。

 うん、多少忙しくなるのも仕方ない。坊っちゃんの命には代えられねぇ。



『……ははっ。あぁ、大事にするし、これからも坊っちゃんとの契約は続行してていいさ。ただ、アタシとも深く深ぁく繋がれるだけさね……』



 その瞬間、俺の中の何かが、ロックされた様な感じがした。

 明らかに、コイツになんかされたんだろう。



『じゃあ、契約したんなら、願いを叶えてやんないとねぇ? 坊っちゃんの魂がどこにあるのか、見てあげようじゃないか』



 ナディア……いや、イポス? えぇいめんどくさい、ナディアでいい。

 指を軽く舐め艷やかな笑顔で笑うコイツを、俺はとうとう受け入れてしまった。

 背に腹は変えられなんとしても、なんか……美人局つつもたせに引っかかっちゃった気分なんですが……!

 

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