第28話「仲良くなれる予感」
賑やかだった朝食も終り、後は割と自由な時間。
マッチョメンはおっさんとお母ちゃん二人にいろいろ話があるみたいだし、家族団体行動もこれまでだな。
ってことで、後は子供の時間。町にでもおりて無邪気に遊べばいいんじゃねぇ?
「…………」
「…………」
「……フシッ」
あ~……これは、なんとも。
丘をおりていくメガネと坊っちゃん。二人は視線を合わせる事なく、無言で歩いている。
「でねっでねっ、町で最近できたお店が凄く可愛い小物があるのっ!」
「そ、そう、なんだ……」
「絶対アーキンちゃんも気に入るわ! 見に行きましょっ」
「あ、あぅ、うん……」
チビっ子が一緒にいなければ、この場は気まずさで空中分解していたな。空気読めない女、グッジョブだ。
しっかし初々しいねぇ。あんな一言でお互い意識しちゃってさ。
こちとら既に初恋の相手は子持ちだし、背景読めねぇミステリアス兎に貞操狙われてるというただれた兎生を送ってるってのによぉ。
「えっと……うん、じゃあアーキンさん、町を案内するね?」
「よっ、よろしくおねがいします……!」
あ~ぁ、甘酸っぺぇ~。
そんなこんなで町に到着した。もう何度となく訪れたホーンブルグの町だが、行ってないところも結構ある。
冒険者ギルドとか、全然いかねぇもんな。くま子は自分からこっちに来るし。
だが、坊っちゃんは俺と別行動してる時にもそういう散策は怠っていないらしい。メガネを案内するその足取りや説明には、なんらよどみが無かった。
「可愛いわ! これ可愛いわ!」
「ほ、ほんとだね……」
んで、今はチビっ子が話してた小物屋にいる。
この町、店を見分けるために屋根の色を個別にしてあるんだけど……この店はドピンク一色だ。
軽く引きながら中に入ると、キャピるんしてそうな店員さんがお出迎え。店内には、木の実や石を削って作られた小物が所狭しと並んでいる。めっちゃピンクじゃん。
アクセサリーなんぞこの世界で需要あんのか? と思うが、意外にも売れ行き好調らしい。
「あ、それですね~、新ブランドのツノウサちゃんって言うんですよ~」
「あ、やっぱりこれ、角兎なんですね」
「うぇい! テルムレイン様がいつもお供にしてる角兎さんをモデルにさせていただきましたぁ~」
ほぉん? 俺をモデルにねぇ。
まぁこの世界には肖像権なんぞないから気にしねぇがね。
それにしても……俺モデルにしては、丸すぎません? 特にこう、腹周りに肉が付いてるのはやりすぎだと思うんですがね?
「デブ兎、あんたにそっくりよ! よく見られてるわねっ」
「フシャー!」
んなことねぇわ! お腹はあれかもだが、顔までは肉出てねぇわ!
えぇい、これは裁判案件だぞ! 侮辱だ! 有罪だ!
『カク、抑えて抑えて』
『ぐぬぅ……! 帰ったらやけ食いしてやる……!』
今こそ俺の胃袋が宇宙となり輝く時がきたと見たぜ……!
「……可愛い、です。本当に」
「……角兎、好きなの?」
メガネのつぶやきに、坊っちゃんが反応する。
チビっ子が他のスペース見に行ったし、場つなぎは大事だよな。
「っ、は、はい……あの、昔その、友達だった子がいて……」
「そうなんだ。僕と一緒だね~」
「……一緒、じゃないです、よ? 私は、テルムさんみたいに、角兎と契約なんて……できません。テルムさんは、凄いです」
ふむ。
確かに、メガネの性格を鑑みるに、嘲笑われる事が確定しているであろう角兎との契約なんて出来ないだろうな。
皮肉に皮肉重ねられて、爆笑の中心となるのは目に見えている。
坊っちゃんはそういうの気にしないって言ってくれたが、このメガネがそれをやられたら、不登校からの引きこもりルートしか見えないなぁ。
「う~ん。僕が凄いというより、カクが特別だから気にしないって感じかなぁ? カクの凄さに皆が気づけないっていう優越感のが勝っちゃうから、気になんないんだよねぇ」
「……やっぱり、凄いです……そこまで、友達を信頼できるなんて……」
いや、俺の価値は異世界知識だから、見てくれに騙されて油断してくれる相手がいるだろうし万々歳ってことじゃないのか?
坊っちゃんが優しいのは知ってるが、流石になんのメリットも無しに角兎なんて選ばないだろうし。
『カク、もうちょっと自分に自信を持とうね?』
おっと、思考が漏れていたらしい。
へいへい、ひねくれ者ですみませんねっと。
「……私の友達、だった子……昔、
「あ~……」
「フス」
「……それ以来、避けてたんです。角兎……思い出し、ちゃうから……」
うぅん、まさに自然の摂理。
大口蛇は、森の中でなら割と頻繁に目撃される動物だからな。
人間にとっては大した驚異じゃなくても、俺ら角兎にとっては天敵だ。かち合わないように縄張りを選んではいるが、やっこさんから近づいてくる事も結構ある。
そうなると、メガネが言ったみたいに食われちまうことはあるだろう。
「お友達とのお別れは、辛いね……」
「……うん」
「ん~……でも、さ。それで新しい友達を作んないってのは、その子のためにならないんじゃないかな?」
「……え?」
ツノウサくんを持ったまま、坊っちゃんを見上げるメガネ。
坊っちゃんは特に考えてる様子もなく、ツラツラと言葉を紡いでいく。
「うん、大事な友達とのお別れって、やっぱり気が滅入ると思う。僕も、カクと離れ離れになったら絶対落ち込むもんね。……でも、それでずっと落ち込んでたら、カクに怒られると思うんだよね」
「……二度と会えないのに……怒られるの……?」
「うん、だって輪廻は巡るからね。カクが死んじゃっても、そのカクの魂は別の何かになってどこかにいるんだよ」
……うぅん、カルトだけど否定できな~い。
俺、まさにその体現者だもの~。
「だから、もしそんな僕とカクがまた出会ったら、カクに言われちゃうんだよ。『坊っちゃんらしくなくなってて笑える』って」
「…………」
「悲しいけど、辛いけど……それによって自分らしさを失うってのが、親しい人にとって一番失礼だと思うんだよね。だから僕は、カクと万が一お別れしても、絶対別の友達と一緒に同じことするよ。僕の友達、こんなことしてたんだぞ~! 凄かったんだぞ~って」
慰めになってるのかわからない、微妙な主張。
しかし、その言葉には坊っちゃんが体験し、培った何かが詰まっている。
まだ別れというものをろくに経験していない坊っちゃんが、「どこかに生まれ変わってるから大丈夫」と断言する。それは、俺というイレギュラーと出会ったから芽生えた感情かもしれない。
しかし、坊っちゃんはこの発言の通りにするだろう。
俺には、それがなんとも……まぁなんだ。嬉しかった。
俺という存在が、坊っちゃんの中で消えないんだって再認識できたな。……こっ恥ずかしい。
「…………」
「あはは、ごめんね? 変なこと言って」
「い、いえ……」
メガネは、ツノウサくんをキュッと握って胸に寄せる。
もじもじしてるが、なんだろうねこの空気。
「あ、あのっ」
「ん?」
ふと、メガネが顔を上げる。
その顔は真っ赤に染まっており、しかしまっすぐに坊っちゃんを見つめていた。
「その……この辺で、角兎……会えます、か?」
「う、うん。カクが元いた群れが近くの森にあるから、いつでも会いに行けるよ? ……よかったら、今度一緒に会いに行く?」
「そ、その……是非っ」
あらあら、まぁまぁ。
甘酸っぺぇ~。
まぁ冗談は置いとくとして、メガネもまた、一歩踏み出す気になったのかね?
グッジョブだぜ坊っちゃん。そして罪づくりだぜ坊っちゃん。
「うん、そこで友達、見つけられたらいいね」
「は、はい……」
「お待たせ~! いっぱい買っちゃった~」
さて、若き男女がデートの約束をかわした所で、チビっ子が戻ってきたな。お開きか。
その後、メガネと坊っちゃんはツノウサくんを購入し、商人ギルドでギルネコを、冒険者ギルドでくま子を撫でてからアッセンバッハ邸に帰る事にした。
メガネは相変わらずおどおどだったが、なんとなく……うん、なんとなくだけど、明るくなった気がする。
◆ ◆ ◆
その後。裏路地にある賭博場にて。
「ぬおぉぉぉ! また外してしまったぞ!? 始めは当たっていたのに、なんでだ!」
「そりゃあ、赤と黒の2択じゃなくて、番号を当てようとかするからだよ?」
「ぬぅぅ、これを取り戻すには、もう一点張りしかないな! 黒の17番だ!」
「やめた方がいいんじゃないかなぁ」
『……やべぇな』
『だろう?』
俺とナディアの目の前で、マッチョメンとおっさんがルーレットに興じていた。
なんて悲しい光景だ。手の平から零れ落ちていく希望を逃がさないように握りしめるのに、それも叶わずぬるりと滑り落ちていく。
その上で、自らの手でその希望すらも差し出そうとしているのだ。まったく人間ってのは救えない。
『坊っちゃん達は来なくて正解だったな……』
『妹さんに、あそこの旦那の娘さんもいたからねぇ。坊っちゃんに感謝しなくちゃねぇ』
俺らが家に帰る途中、路地裏からナディアに声をかけられた。なんでも、賭博場に見知った顔がいるから来てほしいとのこと。
坊っちゃんは何かを察したらしく、チビッ子とメガネを連れて行ってくれた。だから、俺だけがこうして賭博場で悲しい事件を目撃している。
「サニティ、ここはもう止めておいた方がいいよ。もしくは少しでも負けを小さくする様な賭けをした方が良いんじゃないかなぁ」
「いいや、このルーレットで必ず取り戻す! しかし、確かに一点張りは分が悪いのも事実だな……ならば黒に残りを全ベットだ!」
「まったく、僕は知らないよ?」
俺が教えたルーレットは、比較的公平なギャンブルであったはずだ。
赤と黒と2択だし、数字も20くらいかな~とか思ってたわけだ。詳しいルールとか知らんし。
しかし、ナディアの用意した盤は30以上の数字があるし、なんか00とか0とか書いてあるのもあるし、俺が思ってたルーレットと全然違うものになっている。
かなり複雑になってるし、玉投げる男の人もめったくそにハードボイルドで歴戦の投げ手みたいな雰囲気だ。絶対狙った場所に落とせるだろ、この男。
『で、まぁ、おっさんとその友人の男爵様が来たのはわかったよ。問題は、俺をここに連れてきて何をしてほしいんだって話だよ』
俺の質問に対し、小さくため息をつきながらナディアは首を横に振る。
『なんというかねぇ、私らもあの御仁には満足して帰ってほしいんだが、どうにも賭博に才が無くてねぇ。絶妙に負けていくんだよ。こっちが必死で取り返させてやってるのにも関わらず、さ』
『……逆に凄いな』
なんでも、インディアンポーカーやチンチロリンでも勝ってたのに最後自爆し、今やってるルーレットでも絶妙な裏目を出しているらしい。
いや、チンチロリンでどうやって勝たせてたの? 操作できるの? 怖いんだけど盗賊ギルド。
『だからね、できればあの御仁には、良い思いしてここを出て欲しいのさ。今後の関係のためにもね?』
『……で、俺を呼んだって……人選ミスじゃない?』
『あんまり人間が近づくとサクラを疑われるんだよ。次の一投で勝たせるから、そこで切り上げさせとくれ』
えぇ……やっぱりあの投げ手ヤバい人じゃん。
しかし、そこで連れ出せってのもどうなんだろうな。人間、1度勝ったら止まらない生き物だ。
しかもマッチョメンは有り金全部はたいての大勝負。ここで勝ったら、調子に乗ってまた次の勝負に出るに決まってる。
さて、どうするか。
「ようし! 来い、こい、来い!」
とか思ってる間に、勝負が始まってしまったらしい。
……仕方ねぇなぁ。
「フスッ」
「あれ、カクくん?」
おっさんの近くまで近づいていき、軽く鳴いて注意を向ける。
盤面を転がる玉を見れば、勢いを失っていき緩やかになっていっている。多分、マッチョメンが賭けた方に落ちる予定なんだろう。
マッチョメンが勝った後に、俺のようなかわいらしい兎が現れたら、きっと勝負の熱も失われるに違いない。
後は、勝った金で人参の一本でも食わせてやろうって話になって、3人で町に繰り出す。完璧な計画だ。
「フスッ」
だからとりあえず、愛想を振りまく為にマッチョメンの膝の上にダイブしてみた。
「うぉ!?」
マッチョメンは驚き飛び上がり、ルーレット台を揺らしてしまう。
その衝撃で、わずかに玉が揺らいだ。
「あ」
「あ」
『……あの馬鹿……』
俺がマッチョメンにすり寄って甘えている間に、玉が落ちたらしい。
2人の顔は、青ざめていた。
「フス?」
あれ、俺またなんかやっちゃいました?
「……お、おう……のう……角兎よ……」
「はぁ、だから全賭けなんてやめとけって言ったのに」
うん、やっちゃいましたね。
……さて、帰るか。
『何やってんだいアンタ』
『あいたぁ!』
ナディアに頭を叩かれた。
そして回り込まれてしまった! 逃げる事ができない!
『なるべく気持ちよく帰ってもらいたいって、私言っただろう?』
『いや、可愛さアピールして毒気を抜けば帰ってくれるかな~って……』
『それで騙されるのは私と坊っちゃんくらいだよ』
だってしょうがないじゃん! 俺だってあんな事になるなんて思わんかったもんよ!
向こうでは、おっさんがマッチョメンの背中を撫でて慰めている。まぁ、あんな姿を娘に見せる訳にはいかないだろうから、今回のお話は闇に葬られるんだろうとは思うが。
「はぁ……いや、堪能したぞ。新しい3つの賭博は、経営側になれば儲けられそうだな」
「うんうん、身をもって知れて良かったねぇ」
あ、マッチョメン逞しい。
『よし、流石は男爵様だ。あれなら心配はいらないな! さぁこれで俺の仕事は終わりだじゃあなナディア!』
『お待ち。落とし前はつけてもらうから覚悟しな』
『いやぁぁぁ! それはちょっと理不尽んんん!』
おかしい、メガネと坊っちゃんのちょっといい話から、いったいどうしてこうなった!?
言い寄られる相手から逃げ出す俺と、今まさに何かが始まりそうだった2人。なんかもう対局なこの2組に、俺は涙が止まらなかった。
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