第25話「兎のいないギルド」

 

「出荷用の米の現在庫量はどうなっている?」


「残り少ないですね。王都に流した分で結構使ってしまってますから」


「ふむ、この量だとまとめて売っても大した儲けにはならんな。万が一の事を考えて、冬の備蓄に上乗せする形にして領主様に献上しよう」


「それがいいですね。冬は何が起こるかわかりませんから」



 人と言う人が計算機をいじって書類作ってる場所がどこかなんて聞かれたら、この世界、この町においては限られるのが現状だ。

 すなわち答えはイコール一択。商人ギルド、ホーンブルグ支部である。


 今回は、ギルドの受付である女性の前に、10代半ば程の青年が顔をだすところから物語を始めて行こう。



「す、すみません、職人コーナーでスペースを提供してほしいのですが……」


「はい、その際には最初の一月分のみ手数料が必要になりますが……」


「ここに、ありますっ」


「……確かに、確認しました。翌月からの料金は、貴方の働き次第です。頑張ってくださいね」


「は、はい!」



 今日も今日とて、未来ある若者が己の道を定める為にここを訪れる。

 彼らは、自分の店を持つには資金の足りない職人達だ。

 工芸品然り、料理然り。ここで提供されたスペースを使って、自分を認めてもらう為に必死に売りに出す。

 運が良ければこの場でパトロンが見つかり、職人として次のステップに進める事だろう。彼らはそれを夢見てひた走る回遊魚なのである。



「ところで、何を売り出すご予定なんですか?」


「はいっ、コマです!」


「あぁ、という事は、権利を買われたのですね。だからお金が……」


「そうなんですよ。でも、コマを作れる権利を得たのできっと元手は取り戻してみせます!」


「ふふふ、応援していますよ」



 コマとは、ここ最近ホーンブルグで流行りつつある玩具の名称である。

 先端の尖った円形の、もしくは円錐えんすいの形状をしている。

 大きさや材質は様々ながら、共通している特徴がある。それは、総じてコマとは回転するものだという事だ。

 尖った先端を軸に、回転を本体に加える事によって、不安定なままその場で回り続けるという不可思議な一品。

 様々な玩具が存在する中でも、中々に異端と呼べる発想で出来ているものだと言えよう。


「僕の師匠は鍛冶師だったので、鍛冶の技術でコマを作れないかな……と思いまして」


「まぁ、それは面白い試みですね! でも、あんまりそういう事をこの場で言わない事をオススメしますよ?」


「えぁ……す、すみませんっ」


「ふふ、気をつけてくださいね? アイディアは己の中に留めとけ、ですよ?」



 ちなみに、後にこの青年は金属で出来たコマを開発することとなる。

 とある兎から「いやこれベーゴマじゃねぇか!」とツッコまれつつも、火花散る喧嘩コマの迫力が爆発的人気を呼び一財産を築くのだが、それはまた別のお話。

 ついでにこの時の受付のお姉さんと青年はめでたく結ばれ、3人の子供を跡継ぎに大規模な工房を建てる事にもなるのだが、本編にはなんら関わりないお話である。



『……んで、なぁんでおみゃあはココにいるんじゃ』



 フラグが立った二人の脇。

 いつもの場所、またの名を定位置。心の故郷、生息地帯。

 そんな受付の脇にて……ギルネコはそこにいた。

 その本質は妖精なれど、人間社会では魔物として捉えられる異端。妖猫ケットシー

 人語を解し、念話でもって他者との会話が可能という上位の存在。

 彼がこの商人ギルドで厄介になっているのもまた、大きな謎と言えるだろう。



『なんだい、アタシがここにいたらいけないのかい?』


『……わぁざわざ姿を隠して入り込んでるから警戒しとるんじゃよ。もうそんな事せんでもえぇじゃろうに』



 そんなギルネコが念話にて言葉をかけるのは、一見何もない空間である。

 しかし、その空間から返事が帰ってくる。

 もはや何度と無く出会った事のある存在なれど、ここでもまた紹介せねばなるまい。

 既に領主よりも登場回数が増えつつある脅威のダークホース(兎)、おなじみのクール枠、ナディアその人(兎)である。



『なぁに、アタシら盗賊ギルドが公然と商人ギルドに出向いたんじゃ警戒されちまうだろう? 配慮さ配慮』


『既に領主のお抱えになったんはバレとるぞい。今後は暇つぶしに忍び込むのは止める事を勧めるで、正面から入って来るんじゃな』


『ハッ、わかったわかった』



 姿を消したナディアがギルネコの横に座ったのがわかる。

 あの兎が現れるまでは、こうして2匹で話すのはよく見られる光景であったが、最近では珍しいものである。



『なるほどねぇ、最近大忙しの理由はこれかい』


『にゃ。職人コーナーが埋まるなんて、珍しいもんじゃて。今は篩いの時期、頭抜ける奴が出てくるまでは忙しいじゃろうの』



 そう、現在商人ギルドの職人コーナーは、コマの権利を買った若き職人が溢れている。

 中には木、中には羊皮紙。数多の材料でもって作られたバリエーション豊かなコマが並ぶ光景は、まるで発祥の地に建てられた博物館のようなおもむきがある。

 しかし、内情は食うか食われるか。どれだけ突飛なデザインを生み出し、第一人者と呼ばれるようになるかという水面下の勝負が繰り広げられている。



『そうかいそうかい……で? アタシらの依頼してる仕事は調子よく進んでるのかい?』


『……ルーレットの量産なら、着手しとるよ。試作の1号は問題なく動いとるんじゃろ?』


『そうだねぇ、問題は今のところないよ。確率も偏ってない……投げ手の技術を上げていけば、問題なく操作できそうだねぇ』


『……やるでないぞ?』


『あっはっは!』



 コマ、米ときて、商人ギルドがもうひとつ抱えているのが、盗賊ギルド傘下の賭場に依頼されているルーレット台の製作である。

 これもまた、新生ホーンブルグの経済を支えるようになるであろう要素だ。

 農業、工芸、娯楽。様々な文化が発展してきているこの町の背景には、こうして協力しあう各組織の影があるのである。



『けどまぁ、これ以上やりすぎるのは危ないかもねぇ』


『じゃのぉ』



 そんな真っ黒な二人の見解では、これ以上の経済成長はこの領地にとってもあまりよろしくはないとのこと。育てば育つだけ良い、という訳ではないようだ。

 しかしながら、こういう時に二人の脳裏に浮かぶのは……あのデブな訳で。



『あいつには、あんまり突飛なことせんように言っとかんとのぉ』


『アタシとしてはどんどんやってほしいんだけどねぇ』


『愉快犯が過ぎやせんかい?』


『見ていて飽きないのは大事だろう?』


『面白いのは最初だけよ。ワッシはもう胃が痛くなるわ……』



 カク。領主の息子と契約した、一匹の太った角兎ホーンラビット

 あの毛玉は、異常であると言える。

 本人はまったくやる気が無く、ついでに言えば生気すら薄いというのに、その頭から生まれる知識はこの一年でホーンブルグの常識を覆してしまった。


 それにくわえ、行動力のある少年と契約しているが故に彼のアイディアは現実化し、今の経済成長に繋がっている。

 あのコンビの動向を見張るというのは、両ギルドにとって最も大事な案件であると言えよう。監視をしていないのは、冒険者ギルドくらいのもんである。



『……というか、おみゃあ。あの角兎をどうするつもりじゃ』


『んぅ?』



 ふと、ギルネコがナディアのいる空間を睨む。

 それに対してとぼけるような声を出すナディア。



『ここ最近のおみゃあは、どうにもあいつにご執心のようじゃて。何を狙ってるのか、それとも企んでるのか、はっきりさせて欲しいんよ』


『無粋だねぇ。男と女の関係に割り込むなんて、馬に蹴られて死んじまうよ?』


『それがどこまで本気か、理解できんから聞いとるんじゃろ』



 詮索好きだねぇ、と漏らしつつも、ナディアは深く語ろうとしない。

 この反応だけでも、ギルネコは感づいてしまう。

 どうやらこのブラックボックス兎は、結構マジのご様子である、と。



『……ただの角兎じゃないにしても、おみゃあがそんな感情抱くもんかいのぉ? 意外じゃにゃぁ』


『なんだい、良いじゃないか。あいつの子ならいくらでも孕んでいいさね』


『ずいぶん入れ込んだのぉ』


『あれだけ行動の読めない相手はそういないし、あんなに釣り針に引っかからない魚もそういないからねぇ。そりゃあ追いかけたくもなるさ』



 最初は、ギャンブルのアイディアを仕入れるためだけに接触した。

 第一印象は、冴えない雑魚魔物。突飛な発想を持ってはいるが、底は浅いだろうと思っていた。

 しかしどうだ。米の栽培に始まり、数多の娯楽を生み出すあの兎の底は、未だに見通すことができない。


 ならばと誘惑してみれば、涼しい顔で裏の顔役である自分をあしらってみせた。

 向上心の欠片もないくせに、虹色にも輝く未来を作り出すあの兎に、興味を抱いてしまったのが運の尽き。

 ダメ男に捕まるキャリア女のごとく、ズルズルと一本釣りされてしまったのであった。



『なんとしても、手に入れたいよねぇ……』


『おみゃあが本気だしたら、契約の上塗りくらいは出来るじゃろう』


『馬鹿だねぇ、あの坊っちゃんも一緒じゃないと、あの兎は動かないだろう?』


『あ~、見てて少し引くくらい仲いいからの』


『ふふ、嫉妬しちまうねぇ……ま、どこかで借りを作れたらカマかけてみるさ』



 雰囲気はバーで密談を交わすハードボイルドなものだが、中身は「私、A組の加藤くんに告白しようと思ってるんだけど……」って雰囲気ガッツリなラブストーリーである。

 あまりの温度差に風邪でもひいてしまいそうだ。



『さて、ちと話しすぎたねぇ。ルーレットの現状も知れたし、アタシはおいとまさせてもらうさ』


『次からはちゃんと正面から来るんじゃぞ?』


『へいへい、わぁったよ』


『おみゃあら、その返事本当にそっくりにゃ……』


『そりゃあ嬉しいねぇ』



 そこまで話した所で、不可視ながらも感じていた気配が消え去った。

 その名残も人々が行き交う喧騒に飲まれ、その場にさっきまでナディアがいたという事実がなくなっていく。



『……まったく、底が見えんのはどっちじゃ。あの化物が』



 ギルネコは、小さく呟く。

 そして、角兎の未来を包む暗黒に、くわばらと念仏を唱えるのであった。



「……というわけで、俺はオヤジの技術を世界に広めるためにですね~」


「すごいですね! 応援しちゃいます!」


『って、おみゃあらはまだ話しとったんかい!?』

 

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