第14話「現代人の敗北」

 

「……と、いうものではないかと、思います。もちろん、確証はないのですが……」


「いもち……カビによる病気、ですか」



 坊っちゃんが言葉を紡ぎ、二人が聞き入る。

 ひとまずの原因と、不確定な対処法。それを反芻するように村長は考え込んでいる。

 おっさんはこの件に関して、既に俺たちに一任している。口を出すつもりはないだろうが、パッとしない答えが帰ってきたが故にどこか不安そうだ。



「……すみません、ここまでしか、お役に立てることはないと思います……。ひとまず、葉や茎を総当たりで調べ尽くし、被害にあっている稲に対処しなければ……」



 坊っちゃんが俺を撫で始めたのは、不安の現れなのだろうか。前足の付け根を爪先で擦られる感触は、こそばゆくも心地よい。

 まぁ、俺の心境的にもそこまで悦に浸れないのが残念だ。



「お待ち下さい、テルム様」



 俺を撫でたまま、村人に人手を借りに行こうとする坊っちゃんに対して、村長が声をかける。



「カビ……この病の原因は、カビで、間違いないのですか? 湿気たところに発生している、あの?」


「ぇぁ……さ、さっきも言った通り、断定はできません。しかし、湿気によるカビの繁殖……それにより枯れ始めた可能性が高い、と……」



 改めて、俺の突飛な知識を坊っちゃんが説明する。根拠など無いも同然なのだから、言葉を紡ぐ度に泣きそうになっている。

 しかし、俺はそれにすがるしかない。異世界知識だなんだと宣いつつも、知ってなきゃ意味がない訳で……俺が知ってるのが、これだけだから。



「ふむ……」



 村長が、坊っちゃんをじっと見つめる。

 坊っちゃんは思わず視線を反らそうとして……村長の頭上を見てしまい、目を見開いた。そのまま申し訳なさそうに瞳を細め、ゆっくりと視線を元に戻す。

 逃げられなくなった視線の先に迎え撃つ、村長の視線と交差して……



「素晴らしい! テルム様、貴方は救世主だ!」



 村長は、満面の笑みを浮かべていた。

 坊っちゃんの肩を掴み、顔をずずいと近づける。喜色満面の相貌には活力が満ち、先程までの不安げな様子は感じられない。

 っというか! お人形みたいな美少年に中年が迫る図は非常に危ないですよ! 事案ですよ事案!?



「え、あ、え?」


「領主様、後は私共におまかせを! このいもちなる病、必ず抑えてみせましょうとも!」


「ほ、本当かね村長?」


「ぼ、僕ほとんど何も言ってないんですが……」


「原因さえ究明できさえすれば、対処は可能です。我々の人生においての経験、今こそお見せいたしましょう!」



 お、おう? なんか知らんが、一気に元気になりゃあがった。

 これは、どうにかできる、のか?



「さぁ、そうと分かれば準備をせねば! 誰か、人を呼んでくれ! 女達を集めて、あれ・・を用意させるんだ!」



 村長は、跳ねんばかりの勢いで村に戻っていく。

 俺ら三人は、ぽかんとしたままその背中を見送るしかなかった訳で……。

 ついつい、空を見上げてしまう。山の向こうから顔を覗かせる入道雲をバックに、尾っぽが異様に長い鳥が、つがいで飛んでいるのが見えた。

 あぁ、夏なんだなぁ。思わず、そう現実逃避してしまうのであった。





    ◆  ◆  ◆





「お待たせいたしましたぁ!」



 村長が戻ってきた。その後ろには、何人もの男女がいるのだが……そんなことよりも目につくのは、その人達が連れて来ている動物だ。

 見た所、牛にしか見えない奴が荷車を引いているんだが……普通の牛には、頭が2つもないと思うなぁ。


 そんな要素が無ければ普通に黒毛和牛なのに、何ですかコイツは。 魔物でしょうね! でしょうけどね!



「え、二頭牛エティンカウなんて連れてきて、どうしたんです?」


「いや何、希釈の分量に関しては少々わかりかねましたので、テルム様のご意見も伺いたく! こうしてまとめて持ってきた次第でして!」


『ンモ~、人使い荒いんだからぁ』


『やぁねぇ、こうされると興奮するんでしょう?』


『やだぁん! 右ちゃん下ぇ品!』



 二頭牛なる魔物は、鼻を舌で舐めながら互いにオホホと笑いつつこっちに歩いてくる。

 俺にもコイツの言語がわかるって事は、知能がそこそこあるタイプなんだな。

 ……雄、ですよね? 深くは突っ込まないでおこう。


 魔物の中には、こうやって会話が成り立つタイプと、まったく無駄なタイプがいる。まぁ、中には念話でぶっ込んでくる猫もいたが……。



「テルム様! これこそが我々の考えた対処法にございます!」



 村長がにんまりと笑い、女性が二頭牛の引いてきた荷車に手を出す。

 その上には樽が乗っており、液体を器ですくい上げているのが見てとれた。

 ……くっせぇぇ! なんだこれ!?



「う、村長、これは……?」


「領主様、これは虫除け水にございます」


「虫除け?」



 なんか滅茶苦茶に何かしらが混ざった臭いするけど、なんだこれ?

 辛さに加えて、これは……ニンニク? 町の屋台で嗅いだのが混ざってる。

 後は、焦げ臭いのと、酸っぱいの……なまじ鼻が良い分、それぞれの匂いがわかってしまって大変だ。



「この虫除けは、コーン酢と炎の実、ガンクの根と木酢液もくさくえきを混ぜた物です。作物についた虫を、作物が弱らないまま追い払う事が出来るのですよ」



 ごった煮だな。炎の実はたしか、トウガラシみたいに辛い実で、ガンクがこの世界で言うニンニクみたいな奴、だっけか。

 木酢液は、知らん。なんだそれ。



「だが、今の症状はカビによるものなのだろう? 虫除けでは……」



 おっさんの疑問に、村長は笑みを深める。



「この虫除けには、もう一つの使い方があります。昔、この液を台所でこぼしてしまった者がいたのですが……そこを拭き上げてからしばらくすると、カビが薄くなっていたのに気が付いたのです!」


「なんと!」


「それ以来、この村ではカビ防止にも使っている家があります。あまりに臭いが強いので、使う者は少ないのですがね」


「だ、大丈夫なのかね? 本当に?」



 いや知らんし。酢とかニンニクがカビに効くとか初耳ですし。

 けど、確かに酢なら影響はないかもしれん。あれって成分クエン酸とかだろ?

 今カビてる奴は消しきれんとしても、これ以上の蔓延を防ぐ事は可能、なのか?



『ど、どうなのかな、カク?』


『……意外と、いけるかもしれん。少なくとも、希釈すりゃあ稲に害は無い、と思う』


『そ、そうなんだ……!』


『もっとも、既にカビてる奴には、さっきの対処が必要だろうけどなぁ』



 まったく、何が異世界転生者だ。俺が何をしたっていうんだろう。

 この世界で、この土地で、全力で生き抜いてきたこの人達に、ただの知っていた・・・・・人間が敵うはずがないのだ。

 見つけ、考慮し、閃き、試す。子々孫々とそれを繋いできた彼らの知恵には、敬服の念を覚える。



「……お父様。やってみましょう! これは、行けるかと!」


「テルム……うん、わかったよ。責任は私が取る。この件は君たちに任せるから、好きなだけやってみなさい」



 おっさんからのGoサインも出た。

 それからはもうてんやわんやだった。


 人手を集め、まずは仮称いもちに感染しているであろう稲を探す。わずかでも枯れている様子が見られる奴は対象だ。

 んで、枯れている部分を切除していく。軽い奴はさほどでもないが、多いやつに関しては、経過を見て抜くか否かを判断する。


 茎に感染した奴は、幸いにも10本程度で済んでいた。基準はわからんが、まぁ全体から見れば少ないと言える範囲なのではないだろうか?

 そいつらは申し訳ないが、抜かせてもらう。今後の為にも、不安の種は放っておけない。



「虫除けは持ったか!」


「こっちには回ってないぞ~」


「もう少し濃ゆい方がいいかねぇ?」


「最初は薄いくらいが良いんじゃねぇか? 稲が死んだら元も子もねぇや」



 皆が皆、この計画がうまくいく事を祈っている。

 だから、どれだけの可能性なんて考えない。やれるだけの事をやる、その意気込みがこちらからも伝わってくる。



「スンスン……フスッ」



 俺はというと、虫除け液の分量を均一にするための手伝いをしている所だ。

 知っての通り、角兎ってのは異様に鼻がいい種族だ。視力よりも強いのはまず間違いない。だから、一度液の分量を決めた水の匂いを覚えてしまえば、後はその濃さまで調節することが可能な訳だ。

 まぁこの激臭を嗅ぎ続けたもんだから、頭ん中がどんちゃん騒ぎになってる気がするが、その程度で弱音は吐いていられない。



『うぅん、貴方、すっごぉく頑張ってるのね?』


『男らしいわぁん、ホント、食べちゃいたいくらい♪』



 俺の脇を挟むように、2つの頭がじっと見つめているのを背中で感じる。

 落ち着け俺……今は振り向くな。平常心だ。

 少しでもリアクションしたら、間違いなくオネェ特有の謎空間に引きずり込まれるぞ……!



『ねぇ、あの子の名前、聞いてきなさいよぉ』


『やぁん、恥ずかしいわぁ!』



 うおぉぉぉ、鳥肌がぁぁぁ!

 いくら兎の数え方が羽だからって、俺ぁ大空を舞う気はちゃんちゃらねぇぞぉ!



「カクっ、もう全員に行き渡ったんだって!」


『まぁ、カクきゅんって言うのね!(アベちゃんボイス)』


『なぁんて凛々しいお名前なの! 滾るわぁ……(超絶イケボ)』



 ひぃぃぃ!? 坊っちゃん! ノー! 今はノウ!?

 後ろの気配はもはや殺気の域だよ! 関わったら俺、オネェにされちまうよ!

 だから、俺は即座に逃げることにした。



『そーぉかぁーよくやったぁ! じゃあ散布しに行くぞぉ今行くぞぉ! ここから離れて一目散に田んぼにとびこめぇぇい!!』


「え、いや飛び込まないけど……ていうか、二頭牛が凄い目でこっち見てるんだけどあれ何?」


『見るな! 目を合わせるな!』



 俺が坊っちゃんを促して田んぼに向かわせると、「「ぶふもぉぉぉん」」という至極残念そうな鳴き声が聞こえてきた。もう俺はこの村には近づくまい。そう胸に固く誓う。



「さぁ、それでは皆行きますぞぉ!」



 田んぼを囲むように揃う村人達の真ん中で、村長が声を張り上げる。

 各々ジョウロを手に持ち、田んぼを通過しながら虫除けを振りまくわけだ。



「我らの一代計画! 米農業の成功を祈ってぇぇ! そぉれ、へんらーやぁ!」


「「へんらーやぁ!!」」



 各々が、遠心力を利用し、巻いていく。

 俺たちの希望、全てを込めた、虫除け液を。



「へんらぁやぁ!」


「「へんらぁやぁ!!」」



 舞う。舞う。

 気持ちのいい謎の掛け声と共に、踊るように。歌うように散っていく。

 昔の農家さんも、こんな感じで農業していたんだろうか?



「……上手くいく、かな」


『まぁ、信じようや』



 その光景を眺め、俺達は息をつく。あとは、結果を待つだけだ。

 どのような結果であれ、受け止めるしかない。その上で失敗したとしても、泣き寝入りなんぞこの人達はしないだろう。

 何がいけなかったか、次はどうするか。それを考え、なお進んでいくはずだ。

 だから、信じよう。こんな人達が、浮かばれちゃいけないなんてこたぁない筈だ。



「へんらぁやぁ!」


「「へんらーやぁ!!」」


『……へんら~やぁ』


「んふ、へんら~やぁ」


「フシッ」



 農民たちが定めた上限一杯。その散布が終わるまで、俺たちはその光景を眺めていた。



 ……その後、俺達は村長の家に一晩厄介になり、後日村を後にした。





    ◆  ◆  ◆





『あれから一週間だなぁ』


「そだねぇ~」


『おっさん、見に行ってるなぁ~』


「そだねぇ~」


『もうすぐ帰ってくるなぁ』


「そだねぇ~」


『……なんで一緒に見に行かないのん?』


「怖いからに決まってるでしょう!?」


『あ~、まぁ、わかるけど……俺も心臓痛いもんな』


「あ~、あ~、枯れてたらどうしよう、あ~、あ~、ごめんなさいごめんなさい……!」


『やめろオイ、謝んなおい! 罪悪感がマッハになんだろ!』


「だいたい、カクがよく知らない知識を適当にバラ撒き過ぎなんだよ!?」


『俺のせいですか!? あぁそうだよ米とか俺のせいだよ! けど推し進めたのはおっさんと坊っちゃんですしぃ!?』


「なに、やんの!?」


『おうジョトだこら、吐いたツバ飲むんじゃねぇぞオォン?』


「今日こそ決着つけてやる! テレサ! テレサー!」


『おまっ! それはズルいんじゃなくて!?』


「勝てば官軍負ければ賊軍だぁぁ!」


『それ俺の生前のコトワザぁぁぁ!?』


「お教え頂き感謝のきわみぃぃぃぃ!!」



 ガチャ、ギィィ……。



「……坊ちゃま、旦那さまがお帰りになりましたが……」


「『っ!』」



 ドタァン! バンッ! ダダダダダダ……



「……行ってしまわれた……」



「『っ、よっしゃぁぁぁぁぁぁああああああああ!!』」



「……ホホ、ようございましたなぁ」

 

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