第6話「面接って胃が痛くなるよね」

 


「お待たせ致しました、お館様方! 坊っちゃまが手塩にかけて調理なさいました今宵のご馳走! どうぞ心ゆくまでご堪能くださいませ!」


「うん、無理を言って済まなかったねぇ料理長」


「いえいえ! 私も大変勉強になりました故! お気遣いお構いなく!」



 料理長が口上を述べ、おっさんが返事を返している間にも、給仕の姉ちゃんが食事を並べて行く。サプライズのつもりなのか、保温のつもりなのか、その全容は丸い蓋で隠されて伺えない。

 チビっ子、見えないからってやめなさい。蓋の前でクンクン匂い嗅ぐのはやめなさい。はしたないからやめなさい!



「さて、テルム。この中にお米を使ったメニューが入ってるんだね?」


「はい、そうですお父様。冷めない内に、どうぞめしあがれ」


「本当に食べれるもの入ってるの? スッゴクうるさかったんだけどっ」


「そうねぇ、警報かと思って焦っちゃったもの」



 女性陣はどうにも訝しげだな。まぁ仕方ないのかもしれんが、食う前から警戒してほしくないもんだ。

 なんのかんので、坊っちゃんの手料理と言っても過言じゃねぇ訳だしな。



「ふむ……では、いただこうか」



 おっさんの一言で、家族は居住まいを正す。

 いつものように、家族で食材に祈りを捧げる時間が過ぎていく。

 俺にとっては、採用面接に等しい時間だ。どことな~く、胃が痛い感じがするぜ……。



『不安?』


『正直な』


『……大丈夫、信じよう?』



 わかってる。やれるだけの事はやったんだ。

 これでダメなら、土下座してでも居座ってやるぜ……!



『潔く出てくんじゃないんだね!?』



 俺らがそんな脳内会話を繰り広げていく中、3人の手が蓋に伸びる。

 ……蓋を開け、中を確認した。



「ほう?」


「あら」


「ん~?」



 そこには、食器こそ違えど馴染みある、でもコレジャナイ感が漂う日本の食卓が顕現していた。



「これは、米をお皿に盛ってるだけじゃないかしら?」


「いや、しかし……煮詰めている訳ではなさそうだよ。ネア」


「黄色いのは卵よね。こっちはしんなりした野菜ね」



 できるだけ茶碗に近い深皿に、炊いた玄米をよそった一品。

 一回目の味見ん時は、やはり水を吸いきっていない為か少し固くなってしまっていた。

 けど、それを見て味わった料理長が、回復魔法の応用だかなんだかで米に水をいっぱい吸わせて調節し、なんとかご飯・・と呼べる段階まで持ってきてくれたのがコイツだ。


 米の生命力を上げて吸水を早め~とか、意味わからんこと言ってた。あの料理長、なんで男爵家でシェフやってんの?

 良い炊きあがりの時には米が立つって言うが、料理長が自分で一から炊いたご飯は、本当にその通りの出来栄えを見せてくれた。


 んで、もう一品は卵焼き。

 つっても、丸いフライパンで試してみただけの、ようは層になってるオムレツみたいなもんである。

 味付けは米に合うよう、塩にスープの出汁を加えた擬似だし巻き卵だ。もちのろんろん、料理長作。坊っちゃんは焦がした。


 最期は、浅漬。

 野菜をボウルにぶち込み、塩を少々くわえて揉んでいく。

 あとは皿なんか乗せて、重しをしておくだけ。独身に優しい簡単クッキング代表だ。

 本当にシンプルな塩味だけだが、これが米には合うと信じよう。


 しめて三種の和食もどき。味噌汁が無いのはご愛嬌! なんでって味噌ないからね!



「ほう、ほう……ふむ、いただこう」



 最初に動いたのは、おっさんだ。さじを手に取り、米の小山をほぐすようにすくい上げる。

 一気に大口でいくのではなく、様子見といった量を取り、口に含んでいく。

 もむもむと咀嚼しつつ、口内の味を確かめているようだ。



「…………んっ」


「ふぅん。あむ」



 それを見て、お母ちゃんとチビっ子もようやくご飯に口をつけた。

 ……しばしの無言が続く。

 今、彼らの口内では、米がそれぞれ抱き合っている状態から唾液に絡み、ほぐれていっているのだろう。

 一粒一粒を奥歯で噛み締め少しずつ堪能していけば、玄米の臭みの中にきっと米本来の甘みが見つけられるはずだ。



「……素朴ね」



 最初にそう言ったのは、お母ちゃんだった。その瞳には、少々の落胆が見て取れる。



「確かに、煮込んだもの以外のお米を食べられたのは新鮮だけど……それだけじゃないかしら? ほんのり甘いのは認めるけど、臭みの方が強い。強い味がある訳ではないし……」


『米に砂糖みたいな味があったら主食にならんだろうが!? 味が欲しけりゃチャーハン作ってろや!?』


『カク、聞こえてないからって念話で愚痴んないでよぉ!』



 俺がイメージの中でお母ちゃんにガンたれながら内弁慶なパッションをぶちまけている中、チビっ子は何も言わない。

 いや、というより、もくもくと飯食ってるんですが……。



「ネア、おそらくだがこれは、パンと似たようなものだ」


「え?」


「そのオムレツと一緒に食べてみなさい」



 オムレツじゃなくて卵焼きなんだがな。まぁ、初めて見る人にとってはオムレツか。

 お母ちゃんは、おっさんの言葉を素直に聞き入れて卵焼きに匙を伸ばす。

 程よい大きさに切って口に含み、数回咀嚼して「あら、美味しい」と口にしながら、お米を食べる。



「……あら、まぁ」


「うむ……程よい塩気と旨味、そして絶妙な歯ごたえのオムレツと一緒に食べると、お米の風味と卵の味が混ざってより良い味わいになるね」


「えぇ、こんなにも味が引き立つなんて思いもしなかったわ。このオムレツも、初めて食べる食感ね」



 更におっさんは、浅漬けをカリッと一口齧ってポリポリ味わい、その倍近い米を口に運ぶ。

 この野菜は、パナペっていう野菜らしい。翻訳されてないって事は当然、この世界特有の野菜なんだが……食感や水分量的には、キュウリに近い。見た目はアスパラみたいなんだけど。

 だもんだから、咄嗟の思いつきで浅漬けにしてみたんだが……おっさん的には、正解だったらしい。



「パナペをこうして食べるのは、幼少依頼だなぁ。塩だけつけて生で食べる贅沢はなんとも言えないよ。けど、これは少し水分が出ているねぇ?」


「は、はいっ、浅漬けっていうやり方で、塩を振って揉むだけで出来るんですっ」


「ふむ、さっぱりしていて、なおかつこれも米に合う。塩が引き出したパナペ本来の味が、米の旨味に絡んで口の中に広がるよ。一度味覚がリセットされたような、新鮮な心地だ。またオムレツと絡めて食べたくなってしまうなぁ」



 おっさん、グルメリポートすげぇな。

 俺、なんか腹減ってきたんだけど?



「料理長……これは、米が主食足り得ると判断できる料理だね?」


「お館様の意見に同意いたします……!」



 今まで黙っていた料理長だが、おっさんに話しかけられると心底嬉しそうに一礼する。



「本来、煮込むことでしか調理できないと考えられていたこの食材。しかし、今回のようにそれ本来の味をそのまま味わえるように調理できさえすれば、その奥ゆかしき旨味と甘みが他の料理を引き立てる素晴らしい主食足り得る! と、私も判断した次第でございます」


「そうだねぇ。それにこれは、思いのほかお腹にも溜まりそうだ」


「ご存じの通り、火を通していない状態のものは、保存状態さえ良ければ腐ることは滅多にありません。もし栽培に成功し、備蓄や輸出ができるようになれば……飢饉などにも対応できましょう! 更に、この独特の臭みも取る方法があるのだとか!」


「ふむ、なるほど……教えて欲しくば、ってことかなぁ」


「あはは……」



 政治の話なんぞおれは知らんが……さっきから卵つついてるお母ちゃんや、おっさんたちの反応を見るに、悪くない結果に終わりそうな気がしてくる。

 俺、合格? 合格っすか!?



「料理長!!」



 うぉお!?

 今まで黙ってたチビっ子が、急に大声を上げやがった。

 なんだ? この状況で余計なことして場をかき回すのだけはやめてくれよ?



「いかが致しましたか? お嬢様」


「………くは?」


「はい?」



 俺を含む全員の視線が集まる中、チビっ子は言葉を紡ぐ。

 一体、何を考えて……



「お昼の肉は、余ってるのかしら!?」



 …………。


 一瞬の沈黙。だが、それを破ってコトリと音が響く。

 見ると、給仕の姉ちゃんが、相変わらずの無表情のままチビっ子に猪肉の香草焼きを提供していらっしゃいました。



「あぐっ!」



 それを見るや否や、チビっ子は大口で肉にかぶりついた。

 数回の咀嚼の後、もはや我慢出来ぬとばかりに皿を傾け、ご飯をかき込んでいく。

 全力、かつ最も美味いと断言できる、肉と米のコントラストを味わう最適解のような食い方と言えるだろう。



「て、テレサ?」


『話しかけるな坊っちゃん、巻き込まれるぞ!』


『え、何に!?』



 チビっ子は、食の中で気づいたのだ。米は、コッテリ系の肉料理と抜群に合うであろう事実に。

 それは悪魔的発想……一度味わえば戻ってこれぬ、禁断の果実。しかし、チビっ子はその修羅に、躊躇なく飛びついた。

 今この瞬間、チビっ子は歩み始めたのだ。デッドor脂肪アライブかの、終わりなきミートライスロードを。



「…………んっ! ……おかわりぃ!」



 俺と坊っちゃんの、初めての面接。

 それは、チビっ子の爆食と共に幕を閉じたのであった。





     ◆    ◆    ◆




 

 食事の後ってのは、不思議な停滞感が場を支配するもんだ。

 その時間に何をするかってのは、個々人に許された自由の象徴であると、俺は思う。

 人によってはコーヒーを嗜むだろう。人によっては、片付けもそこそこに横になるだろう。

 何をするも自由、何もしないも自由。

 だから、こうして食堂に残りながら家族で語り合うというのも、また自由が生み出した一つの奇跡なんだと思う。



「美味しかったよ。テルム」


「えぇ、最初はどうかと思ったけども、終わってみれば満足感に包まれたいい夕餉だったわ」



 おっさんとお母ちゃんは、茶をしばきながら満足そうにテルム坊っちゃんに語りかける。

 その瞳に昼間の剣呑さ、そして我が子を心配する光は感じられない。



「お腹いっぱい……」



 チビっ子よ、そりゃあ肉をおかずに3杯もご飯もおかわりすれば満腹にもなるだろう。

 その体のどこに米が入ってんだ? ってくらい食ってたからなぁ。



「ありがとうございます。そう言っていただけると、頑張ったかいがありますよ」



 坊っちゃんもまた、おっさん達と同じ茶を嗜みながら微笑んでいる。

 片付けは給仕の姉ちゃんがいつの間にかやってくれてたし、料理長も席を外して今はいない。

 本当の意味での、家族団欒ぶっちゃけトークの時間だ。



「さて、テルムがここまでしてくれたんだ。私達も答えを出さないといけないね、ネア」


「えぇ、そうですねアナタ。正直、私はまだ不安なんだけど……」



 さぁて、答えはどうなったやら。

 手応えはあった。しかし、その結果がどうなるかなんてとてもじゃないがわからない。

 余裕ぶっこいて待ってた結果、採用見送りになってリクルートスーツを壁に叩きつけた事なんざ五万とある。


 どんな答えでも受け止める、そんな崇高な精神なんぞこちらは持ち合わせてないんだ。理不尽だと嘆き、さらなるチャンスを強欲にねだる準備は整っている。

 今なら、会社員時代に培った土下座テクもキレッキレで披露できることだろう。



「お聞かせください、お父様、お母様。カクはこうして、己の価値を提示しました。それが強さを度外視するに値するのか、否か」



 坊っちゃんの言葉におっさんが頷く。その顔は父親としてというより、領主としてのものではないか。そう思えた。

 僅かな沈黙。親子の間に流れる、静電気のようなチリつき。



「……認めるよ。カクくんを、我々の家族としてね」



 そして俺の脳内は、「勝訴!」の紙を広げ走ってくる兎達に塗りつぶされた。

 いよっしゃ! うぉぉ! フォォォォウ!!



「正直、今回の夕食がカクくんによるものかは、判断がついていないんだけどねぇ」


「そうねぇ、あの料理長の突飛な思いつきという線もあるし、単純にテルム、貴方が考えた料理であるという可能性もあるわ。私としてはそっちを押したいんだけども……」



 もはや両親の言葉なんぞ俺の耳には入っていない。

 今や頭ん中はサンバカーニバル状態。和太鼓の爆音と共に全身を揺さぶる兎達が、ディスコキングも真っ青の魅惑的腰つきをくりだしているのだから聞こえる訳がない。



「しかし、どちらにせよこれは、テルム自身が成した事だ。契約獣を守る為に、君は才を我々に示してくれた。その結果は重く受けとめ、要望を聞き入れなくてはならないよねぇ」


「あ、ありがとうございます! やったねカク!」


『おぅ! 肩の荷が降りたってもんだ!』



 これで、俺の積年の夢であるぐうたらイズジャスティスな生活に文句は言われねぇ!

 免罪符を手にしたとは、まさにこのことである。



「テルム。その角兎ホーンラビットについては、君に一任すると我々は決めた。結果として、君は生き難い道を選んだ事になる」


「は、はいっ」


「だが、君の相方が本当に知恵者であるのならば、どんな苦境も二人で乗り越えられるはずだ。頑張りなさい」


「はいっ!」


「フスッ!」



 こうして、俺は家族に受け入れられ、名実ともにテルム坊っちゃんの契約獣となった。

 マンガや小説だったなら、「ここからが、伝説の幕開けだったのである」とでもナレーションしてしまうような肩書を手に入れたわけだが……俺はそんなもんに興味はない!!


 坊っちゃんの庇護に甘んじて、ガンガンに怠けさせてもらうとするぜ!


 春の風を肴に昼寝し、夏には川で涼む。秋には実りを平らげ、冬は暖の側でまた寝続ける。

 これからが楽しみで仕方ない。俺の、俺達の怠惰な日常は、これからが本番なんだ……!

 


「……デブ兎、米以外にもなぁんか知ってそうよね……これは、是が非でも美味しい物を絞り出してもらうしかないわね」



 ん? よく聞こえなかったけど、なんだか悪寒と冷や汗が止まりませんがこれいかに?

 

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