MUSHROOM_GIRLs All in the golden summer

carbon13

一話

 これまで彼女たちについてわかっていること。


1. 変異は不可逆であること。


2. キノコは感情を表すこと。


3. 元々の宿主の記憶はないこと。


4. おおむね友好的であること。


5. 感染した男性の行方は不明であること。


6. 総体意志を持つこと。それに強制力はないこと。


7. 発生源は不明であること。


8. 彼女たちとの接触によって感染すること。


9. 人類はそれを受け入れること。


10. 人類の3割が感染していること。



 思い出だけで生きていこうぜ。末期人類の人々はよくそう言った。


 あの頃の人類は文明の絶頂にいた。土くれから食料を合成する方法が発明され、物理学は究極に行き着き、娯楽はバーチャルにリアリティに多方面が開発され、とにかく考えうる限りの可能性が追求されつくした。

 

 その時の人類の贅沢ぶりは、今の人類にとっても語り草である。最後の食べ物コンバータ! 脳の感覚を制御して誰にとっても完璧に美味しい栄養食を実現させた。空気中のウィルスを除去するエアネット。人類は病気粉塵とは無縁になった。VR遊園地はAIが毎日新しいアトラクションを生成するメタ空間で、毎日行っても飽きなかった。その他にもエトセトラエトセトラ。


 誰もがこの進化が永遠に続くのだと思った。発展速度が増えていくだけでは誰も驚かなかった。もはや加速度が正でないと成長とは呼べないほどに人類は成長していた。それは喜ばしくもあった。だが成長し続ける赤子などいない。そこから余年、被子植物を押し退けるように、やがて菌が下から花開くように文明は衰退し始めた。


 最初はエアネットの不具合だった。世界各地の街で風邪にかかる人間が増え、政府はその対処に追われることとなった。病気という観念が失われてから数世代経って久しい。21世紀ではその辺にいるような常在菌で人々は簡単に倒れてしまった。できる対抗策もあまりない。もう少し時間があれば誰かが解決したかもしれないが、それより先に滅びが来るのが早かった。


 アメリカのミドルスクールでシメジに覆われた女子生徒たちが現れた。日本人ならシメジは食べ物だと思われるかもしれないが、その姿を見たアメリカの人々の驚嘆たるや……。その姿は全米にテレビ局を通じて報道された。彼女たちへのインタビューの記録は今でも残っている。


「あなたは元のエミリーさんですか? それとも……エイリアン? 宇宙から来て侵略を狙ってる?」


『……エミリーだよ』


「それにしては無気力だと思うわ。あなたラグビーの応援団でお馴染みだったじゃない。あの頃のエミリーはどこへ行ってしまったのですか?」


『どこにも行ってないよ。今もここにいるし』


「思うに、あなたの頭のマッシュルームが無気力を招いていると思うんだけど……」


 その時、レポーターの女性は彼女の頭に触れようとした。すると、少女は割合に素早く動いて頭を抑えるようにした。少し触れられたことに気づくと、その両目からは涙がながれ始めた。中学生とはいえ、身長が170cmあるナイスバディなチアリーダーだ。それがまるでオモチャを取られた子供のようにわめき始める、その様子にレポーターは呆気に取られてしまったようだ。彼女はしばらく無言をカメラに垂れ流した。


「彼女たちは人格を奪われた被害者であるとは言えません。と同時に、我々にとって理解が及ばないような存在であることは確かです。果たして、これはどのような神の思し召しなのでしょうか」


 レポーターが呆気に取られているうちに、〈彼女たち〉は拡大を広げていった。これに対する人々の反応はさまざまだ。陰謀論と言って冷笑する人間、興味関心から積極的に近づく人間、傍若無人な拡大に反抗する人間、気がつけば周りがキノコだらけになっていた人間。現状維持を謀って集まってみたり、自然主義になって農村の生活を楽しんだりもした。


 国を挙げて排除運動が起こったこともあった。キノコの生えた女性がトラックに運び込まれていく風景。権力者の強い国々を中心にその景色はよく見られた。彼女たちはやんわり抵抗したが、ほとんどはなす術なく運び込まれていく。無気力で基本ぼーっとしている生き物だ。それは末期に至ってもかわらなかった。いじめられたりもした。石を投げられ、水をかけられているあたりは無視を決め込んでいたが、キノコを引き抜かれた少女は、まるで張り詰める糸が切れたように動かなくなった。それが彼女たちの弱点なのだ。人類は気づいたが、かといってその弱点を積極的に応用していくような気持ちにはなれなかった。この世界はゾンビ映画ではないのだ。彼女たちは同胞が失われるたびに一応悲しみを感じた。涙を流して、死体に寄り添った。埋葬をしたりはしない。恋人とベッドで寝るのと何ら変わらない様子で、隣にいるだけだった。


 彼女たちの周りでは色々なことが起きていたが、それでも皆でたたずみ続けた。何をするでもなく、ただ隣人であろうとした。


 やがて、彼女たちは隣人であることに成功した。



 静謐が不可思議に透き通っている。国家は取り払われ、かつての栄華はどこにもない。最後の完全食は最後でもなくなり、菌類を濾過するエアネットなどはとんでもない。色めきたった娯楽はなくなって、午後の時間にゆっくりと釣りをすることが人々の生活になった。エアネットなど無い方がかえって空気が綺麗なんじゃないだろうかと、生き残った7割の人類の大半が思った。都市の瓦礫がしばらく水を流し続け、それが清流のようになって海に注ぎ、そして都市はただの景観になった。人類文明の遺産はいくつかの高耐久を誇るものを除いて、植物に侵食され、粉塵に削られて、水に流されて消えようとしている。


 人類は全員で微睡んだ。今更どうしようもないというのがほとんどの人の実感だが、かえってこの生活の方がいいという人もいる。それにいい友人もできたのだ。今では皆キノコを生やした隣人のことを「マッシュルームガールズ」と呼んでいる。彼女たちは滅びのあとも隣人であり続けた。彼女たちは無気力なので加速度的な成長をしていく人類たちに付き合うことはできなかった。だが、やっと緩やかさを手にした人々にとっては良い友人だった。


 人々が陽の光を浴びながら作物を得ている。品種改良がされたキャベツは、どんな土壌でも簡単に育つ。豚を飼うのだって比較的簡単だった。かつての文明は、忙しかった。気軽に取れる完全食は、空いた時間を有意義に過ごさないといけないという強迫観念をばら撒くものでもあったのだ。人々は、滅んでやっとどうでもいい時間というのを手にした。


 毒々しい赤色の制服を着た少女がおぼつかない足取りで瓦礫の周りを走っていく。別に何か予定があって急いでいるわけではない。キノコ同士で鬼ごっこというわけでもなさそうだ。あたりに他のキノコも人もいなかった。おそらく意味などはない。少女はかけっこにすぐさま飽いて着ている服をいじりはじめた。元から空いていた穴を広げていく。鳥たちが近づいて絵になる風景がそこには出来上がっていた。


 雨も、雪も、光も、漫然と過ぎていった。雨は冷えていたがそれ以上の意味はなく、雪も寒かったがそれ以上の意味はなかった。キノコにとって、そして呆然と空を眺める人々にとってもそうだった。


 キノコの少女が寄り集まって、何もしないでいる。ぼーっとして、時として体を意味もなく触り合った。すべすべの体は肌触りがよかった。少女たちは時折、無意味に集まって人っぽいことをすることもあった。水を汲んで飲まなかったり、草をとって食べなかったりした。人々はそれに意味などないのだろうと思った。実際、それに意味などなかった。


 背中から生えた傘のようなキノコを持つ少女。それは活発に動いていた。特に意図などはないのだろうが、たまたま図書館の残骸に入り込む。キノコにはちょうどよく湿っていて、書籍にとってはちょうどよくなく、大半の本は台無しになっていた。図書館の入り口に傘をぶつけて、ちょっとしかめっつらをする。でもそれだけだ。何とか傘をいじって狭い本棚の間を通り抜ける。この少女は何の本を探しているのだろうか。昔の文明のある人がそれを見たら思うに違いない。少女は、意味なく本の背表紙に触って、意味なく本を取り出して、図書館の水色のベンチに座った。それはたまたまキノコの図鑑の本だった。本当にたまたまだった。特に背表紙を熱心に見ていたわけではない。本の中には色々な種類のキノコが原色で描かれていて見目が良い。


「何かお探しですか?」


 図書館の案内ロボットが本当に偶然に、とっくにシステムは遮断されているのにもかかわらず、人影を感知して起動していた。


「むー。あなたはロボット?」


「はい。私は物理記録保存センター管理システムζ列13番機、通称"シショクン"です」


「ここは何?」


「ここは物理的な媒体で記録された情報を保管する場所です。書籍革命によってアナログなものは経済市場から放逐されて久しいですが、ここには全てあります」


「全て?」


「はい。この国の持ちうる全ての書籍を保管しております」


「漫画、漫画ある?」


「かつて週刊で連載されていた雑誌形式のものから単行本といってそれを再収録したものもあります」


「さいしゅうろく? 非効率的だなー」


 そう言って、自分が非効率の権化であることを無視しながら、傘を背中に持つ少女は言った。ロボットは壊れかけた手で、ぐしょ濡れですっかりと腐り切って、もはや本とは到底言えない有機物の塊を少女に見せつけた。


「管理番号: J466538383です」


 ロボットは、システムによる管理形式と実在する物理媒体の著しい、致命的な差を理解できなくなっていた。大半の本は、よく保存されていたのにもかかわらず、死んでしまっている。アナログ故の悲劇だろうか。だが傘を持つ少女は、大して悲観することなくその「本」を拾い上げる。かすかに紙質が残っていた。保護プラスチックの破片がギリギリまでそれを残していたのだ。


「あ・り・が・とー?」


 傘を持つ少女は、かろうじて読めそうな文字を拾い上げた。だがそれは実際に書かれていた文字からは見当違いの、全く適当なものだった。実のところ少女は、知っている言葉を適当に言っただけだ。


「ザザザ……昔は、その、ように、ガー、して、ガー……書籍を、読んで、ガー……いました」


 人類に対する学習プログラムが起動したシショクンは、滔滔と……とは言えないが、頑張って耳をすませばわかる程度に昔の人類の本の読み方を説明していた。


「へー、すごいね。これもきっと思い出、なんだね」


 少女は、近くの村の人々が言っていたことを思い出していた。それこそが思い出なのだ、とあやふやながらに点と点をつなげた。「思い出だけで生きていこうぜ」とは、それだけ頻繁に人類が口にしているセリフなのだ。


「楽しいなー、楽しいなー、思い出って」


 少女は楽しく話しかけていたが、目の前の人型コンピュータは完全にダウンしていた。沈黙をしていた。あるいは、彼も同様に微睡んだのかもしれなかった。


「あー、また消えちゃった」


 人が消えるということは、彼女にもわかっていた。虚しさだけが心に響くからだ。ロボットが死んだからといってその虚しさには変わりがない。彼女はロボットの遺体を背もたれにして、天井を眺めた。ぼろぼろの天井には穴が空いている。植物たちが繁茂しているが、図書館としての景観を害さない程度の数しかない。やがてここも埋もれてしまうだろう。少女にとって、それはロボットや人が消えたりすることと同じだった。


「消えて♪いくばかりだな♪」


 リズミカルに言葉を発しながら階段を登っていく。傘を壁に何度もぶつけて、特に多くぶつけた場所などは既に跡が残っていた。


「みんな♪増えない♪何でだろ♪何でだろ♪」


 屋上には、青空が広がっていた。キノコの少女たちが何度も目にした、意味のない青空だ。


「生き物は♪増えるのに♪」


 思い出は減るばかりだ──。少女はそう言おうと思って口を開けたが、発声するすんでのところで止める。そして、また歌い直した。


「思い出は♪今も増えていく♪」




 誰かが言った。思い出だけで生きていこうぜ、と。



 

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