故郷には何か居る

秋村 和霞

0話ー1


 コンクリートに囲まれた廊下の先に、電源の落ちた自動販売機が見える。ライトの光に照らされた、プラスチックのカバーが割れて中のサンプルが外に落ちた自動販売機は、それだけで不気味な印象を受ける。


「この秘密を知ったやつは仲間だ。今まではフウちゃんとユウコと俺しか知らなかったけど、特別にトザマのお前たちにも教えてやる」


 ライトの光を頼りに先頭を歩くシン君が偉そうに言う。親が昔からこの町に住んでるってだけで偉そうにするシン君の事が、僕はあまり好きでは無かった。だけど、シン君と仲良くすれば、いじめられる事も無いし、多少の事をしても先生に怒られることは無い。それに、こういう秘密を教えてもらえたりする。


 シン君は自動販売機のお釣りが出て来る所に手を突っ込んで、中から何かを取り出した。


「これが封印の鍵だ。土疼隠つちうずきの部屋には、この鍵で入れる。絶対に誰にも教えちゃダメだからな」


 シリンダー錠の鍵だろうか。安っぽい造りのそれをシン君は嬉々として見せびらかし、ポケットにしまうと、暗い廊下の来た道を戻り始めた。


「土疼隠って何?」


「ッチ。これだからトザマは」


 僕が尋ねると、タイ君が舌打ちをして僕を睨む。体格の良いタイ君に凄まれては、気弱な僕は黙るしかない。背中に荷物を背負っているから、殴りかかってくる事はないだろうが、それでも怖い物は怖い。同じトザマでもミマちゃんが聞けば答えてくれたかもしれないけど、わざわざ皆に土疼隠について聞いてくれと願いするのも気が引けた。


「土疼隠って土鬼の事でしょう?」


「……良く知ってるね、ミマちゃん」


 驚いたことに、僕の隣を歩くミマちゃんが答える。タイ君は背負った荷物の体勢を直しつつ、忌々しげに答えた。


「うん。山のおばさまが教えてくれた」


 山のおばさまという言葉に、皆が渋い顔をして黙る。彼女が時折話す「山で会った人」の話題に触れることは、僕たちの間ではタブー視されていた。


 しかし、土鬼ならば僕でも知っている。シン君やフウちゃんの家で見たことがある。あの逆三角形の顔が怖い置物だ。


「……着いたよ。ここが土疼隠の部屋だ」


 シン君が自信たっぷりの表情で扉を指さす。ユウコが持つライトに照らされて、額ににじませた汗が光る。なんだ、やっぱりシン君も怖いんじゃん。


 僕は今までのルートを反芻する。地下に降り、T字路を右に曲がった突き当たりに自動販売機が有り、そこから一旦戻って、さっき右に曲がった所を真っ直ぐ……つまり入口から見て左側……に進む。袋小路になっている突き当たりの奥から三番目の扉だ。


「ねえ、やっぱり止めようよ。今なら謝って済むかもしれないしさぁ」


 ユウコがシン君に言う。彼女はシン君と同じ、三家と呼ばれる名家の生まれだ。


 普段ならシン君もユウコの意見に耳を傾けたと思う。しかし、今日に限っては、簡単にユウコの提案を却下した。


「謝って許されれば、それで終わりの話じゃないだろ。それに、三家の子供の俺達は助かるかもしれないが、トザマのこいつ等はどうなる?」


 シン君は僕とミマちゃんとケン君を順番に指差す。


「……仲間は守るのが掟じゃないの?」


「だから、俺とお前とフウちゃんは大丈夫だ。タイは家が分家だから怪しいけど、俺らが口添えすれば大丈夫だろ。けど、トザマのこいつ等は庇う筋合いが無い。なんなら、俺たちの代わりに贖罪の山羊スケープゴートにされちまうかもしれない」


「さすがシン君! 俺たちトザマの事も考えてくれるんだな! ところで、スケープゴートってなに?」


 ケン君が調子の良い事を言う。シン君は僕たちトザマも守ると言っているが、実際のところ、大人を介入させない事で、少しでも自分に降りかかる被害を抑えたいだけだろう。


「ねえ、とっとと済ませようよ。ここ、前に来たときよりも嫌な感じがする」


 フウちゃんが肩を震わせながら言う。もしこれを普通の女の子が言ったなら、皆の気を引きたいだけなのかと思うが、よりにもよって神主の娘の言葉なだけに、皆の心に嫌な物がふつふつと沸き立つ。


「よし。それじゃあ、俺が鍵を開けるから、エイジは扉を開け。タイがソレを中に投げ込んだらすぐに扉を閉じろよ」


 僕の名前が挙がり、思わず竦み上がる。リーダー気取りのくせに、お前は鍵を開けるだけかよ。僕はそう言いたかったが、今は仲間内で争っている場合ではない。


 僕は前に出て、扉を見る。丸い銀色の取ってにシリンダーキーの口が一体になった、安っぽい扉だ。


 こんな管理されていない廃墟の、それもどこから見ても普通な扉が、本当にこの町に溢れる呪いを封印している場所なのだろうか?


 シン君はここに捨てれば、僕たちに影響する事はないと言っていた。


 本当に? 素人考えの思い付きじゃないか? 


「おい、エイジ! ぼーっとすんなよ。長いこと扉を開けてると、中に封印されてる何かが外に出てくるかもしれないだろ。一斉のせいの掛け声で、タイミングを合わせろよ!」


「あ、ああ。ごめん」


 僕はタイ君と目配せをする。彼も僕にとってはいけ好かない奴だ。いつもイライラしていて、ちょっとした事ですぐに暴力を振るう。


 けれども、良いところも多少はあって、僕が余所の学校の生徒に虐められてた時は、向こうの学校に殴り込みに行って窓ガラスを割りながら犯人を探し出し、報復してくれたり。今もアレをここまで運んでくれたのは彼だ。


 シン君が鍵穴に鍵を入れる。


「じゃあ、いくぞ。一斉のせい!」


 鍵が百八十度回り、カチャリと軽い音が鳴る。僕はシン君を押しのけ、取ってを掴んで扉を開く。


 瞬間、中から冷たい空気が漏れ出し、周囲が急に冷たくなる。クーラーでも掛かっていたのだろうか? いや、こんな所に電気が通っているハズがない。


 間髪入れずにタイ君が背負っている物を中に投げ入れようとする。しかし、ぎょっとした表情で動きを止める。


 僕は刹那的な好奇心に駆られ、殆ど反射的にその中を覗き込む。


 ライトの光に照らされた部屋の中にはおびただしい数の土鬼が設置されていた。その視線が扉の方に向けられており、思わず息をのむ。


 奥の壁には土鬼が置かれていない部分があり、そこには円の中に見たことのない文字のような模様が書き込まれていた。弓片に可が組み合わされたような文字に見えなくもない。周囲には八つの逆三角形が描かれている。何かのまじないだろうか?


「何をしている!?」


 シン君の怒号が飛んで、慌ててタイ君が背負っていた物を中に投げ入れる。そして僕が扉を閉めてシン君が鍵をかける。


 部屋の中からの冷気が途絶えた事で、すぐに夏の熱気が戻ってきた。肝試しで涼しくなるなんて嘘っぱちだと思っていたが、一体これはどういう事だろう?


「ねえ、部屋の中涼しくなかった?」


 僕が誰にと無く呟くと、シン君は呆れた様子で肩をすくめた。


「あの部屋を見て最初の感想がそれとか、やっぱお前は変わってるよ。……あの部屋の奥には、亀之山に続く洞窟があるんだ。今は色々あって埋め立てられてるはずだけど、日の光が一切入らない洞窟だから中は年中寒いんだとよ。きっと壁のどこかに隙間があって、そこから冷気が漏れてるんだろ」


 タイ君の説明を聞いて僕は納得する。やっぱり肝試しでは涼しくならないじゃないか。


「はい、おわり終わり! こんな湿っぽいところ、早いところ出ましょう!」


 ユウコが言って皆がわらわらと来た道を帰り始める。皆の口数は少なかったが、どこか安堵の表情を浮かべていた。当然である。皆の心を煩わせていたアレを捨てるべき場所に捨てることが出来たのだから。


 途中、例のT字路に差し掛かったとき、シン君は足を止める。


「……鍵、戻しに行かなきゃ」


 その言葉に皆の表情が曇る。僕たちの中には、この状況から一刻も早く脱したい気持ちが強くあった。そして、目的を終え廃墟からの脱出が目前に迫ったところでのシン君のこの発言だ。


「……私たち、先に出てるから」


 ユウコはフウちゃんに腕を絡めながら言う。こういう時に、ユウコはミマちゃんに声をかける事はしない。仲間うちの女性間のヒエラルキーはユウコがトップで次点がフウちゃん、最下位にミマちゃんといった並びだ。


 もっとも、ミマちゃんはそんなヒエラルキーを気にする子では無い。いくらユウコからマウントを取られても、仲間はずれにされようと、涼しい顔をしている。


 そんな態度もユウコの神経を逆撫でするのだろう。素知らぬ顔をするミマちゃんにユウコは食ってかかる。


「ミマは今日、何もしてないんだからさ。アンタ返して来なさいよ」


「……別に良いけど」


 ミマちゃんの言葉にユウコはニンマリと笑みを浮かべる。しかし、シン君が首を横に振る。


「三家の人間以外にこの鍵を任せられる訳ないだろ。俺が返してくるから、お前等は先に出てろ」


「一人じゃ怖いでしょ。私も行くよ」


 ミマちゃんにも傍観しかしてこなかった引目を感じているのだろうか。ユウコの指摘も無関係では無いだろうが、彼女はその理由を付け加える。


「山のお姉さんに、シン君の事頼まれてるから」


 皆の間に微妙な空気が流れる。また山の話だ。一日に二回も山の話をするのは初めてではないだろうか?


「あ、それなら僕も行くよ」


 何となく、シン君のミマちゃんが二人になるのが嫌で僕は思わず手を挙げる。


「よし。それじゃあ、俺とミマちゃんとエイジの三人で鍵を返してくる。他の奴らは外で待っててくれ。野犬に子供が襲われた事件がこの辺りであったらしいから、外に出ても注意してろよ。ケンはそのライトを寄越せ」


 きびきびと話をまとめる辺り、シン君はリーダー気質だと思う。もしも僕だったら、どうしようと右往左往しているだろう。


 ユウコ、フウちゃん、タイ君、ケン君。この四人が出口に続く階段を登り、僕とシン君とミマちゃんが残る。


「とっとと済ませて俺らも帰るぞ」


 シン君は受け取ったライトを僕に渡して先を進み始めた。


 

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