第21話

何処までも続く青い空、雲一つ無い上に秋になり、少し気温が下がったお陰で今日は絶好の運動会日和となっていた。


チラリと保護者席の方を見ると、百合さんの膝の上に座っている夕夏が笑顔を浮かべながらこちらに手を振っていた


僕も夕夏に手を振り返し、視線を今行われている競技に向ける。


今は1年生たちが綱引きを行っていた。


僕が所属している3組は今の所、他3クラスから少し負けている。


周りの生徒たちが綱引きをしている生徒に大きな声援を送っている。


そんな彼らを横目に僕は優斗を介抱していた。


2つ前に行われたレクリエーションの借り物競争にて優斗はかなり無茶なお題を出されたらしく、元々体の強くない優斗は、お題の物を探している間に倒れてしまったらしい。


僕もその時は、物を借りに別の所に行っていたからその時の事は良く分からないのだが、目の前で項垂れている優斗はとても辛そうだ。


「昇太…俺はもういい、応援、行ってこい。」


「何を言っているんだ、見るからにつらそうじゃないか、ほら、水だ。」


そう言って先生から渡された水を手渡すと優斗はゆったりとした動きで水を飲み始めた。


幾ら気温が低くなったとは言えまだ動くと暑いし、日差しは強い。


体調が悪くなってしまうのも仕方ないだろう。


するとクラスの皆がこっちにやって来た。


「星巳、次の種目の騎馬戦だけど…お前出れるんだよな?」


「ああ、出来るよ。」


そう、冒険者である僕は本来であれば競技に参加することは出来ない。

しかし、レクリエーションの借り物競争と騎馬戦だけは参加が認められている。


勿論、騎馬戦にはちゃんとハンデが付けられる。

冒険者として活動している者は騎馬を3騎までしか攻撃することは出来ない、というハンデだ。


実はこのハンデ、今年から設けられていて、その理由は…


「いやーマジで助かる。なんたって相手にはあの二条さんが居るんだからな。」


まぁ、何となく察しが付いていると思うが、この騎馬戦、男女混合なのであのハンデは綾が無双しないようにする為の措置なのだ。


恐らく綾の騎馬は相当強い…という訳ではないだろう。


取り合えず接近さえできれば勝ち確定なのだから…。


はぁ…キツイな。


綾の強さを分かっているからこそ現状が如何にヤバいかが良く分かる。


しかも、綾が所属する2-1には樋山さんも居る。


兎に角この状況を覆すためにも優斗にも力を借りたいが…


「あぁ…頭痛ぇなぁ…。」


……流石にここまで弱っている人を動かすわけもないしな…。


突然、颯斗が手を叩いて注目を集める。


「取り合えず、昇太は二条さんを相手にしてくれ、少なくとも俺の勘だが…加瀬よりも善戦しそうな気がする。」


「何だそれ…」


思わず口に出てしまった。


すると、他の男子が茶化すように言ってきた。


「そうそう、流石の二条さんでも旦那に手を出すわけないって。」


他の女子もその言葉に同調するように言った。


「そうね、あの綾ちゃんでも星巳君には手加減するでしょ。」


何だか好き勝手言われているな…。

良く分からんが、加瀬は凄まじい形相でこちらを睨んできている。


兎に角、訂正しなくては…。


「おい…何を言って…「まぁまぁ……兎に角、昇太は二条さんの相手する!それで決定!」…まぁ良いか。」


何だか無理矢理流されたような気がするが…気にしないでおこう。


「――…うわぁぁぁっ――!!」


話が纏まると丁度良く生徒たちから一際大きな歓声が上がった。


「おっ、順番が来たみたいだな、それじゃあ、皆!行くぞーっ!」


颯斗が号令をかけると他の皆も声を上げて応じる。


そんな中、僕は静かに自分がやるべき事を考えていた。


僕の役目はただ一つ、綾を足止めすることだ。

足止めに失敗すれば、僕、颯斗、加瀬のハチマキが取られて、ゲームセットだ。


……良し、大きく深呼吸をして…準備は万端だ。


多くの生徒たちの熱狂に包まれる中、騎馬戦が始まろうとしていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



優斗が体調不良でいなくなった所に先生が入り、バランスの悪くなった騎馬の上で昇太は緊張した面持ちで相手陣営を見ていた。


今から相手をするのは己の幼馴染でもある二条綾、ここ数週間の冒険者人生で最大の敵であった唯一個体が可愛く見える程の強敵、考えれば考える程、己の勝ち目が無いことに昇太は気付いた。


マイナス思考を掻き消すように力強く頬を叩き、昇太は己に喝を入れる。


中心に居る先生の「よーい」と言う掛け声の後、スターターピストルの発砲音が辺に響き渡った。


その瞬間、生徒たちは一斉に動き始める。


綾の騎馬は単身で敵陣へと突っ込んでくる。


昇太はそれを阻むように綾たちの前に立ちはだかる。


「ショウ…悪いけどここは通させてもらうわ!」


昇太は綾からの猛攻を紙一重で躱し切り、ある程度の距離を保ちながらなんとか時間を稼ぐ。


競技時間は5分、5分間耐えきれば昇太の勝利、昇太を倒して3組の中核を担っている颯斗と加瀬を倒せれば綾の勝利。


勝利条件的には昇太の方が有利だ…だが…。


「…っぐ!……あぶなっ!」


冒険者として鍛え上げられた綾の動きは、昇太の目には捉えることが出来なかった。


最早、五感は役に立たず、昇太は第六感の様な物を頼りに綾の攻撃を避け続けていた。


己の背筋を伝う気持ちの悪い感覚、それらから逃げるように昇太は攻撃をいなし、避け、一定の距離を取り続ける。


「残り、3分!現在は3組が優勢です!」


放送の生徒がそのように実況するが、昇太の耳には時間以外の情報は入ってこなかった。


先程までの攻防を経て、過ぎた時間はたったの2分。


昇太は自分の背中に冷たいものが走るのを感じた。


「そう…あんまり時間が無いわね…。」


綾はそう言うとゆっくりと瞳を閉じる。


辺りの空気感がガラリと変わり、昇太の脳内には大きな警告音が鳴り響いた。


(考えなくても分かる。あれは…ヤバイっ!)


綾の騎馬から大きく距離を取ろうとするが、すぐ後ろに2組の生徒の騎馬が複数やって来た。


タイミング悪く退路が塞がれ、昇太は最後まで足掻こうと覚悟を決める。


「うおぉぉぉーーーっ!!」


その時、綾の後方で待機していた加瀬の騎馬が大きな声を上げながら突撃してくる。


最早意味を成していない死角からの奇襲は一瞬、成功するかに思われた。


刹那、瞳を開いた綾の右手が稲妻の様に閃き、加瀬のハチマキを奪い去って行った。


加瀬はおろか昇太ですら反応のできない攻撃。


「右に7騎、左に4騎、奥に…朝守と他6騎馬…ね。」


遠くを見ながら綾はそう呟く。


この乱戦の中、人物の顔の見分けなどつくはずもない。


だと言うのに、綾は颯斗の居場所を完璧に当てている。


昇太には綾のこの能力に心当たりがあった。


(これが…名家、二条家が持つ”異能”、”千里眼せんりがん”か!)


タネが分かった所で対処のしようが無い。


(何とかしてこの場所から逃げなくては…っ!)


「残念だけど…これで終わり。」


綾はそう言うと、昇太の横を通り過ぎた。


その手には昇太のハチマキが握られており、それは昇太の敗北を意味していた。


騎馬戦は1組の完全勝利で終わった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「あーあ、負けちゃった。」


私は帰路に着きながらそう呟いた。


「しょうがないよ…あの後、全部の競技でハー君が大活躍してたから…。」


…そう、騎馬戦では快勝した1組だったが、その後の競技で3組が圧倒的な力を見せつけ、得点差をひっくり返してしまったのだ。


そのせいで、3組が優勝、1組は準優勝となってしまった。


まぁ…それでも…。


「個人的には満足かな…。」


「ん?どうしたの?綾ちゃん。」


心の中で思っていた事が思わず声に出ていたらしい。


「えっ…な、何でもないわ、何でも…。」


心春は「そっか」と言って小さく微笑んでいた。


そう言えば…ショウは何処に行ったのだろう。


騎馬戦以降、姿の見えなくなった幼馴染の事を考えながら、日が傾き始めた帰り道を友人と二人で歩いて行った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



大きく口を開ける穴の前で僕はゆっくり深呼吸をしていた。


時刻はもう少しで4時になると言った所で、日は傾き始めていた。


装備を確認し、自分の頬を強く叩き、気合を入れなおす。


「……行こう。」


僕は東京ダンジョン12番へと足を踏み入れた。


―――――――――――――――――攻略開始―――――――――――――――――






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

補足コーナー&作者から皆様へ


・異能…かつて江戸時代にダンジョンが現れた際に魔法などの事を異能と呼んでいた。その名残で名家が使うあれらの能力の事を異能と呼んでいる。


・千里眼…名家、二条家が持つ眼の事、曰く、その目に死角は無く、曰く、その目に見渡せぬものは無く、曰く、その目に捉えられぬものは無い。

分かり易く言えばどこでも見える凄く良い「眼」である。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


皆様へ、更新の方、大変長らくお待たせいたしました。

いずれ理由の方は近況ノートの方で書かせていただきますがこれから更新の頻度がかなり落ちます。

待っていて下さる皆様にはご迷惑をおかけします。

誠に申し訳ございません。

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