第19話

夏休みに負った傷も完治し、小さく跡が残る程度になった。


新調した装備を身に纏って冒険者協会へと向かった。


土曜日の朝早くと言うことで、あんまり電車が混雑していなくて簡単に座ることが出来た。


流れていく景色を横目に今日の目標を考える。

ダンジョンに潜るの2週間ほど間が空いているので、まずは十分に修練場で体を慣らしてから、風魔法の練習と…新階層までの道のりを確認するとしよう。

明日は休みなのだから、少しくらいは無茶しても良いだろう。


これ以上、銅級下位で留まっているわけにもいかない。


電車内で、静かに闘志を燃やす。


気が付けば、ダンジョン前駅へと既に着いていた。


電車を降り、人の波をかき分けながら僕は冒険者協会へと向かった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



冒険者協会に着くと教官が何処かそわそわした様子で僕に近付いてきた。


「星巳君、お久しぶりですね。」


「は、はい…お久しぶりです。」


教官は見るからに機嫌がよさそうで、何かいいことでもあったのだろうか?


「……そう言えば、魔法を習得したと聞きました。何か、私にお手伝いできることはありますか?」


あれ、僕…誰かに言ったけ…あ、一昨日のステータスの発行か。


「とてもありがたいですが、教官の手を煩わせるには…」


そう言った瞬間、教官の表情が一変して視線は落ち、先程までの期限の良さは何処かへと行ってしまった。


「そ…そうですか、私は別に良いのですが…差し出がましい真似をしてしまいましたかね?」


まるで捨てられた子犬の様になってしまった教官を見て、自分がかなりの失言をしたことに気付いた。


「あ!…えーっと…せっかくなのでやっぱり教官に教えてもらおうかな…なんて…。」


すると教官はとても嬉しそうに薄く笑った。


「ええ、もちろんです。それでは、修練場に向かいましょう。」


僕は、心なしか早歩きな教官の後ろに付いて行くのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



私は星巳君の成長に驚愕していた。


彼と会ったのは1月ほど前の事だ。

ステータスをスキルで足を引っ張られながら、若くして冒険者になろうとする彼を私は最初は無謀だと思っていた。


しかし、毎日、毎日、修練場で鍛え続ける彼を見て、私は私を恥じた。


彼の限界は私が決めるのではない…と。


現に彼の腕前は日に日に上達し続け、lv2…否lv3相手でも負けることは無いだろう。


逆境を、自ら作り出した壁を、突如現れた異常事態を、それらを超えて彼は強くなった。


目の前で風魔法を使う星巳君は、誰かに教わったと聞いたが、それでも呑み込みがかなり早い。


20分前までは魔法を発動するのに30秒ほどかかっていたが、今では10秒程度まで短縮されている。


彼の成長に目を奪われている場合ではない、教官として私も何かアドバイスをする必要がある。


「星巳君、君の魔法は何処か攻撃に偏っているような気がします。確かに、魔法は必殺の役割が主ですが、自分の弱点を補填するものでもあるのです。例えば…」


そう言って右腕に魔力を籠めて振り上げる。


その瞬間、後方から大きな水飛沫が巻き起こる。

そこから形成されるのは一頭の魚。


まるでパンダの様なカラーリングながら、海のギャングとして恐れられる巨大魚。


「しゃ…しゃち…ですか?」


「はい、私は非力な方だったので、基本的にこの魔法で近距離をカバーしてたんです。」


星巳君は私が作った鯱に興味津々なようだ。


「触ってみますか?」


星巳君は驚いた表情を浮かべたが、小さく頷いて、恐る恐る手を手を伸ばした。


「おお…すべすべでヒンヤリしてる…。」


大人びた彼の子供らしい姿に思わず私も微笑ましくなってしまう。


星巳君は突然ハッとした表情になって手を離す。


「すみません…夢中になっちゃいました。」


恥ずかしそうにする星巳君は何だか珍しかった。


「大丈夫ですよ、それでは今日はここまでにしておきましょうか、星巳君もこの後ダンジョンに行くことですし。」


そう言うと、星巳君は私に礼を礼を言い、軽く片づけをした後ダンジョンへと向っていった。


「本当に…強くなりましたね…。」


遠ざかっていく彼の背中を眺めながら、私は小さく呟いた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



教官との魔法についての特訓を終えた後、僕はダンジョンへと来ていたのだが…。


「魔物の数が少ない…?」


そう、以前に比べ魔物の数が凄まじく減少しているのだ。


3階層まで来てスライムが2匹とグレーウルフが3匹くらいとしか出会っていない。


―――変だな…。


そう言えば、唯一個体が出た後はダンジョンに出てくる魔物の数が減少すると言ってような…。


思えば、人通りも心なしか少ないような…。


僕の家の周りには銅級下位ダンジョンが此処しかない為、少しショックだ。


取り合えず奥に進めば魔物の数も増えるだろう。


―――――なんて思っていた僕が浅はかだった。


奥に進んでもゴブリンが3体、グレーウルフが4体くらいしかいない。


しかもそれ以降は魔物に出会うことなく次の階層へ続く階段に着いてしまった…。


マジか…どうしようかなぁ…。


このままだとあんまり稼げないし…かと言って他の等級のダンジョンに行くのは危ないし…。


結局、今日はこの後、これ以外に収穫は無かった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「微小魔石が2点、小魔石が10点、グレーウルフの毛皮が5点、ゴブリンの耳が2点、合計で7300円です。」


何時もよりも長い時間潜ったはず何時もよりもかなり少ない…。


思わず肩を落としてしまう。


ああ…そう言えば今日はもやしの安売りか…。


今日の晩御飯が確定した。


もやしが売り切れる前にスーパーに行く為に、僕は早足で駅へと向かった。




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・補足コーナー


・水無瀬 藍について…冒険者協会の残念美人。

冒険者としての実力はトップレベルであり、彼女の水魔法の腕前は5本の指に入る程だろう。

因みに鯱を創る魔法に名前は無い。

何故なら彼女にとってあれは技ではなく、ただの一つの動作にすぎないからだ。


・魔物の発生…唯一個体の様な強い魔物が生まれると魔物が現れる頻度が大きく変化する。

大体2~3週間程度で元に戻る。


・前話の補足


・神条家…一条家や二条家、三条家の宗家。

名家と呼ばれる家は神条家が起源となっており、彼らは派生した家だった。


・ステータスの印刷…ステータスは自分で確認することが出来ない。

その為、他人に見てもらって印刷してもらう、詳細鑑定と、機械に鑑定してもらって印刷してもらう、普通の鑑定がある。

詳細鑑定の場合、スキルの効果をより細かく、倍率まで分かるが、普通の鑑定とは違い、お金がかかってしまう。

その為、昇太は本来ならば未確認スキルの【無窮】を詳細鑑定してもらうべきだったが、細かい出費を抑えようと、普通の鑑定をしてもらった。

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