第7話

遂にやってきた講習の最終日、今日の為に装備を改め、コンディションを整えて来た。

昨日はおなか一杯ご飯を食べれたおかげで体から力が漲って来る。

最後に持ち物の確認をしようと思う。

ポーチに解体用ナイフ、アイテムボックスには装備と直剣、傷を冷やすための保冷剤、休憩時の為の魔物避け、軽食、そして貯金を切り崩して、今日の為に購入した”ポーション”を持っていく。

ポーションは4本しかないから使うタイミングはしっかり考えなければ…。

確認をし終わった所でそれらをアイテムボックスへと入れていく。

今はまだ朝の6時だから夕夏を起こすわけにもいかないので、玄関の方で静かに準備している。

夕夏が起きるまでには綾が夕夏を迎えに来てくれるらしいから安心だ。

財布とスマホ、それと家の鍵を握りしめ家の外に出ようとすると…

「お兄ちゃん…。」

「…夕夏?どうしたんだこんな時間に?」

夕夏が眠たそうに目を擦りながら泣きそうな顔をしている。

「…お兄ちゃん…。」

何も言わずに僕にしがみついてくる。

「どうした?嫌な夢でも見たのか?」

抱き着かれたところが湿っている。泣いているのだろう。

「行かないで…お兄ちゃん。」

それを聞いた途端、ハッとした。夕夏は気づいていたのだ、気づいた上で…。

夕夏の腕を優しく解きながら膝を曲げ、視線を合わせる。

「夕夏、僕は絶対に帰って来る。だから、そんなに泣かないでくれ、僕は笑っている夕夏の方が好きだな。」

夕夏は涙を零しながら言った。

「本当に?私を置いて、何処にも行ったりしない?」

「もちろん、だ。」

小指を絡ませ、契りを結ぶ。

「「指切りげんまん嘘ついたらハリセンボンのーます指切った。」」

赤くなってしまった目を擦る夕夏を優しく撫で、扉を開ける。

「お兄ちゃん!だからね!」

「ああ、それじゃあ行ってきます。」

閉まった扉の中から「行ってらっしゃーい!」と言う声が聞こえてくる。

冬場は寒くてかなわない我が家の薄い壁も、こういう時は良いかもしれない。

少しだけそう思った。

ギシギシいう階段を静かに下るとそこには、綾が居た。

「ショウ、あんた達の声外まで聞こえて来たわよ…。」

「それは…すまん。」

綾はあきれたような表情をして言った。

「そんなことは別に良いわ、それより、私とも約束したわよね。絶対に無事に帰るって。」

「ああ、覚えているよ。元から破るつもりなんて無いし…それに夕夏とも約束しちゃったしな。」

そう言うと、綾は小さく頷いた。

「そう、それなら良いわ。…銅級下位ダンジョンなんかで怪我するんじゃないわよ。」

「もちろん、分かっているよ。…それじゃあ、またな。」

「ええ、またね。」

そう言ってアパートを後にする。

二人と交わした約束を胸にダンジョンへと向かっていく。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



朝の冒険者協会は静かでいつもの賑わいは何処にもなかった。

修練場へと行き、武器のレンタルをする。

今回持っていくのは槍、大剣、弓、盾それとガントレットだ。

全てアイテムボックスにしまったら東京ダンジョン12番へと向かう。

ダンジョンの前には既に教官が立っていた。

「おはようございます。星巳君、昨日はよく眠れましたか?」

「おはようございます。はい、今日の為にちゃんと寝てきました。」

教官は「そうですか」と言って、今回の試験の説明をする。

「今回は私は基本的に手を出しませんし、お手伝いもしません。全て一人で行ってもらいます。そして、今回の試験の目標は3です。制限時間はありません。」

3層か…5層構成のダンジョンにおいて中層と呼ばれる階層で、ここから上層に比べ中層の魔物強さはかなり変化する。

「…分かりました。それじゃあ行きましょう。」

「はい、私は後ろで見ていますので気にしないでください。」

大きく深呼吸をして、ダンジョンへと入っていく。

僕の3層探索を目標とした、ダンジョン攻略が始まった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



1層までは特に問題も無く現れた魔物を倒して進んでいく。

2層、先程と変わり、魔物の大きさが一回り程大きくなり、動きも洗礼されている。

それでも危なげなくを倒しさらに奥へと進んでいく。

3層への階段、ここまでに4時間程かかっており、大分疲れた。

魔物避けをアイテムボックスからだし、小休憩を行う。

因みにこの魔物避けは玄哉さんから頂いたものである。

本当に二条家には頭が上がらない。

持ってきたゼリーを一息で飲み込み、3分ほどの仮眠をとる。

仮眠から起きたら魔物避けをアイテムボックスに戻し、3階層へと続く階段を下っていく。

ダンジョンに入って4時間23分、遂に目標である3階層へと着いた。

今から1時間程の探索をした後、地上へと戻ることにする。

入り口から少し歩くとふと顔に水滴が付く。

瞬間、状況を理解してその場から離れる。

先程まで僕が居た場所に大きな緑色の液体が落ちてくる。

スライムだ。恐らく先程まで天井に張り付いていたのだろう。

最初から強酸状態だったらかなりまずかった。

騒ぐ鼓動を無理矢理落ち着かせ、相手の色が変化するのを待つ。

するとスライムが蠢きだし、凄まじいの速度の水滴が飛んできた。

上層に居るスライムとは段違いの速度、全て辛うじて躱すことが出来た。

水滴が止み奴の色が青色へと変化する。

腰から直剣を引き抜き、一気に距離を詰め魔石を破壊しに行くが、一部分のみ緑色のまま変化していない部分が…。

ギリギリ気づくことが出来たが左腕にかすってしまう。

かすった部分が焼けるように熱いが気にせず、スライムの魔石を斬る。

塵なっていく様を眺めることなく急いで左腕を治療する。

爛れている左腕に保冷剤を当て、惜しむことなくポーションを飲む。

段々と痛みが治まっていくが奥から人のような影が。

急いで立ち上がり、武器を構える。

そこに居たのは、緑色の肌、昔話に出てくる小鬼の様な見た目をした魔物。

”ゴブリン”がそこに居た。

僕が傷を負ったと見るや否や、その姿を現した。

「ギャギャッ、ギャ。」

やはり、講習でも言っていたように非常に狡猾な魔物で僕に気持ちの悪い笑みを向けてくる。

奴は棍棒を持っている。武器性能的には僕の方が上だろう。

今一度、深く息を吸い、心を落ち着かせる。

覚悟を決め、ゴブリンと僕、同時に距離を詰める。

剣と棍棒がぶつかり、鈍い音が辺りに響く。

何度もぶつけう、力は殆ど同じだが僕には教官から叩き込まれた技術がある。

ゴブリンの大振りを剣の腹で横に受け流し一歩踏み込む。

奴はひどく狼狽していたが剣で下から切り上げる。

致命傷に至る前にゴブリンが後ろに倒れ込み、ギリギリで回避される。

僕は上に掲げた剣をしまい。代わりに大剣を取り出して、重力をのせてぶった切る。

ゴブリンは小さく断末魔を出していたが、聞き取ることは出来なかった。

人型の何かを切った感覚に気持ち悪さを覚えて、少しだけふらついてしまう。

しかし、まだ気は抜けない。

大剣をアイテムボックスにしまうが、まだ開けたままにしておく。

すると岩陰に隠れていたもう一体のゴブリンが背後から襲い掛かってきた。

予期していた僕は即座にガントレットを装備し、襲い掛かる棍棒をすれすれで回避し、がら空きの胴体にカウンターを叩き込む。

「ギャッ!!………」

骨を砕いたような感覚と共に奥にある魔石を破壊したような感覚を感じる。

そのままゴブリンは塵へと変化し、その場には魔石とドロップアイテムのゴブリンの耳が残った。

この戦闘をもって僕の中層探索は終了した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「微小魔石が18点、小魔石が14点、グレーウルフの毛皮が10点、ゴブリンの耳が2点、合計で1万2600円になります。」

これが僕の9時間の成果だ。

お金を香取さんから貰った後、教官から合否が伝えられる。

以前使った所とは違う2番室で教官の入室を待っている。

どうしてもそわそわしてしまう。

心臓が早鐘を打ち思考が纏まらない。

慌てた時は素数を数えると良いと聞いたことがあるがそんな事、考える余裕も無い。

静寂を保っていた部屋にノックの音が響き渡る。

教官が入室してきて、正面に座る。

「それでは…今回の試験結果を発表させていただきます。」

ゴクリ、と唾をのみ込み教官の一挙手一投足に集中する。

「……おめでとうございます。合格です。」

緊張が解け、椅子にへたり込んでしまった。

「こちら冒険者カードになります、身分証代わりにもなりますので無くさないようにしてください。」

手渡されたカードには〈銅級冒険者 星巳 昇太〉と書かれていた。

合格の余韻に浸っていると教官から声をかけられた。

「星巳君、2日後なのですが空いていますか?」

「特には…無かったと思います。」

すると教官は頷いて

「それでは、最後の特別講習をしようと思います。それと、合格祝いに昼食でもどうですか?」

「良いんですか?お願いします。」

教官は微笑んで「はい、それでは2日後に修練場で」と言って部屋から出ていった。

大きな達成感を感じながら冒険者協会を出る。

既に16時を回っており、僕のお腹は空腹を訴えていた。

何とか晩御飯までお腹を黙らせ、軽い足取りでダンジョン駅前の大きなスーパーへと向かっていくのであった。




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補足コーナー


・魔物避け…魔物が嫌がる音、匂い、がでる置物。長い時間は使えない為、大切に使おう。


・ポーション…回復薬。傷口にかけても、飲んでも効く。品質によってランク付けされていて、低い順に主人公が使っている普通のポーション、ハイポーション、グランドポーション、エリクサーと言った順である。


・ゴブリン…銅級の魔物中で最も姑息で最も強い魔物。群れると銀級冒険者ではないと対処できない程の脅威となる。


・冒険者カード…身分証明書にもなるし、ダンジョン関連のお店に出せば級の高さによって割引してもらえる。


・中層…魔物の強さが一気に変化するダンジョン1の鬼門。ここさえ慣れれば下層に行くのは意外と簡単。


・ゴブリンの耳…ポーションや魔物避けに使われてたりする。

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