第3話

「それじゃあ、母さん僕たちは帰るから、体調を崩さないようにね。」

姉さんの病室に言って眠り続ける姉さんに向け近況報告をしてからまた母さんの病室に戻ってきた。

「そっか…今度はいつ来れるの?」

少し寂しそうな表情で母さんがそう尋ねて来た。

「うーん…僕がこれから忙しくなるから1か月くらい会えないかもしれない。」

そう少し目を逸らしながら答える。

母さんには冒険者になることを隠している…余計な心配を掛けたくないから。

「そう…それじゃあ、それまでにお母さんもリハビリ頑張ろうかな!」

そう言って元気に笑う母さんを見るとこちらも元気になって来る。

「…だからね昇太、無理だけはしないでね。」

寄り添うようなそんな声で、悲しそうな声でそう言った。

僕はそれを…

「…大丈夫!綾たちもいるし、そんなに心配しなくても平気だよ。」

きっと何かを隠していることなんてとっくにバレているだろう。

「そう…変なこと聞いちゃったね!ごめんごめん。」

「よし!それじゃあ昇太、頑張るんだよ。」

「うん、母さんもリハビリ頑張って。」

「またねーー!」

そう言って僕たちは病室を後にした。



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その日の夜、僕はスマホで調べ物をしていた。

このスマホ、実は玄哉さんに半ば押し付けられた物で、母さんが倒れたと聞いた時、玄哉さん達は僕たちの面倒を見てくれようとしてくれたのだが、流石に悪いと姉さんと僕も断ったのだが、何もさせてくれないならせめてと言ってスマホや生活必需品等々を押し付けられてしまったのだ。

暗い部屋の中、青い光がうっすらと辺りを照らしている。

夕夏はもうすでに隣で寝ていて、最大限起こさないよう少し離れたところで調べている。

「…あった。」

俺が探している物は、”万能薬エリクサー”と呼ばれる平たく言えばなんでも治せる薬だ。

これを使えば母さんと姉さんの魔力症を治すことが出来る。

しかし、オークションサイトにあるのは最も安くて2千万円でとても手が出せるような金額ではない。

万能薬は金級ダンジョン以降でのドロップが公式に認められており、ネットでは一部の銀級ダンジョンでもドロップするとの噂がある。

どちらにせよ今の僕には縁遠い話だけれど…。

スマホの電源を切って、布団に潜り込む。

明日はダンジョンデパートに取り置きしてもらっておいた装備を買いに行かなくちゃいけない。

それに、今日はお見舞いで鍛錬を行ってないから、早めに修練場に行って今日の分の鍛錬をしなくちゃな…。

連日外出をしているせいで疲労が体にたまっているのだろう、少しだるい。

それでも我が家の為に頑張らなければ…。

時計を見るともう日付を飛び越えていた。

明日に疲労を持ち越さないために急いで目覚ましをセットし、瞼を閉じた。



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今日は快晴、昨日の曇り空とは打って変わって日差しが僕の肌を刺してきて、とても暑かった。

幸い、修練場が空調が利いており、過ごしやすい。

しかし、空調が利いているはずの部屋でも全力で動いているからか水を限界まで入れてきたはずの水筒がもう半分を切っている。

確か受付付近にウォーターサーバーが置いてあったはず。

そこに水を補給しに行くと何やら揉めている様子。

どうやら、ブクブクと太った男性が受付の女性に絡んでいるようだ。

男性の方はたくさんのドロップアイテムを受付に見せつけている。

恐らく彼は冒険者になったばかりで今回たくさんのドロップアイテムが入手できたから調子に乗ってしまった…と言った所だろう。

彼は徐々に表情を歪めていく、素っ気ない受付嬢の対応に腹が立ったのだろう。

何だか雲行きが怪しくなってきた。

不安になってきたので急いで二人に近づいて行く。男性の語気が更に強くなる。

男性が顔を真っ赤にして受付嬢に拳を振り下ろそうとする…が、すんでの所で間に割り込むことが出来た。

即座に男性の拳を受け流し地面に叩きつける。

そのまま関節を決め、男性の身動きが取れないようにする。

傍観していた周りの人たちもこれは只事ではないと気づいたのか、止めに入って来る。

僕の下で喚く男性、関節を決めているというのに凄まじい力だ…。

「何なんだお前!!邪魔をするな!!」

不味いっ!このままだと解かれる!

完全に決めていたはずの技が解かれそうになる。

「何事ですか」

騒がしかったはずの受付は静まり返り凛とした声が聞こえてくる。

瑠璃色の髪を腰まで伸ばし、とても冷ややかな空気を纏いながら一人の女性が奥から現れる。

「教官…っ、うわぁ!」

教官が現れたことで安心した僕は一瞬気を抜いてしまい。その瞬間、技は完全に解かれ、逆に僕がマウントを取られる。

「ぉ、お前のせいだ!お前のせいで!」

逆上した男に殴られそうになり、僕は咄嗟に目を閉じる。

「お前がぁっ…」

何時まで経っても衝撃は訪れず、代わりに何かが倒れたような音がして、不思議に思い目を開くと。

「星巳君、怪我はないですか?」

教官が心配そうな表情でこちらに手を差し伸べていた。

「はい、大丈夫です。ありがとうございます…。」

先程まで暴れていた男性は教官の後ろで伸びていた。

おそらく教官が間に入って男性を沈めてくれたのだろう。

ステータスの差とはこんなにも顕著に出るものなのかと改めて感じた。

レベルアップが出来ない僕は本当に冒険者として……

どうしようも無い事実に俯いてしまう。

「あの…大丈夫ですか?」

顔を上げると先程男性に絡まれていた受付嬢が救急箱を持って不安そうな顔をしていた。

―――何をしているんだ?僕は、周りを心配させてばかりじゃないか。

「ああ、僕は大丈夫ですよ……えっと、香取さんは怪我とかないですよね?」

咄嗟に名札を見て名前を確認する。よくよく見るとアルバイトと書かれていて、あの男性はあえてアルバイト人を狙ったんじゃないかとすら思えてきた。

「いえいえ!私は星巳さんに助けてもらっておかげで怪我なんてしてないです。危ない所を助けていただいて本当にありがとうございます。」

眩しい笑顔を浮かべながら感謝する香取さんを見ていると、頑張ってよかったと思った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



ダンジョンマートの5階、取り置きをしてもらった装備を無事購入することが出来た。

その後、僕が自由に使えるお金は残り5万とちょっと、これで初心者向けの武器を購入したいのだが…どうにもしっくりくるものが無い。

ショーウィンドウに並べられた装備はどれも良いはずなのだがいまいちピンとこない。

…前回痛い目を見たが少し高い方へ行ってみることにした。

どの武器も10万を超えていて買う事すらできない。

諦めて別の店に行こうと思った時、一振りの直剣が目に付いた。

薄い萌黄色の刀身、少しの装飾と作成者の名前と剣の銘が彫られている。

銘は…夜半嵐よはのあらし作成者は”二ノ宮にのみや 雅哲まさてつ

ダンジョンから採れる鉱石を使用して作られているのだろう。

チェーン店では珍しい大量生産していない物らしく他の武器とは違い異彩を放っていた。

思わず値段を見るとそこには27万円と書かれた値札が…。

見た瞬間思った。お買い得だと、確実にここ以外で買えばこの剣は30万は優に超えるだろう。

そのくらいの業物だと素人目でも分かる。今すぐ買いたいが所持金の6倍の値段…。

実は武器は無くても冒険者協会で借りることが出来るのだ。

今のままではこの武器を買うことは出来ないし、冒険者としてある程度大成してからまたここに来るとしよう。

それまでは頑張って貯金!と決意を固めお店から出ようとすると

「おや、星巳君はお買い物ですか?」

昼間にも聞いた凛とした声が聞こえて来た。

「教官…?何故ここに?」

「私ですか?私は注文しておいたレンタル用と修練場の武器を受け取りに来たんですよ。」

修練場に置いてある刃のつぶれた武器はここで購入していたのか…。

「それで星巳君は…この剣を見ていたのですか?」

教官は先程まで視ていた夜半嵐を見てそう言った。

「はい、凄く良い剣だなと思ったんですけど…お金が無くて。」

教官は少し考えてこう言った。

「それじゃあ、私が代わりに買いましょう。」

……ん?

「ええ⁉そんな…悪いですよ!」

教官は不思議そうな顔を浮かべている。

「別に構いませんよ、私はそれなりに稼いでいますし、今日あの冒険者を止めてくれたでしょう?そのお礼と言うことで」

「それでもですよ!別にお礼が欲しくてやったわけじゃないんですから。申し訳ないですよ…」

「そうですか…それなら、星巳君が無事、冒険者になることが出来たら、この剣をお渡しする。と言うのはどうでしょう。」

何を言っても駄目そうだ、ここは厚意に甘えるとしよう。

「…それじゃあ、それでお願いします。それでも、何時か何らかの形でお返ししますから!」

そう言うと教官は薄く微笑んで答えた。

「そうですか…楽しみにしていますね。」



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お店から出る途中、教官から今日の事について少し話をした。

「星巳君、今日の彼の冒険者にかけた技、あれは独学で身につけたものですよね?」

「はい、最近は動画とかも増えてるので、それらを使って」

何故だろう…教官の視線が少し冷たいような感じがする。

「そうですか…独学と言うのはかなり危ういですね…。」

確かにそうだ。今日だって少し気を抜いただけで技を解かれてしまったし

「どこかの道場とか通った方が良いですかね。」

「まあ、それも一つの手ですが…もしよろしければ私が教えましょうか?」

どうやってお金を工面するかを考えていた時、教官から願っても無い提案された。

「いいんですか!是非!是非お願いしたいです!」

何だか教官は嬉しそうだった。

「そ、そうですか、それじゃあ明日いつもより1時間早く来てください。」

「分かりました。それじゃあ教官また明日。」

「はい、また明日。」

教官とはデパートの入り口で別れ、今日は余裕をもって妹を迎えに行くのだった。




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補足コーナー


・ダンジョンで採れる鉱石…現実にある物よりも固く特殊なものが多い。

例えば、魔力が通しやすかったり、魔力を通すと熱を発したりする。


・水無瀬 藍について…主人公の教官、以前は有名な冒険者だったがある日を境に協会の職員に転向した。今は、他の職員には難しいダンジョンの調査などを行っている。他人と話すことがかなり苦手で、教官としてちゃんと教育出来たのは実は主人公が初めてだったりする。


・万能薬…チートアイテム、なんでも治せる。実は死んでいる人間でも死後30分以内であれば蘇らせることが可能。

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