第十七話 【vs.黒妖犬 前編】

「あの2本の角と漆黒の体……。それに、この圧倒的な瘴気。間違いない。でも、黒妖犬ヘルハウンドなんて、遙か昔に存在したといわれる伝説級の魔物なのにっ……!」


 これはマズいと本能が告げる。

 正面からまともに戦っても、勝てるかどうかわからない。

 だけど、他の冒険者達に無理はさせられないし……。


 一瞬の逡巡――――

 だが、目の前の怪物が待ってくれるはずも無い。黒妖犬ヘルハウンドが鋭利な爪を薙ぎ、爪の先から斬撃を繰り出した。

 エルは咄嗟に、両手に持つ大剣を振るう。

 

「くっ!!」


 衝撃を真正面から受け、両腕が痺れるほどの力が大剣に伝わる。なんとか大剣を横に滑らせ、衝撃を後方に反らすことに成功する。弾かれた斬撃は幾つもの木々を薙ぎ倒しながら、森の奥へと消えていった。


「はぁ……はぁ……」


 まだ両腕が痺れている。なんとか受けきったが、やはりこのままでは勝てない。

 エルはなんとか大剣を構え直し、次の攻撃に備えた。


「嬢ちゃん! 助太刀するぜ!」


 後方から幾つかの足音が近づく。異変に気づいた救助部隊の面々がエルの応援に駆けつけたのだ。


「遅くなってすまねぇな! 今に、休憩組も到着するはずだ」

「皆さんっ! この魔物はとても危険です、気をつけて下さいっ!」


 すぐに休憩組も合流し、救助部隊12名が揃った。冒険者達は黒妖犬ヘルハウンドから発せられるあまりの瘴気の量に尻込みする。


「こいつぁ、やべぇ瘴気だな……。こんな威圧感は流石に経験したこと無いぜ……」

「絶対に無理はしないで下さいっ! ワタシも全員を守りながら戦える相手じゃ無いみたいですっ」

「へっ、守ってもらうほど落ちぶれちゃいねぇさ」


 そう言って、救助部隊は瞬時に陣形を組む。盾役タンクを中心とした前衛部隊と支援役サポートに特化した後衛部隊。ベテラン冒険者は、数少ない攻撃役アタッカーである。

 全員Bランク以上の猛者達だけあって、戦闘に長けた熟練の動きであった。


「後衛組、強化魔法バフを頼む!」

「「おう!!」」


 その言葉に呼応するように、後衛部隊は呪文を唱え始めた。盾役タンクは大きな盾を構え、黒妖犬への警戒を怠らない。


祝福ギフト上級強化ハイエフェクト


「「身体硬化ディフェンスアップ筋力強化パワーアップ感覚強化フィールアップ!」」


 やがて、後衛部隊の呪文が唱え終わると、前衛部隊から「おおっ!」と言う声が口々に漏れる。

 魔法は、祝福ギフトとは違い、魔法書をもとに訓練することで、ある程度体得できる物である。それでも、祝福ギフトの効果は圧倒的で、訓練で体得した魔法と祝福ギフトでは効果は別次元と言っても良い。

 今回の救助部隊には、Aランクの支援役サポートが2人もいる。この2人は、強化魔法バフの効果を一段上げる祝福ギフト持ちであった。


「これなら、どんな魔物でも負ける気がしねぇ!」

「いける! 俺たちでも勝てるぞ!」


 黒妖犬ヘルハウンドは、ジッとこちらの様子を窺っているようだ。確かに強化魔法バフのおかげで、体の底から力が満ちあふれてくる感覚がある。攻撃を仕掛けるなら今しか無いだろう。

 だが、エルは胸騒ぎがしていた。そんな簡単に勝てる魔物では無い。エルの本能がそう告げていた。


「よし! 前衛組、攻撃態勢をとるぞ!」

「み、皆さんっ! 冷静になって下さい! 相手の力がわからないのに、攻撃なんてっ!」

「嬢ちゃん、こういうのは先手必勝だぜ。それに、これだけ強化魔法バフがかかった状態なら大丈夫さ。負けはねぇ」


 そんなエルの心配とは裏腹に、黒妖犬ヘルハウンドへの攻撃態勢が整った。

 盾役タンクが前でヘイトを稼ぎ、ベテラン冒険者を含む攻撃役アタッカーが一気に剣で斬りかかった。


「「うおおおおおぉぉぉ!」」


 しかし――――

 エルの嫌な予感は的中することになる。


死の幻影ファントム・オブ・デス


 黒妖犬の目が、真っ赤に光ったように見えた。だが、一瞬の事であった為、冒険者達は勢いそのままに、黒妖犬ヘルハウンドに向かって斬りかかる。


「貰ったあああぁぁぁぁ!!」


 ベテラン冒険者が、真っ黒な体躯にある太い幹のような首元に向かって刃を振り下ろす。迷いの無い剣筋であり、完璧な動作から繰り出される一振り。後は、最後まで剣を振り切るだけで良かった


「何ぃ!?」


 首を断ち切るはずであった刃は空を切る。何かを斬ったような手応えも全く無かった。しかし、目の前には、黒い怪物の姿がしっかりと目に映っている。

 冒険者達は何が起こっているか理解できなかった。

 やがて、そこに居るはずの黒妖犬ヘルハウンドの姿は、そこだけ空気が澱んだかのように揺らぐと、ゆっくりと消えていく。


「ど、どうなってんだ!?」


 冒険者達が驚くのも束の間。その驚きは恐怖へと変わる。


「ぎゃああああぁぁぁぁ!」


 一人の冒険者が叫び声を上げた。慌てて声がした方に目を向けると、

血だらけになった冒険者が倒れていた。体に深い爪痕があり、そこから大量に出血している。

 

「誰か、回復薬ポーションを!」


 エルは、負傷している冒険者に駆け寄った。

 必死に「しっかりして下さい!」と呼びかける。「うぅ……」とわずかに反応が見られる。どうやら死んではいないようだ、少し胸をなで下ろした。

 でも、直ぐに処置をしないと、死んでしまうのは時間の問題だろう。


「今度はこっちかよ!!」


 また、別の場所で声が上がる。再び、黒妖犬ヘルハウンドが姿を現したようだ。

 エルは後衛組に処置を任せ、直ぐに声が聞こえた方へ向かった。

 そこには、黒妖犬ヘルハウンドと対峙する前衛組の姿があった。加えて、黒妖犬にやられたのか2人の負傷者も倒れている。


「クソッ、一体全体どうなってやがる。さっきから、姿が消えたり、現れたりしやがって!」

「ここは、ワタシがやりますっ! おじさん達は後ろに下がってて!」

「お、おじさんって……あのなぁ……」


 ベテラン冒険者は、何か言い返したかったようだが、グッと口を噤んだ。


「まぁ仕方ねぇ、嬢ちゃんの方が強いのはわかってる。だが、気をつけろよ。ヤツは何かおかしい。目の前の姿も実体じゃないかもしれねぇ……」

「わかってます! でも、このままじゃ全滅です!」


 エルはそう言うと、身の丈ほどもある大剣を構える。

 相手は、幻影を操る怪物。ワタシがこの怪物を倒さなければ、救助部隊は全滅してしまうだろう。

 切り札はある――――

 だけど、一撃で確実に仕留めなくてはいけない。なんとかして黒妖犬ヘルハウンドの実体を見分ける方法があれば……。

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