第十話 【弱さの理由】


「えーっと……、こっちの方角で合ってる……かな?」


 冒険者ギルドを出発して、そろそろ一時間が経つ。

 慣れない地図と格闘しながら、ようやくキュクロの森まであと少しの所まで来ている。

 多少遠回りだったけど、地図に載っていた比較的安全な街道を進んでいたので、思ったよりも時間がかかってしまった。

 決意を固めてこのクエストに挑戦したとはいえ、やはり魔物と遭遇するのが怖いのだ。

 もしこの場にキーカがいたら、「今更なに言ってるの!」とどやされることだろう。

 でも、怖いものは怖いので仕方がない。


「僕、戦えるのかな……」


 腰には、短剣が入った鞘を差している。

 これは冒険者ギルドに入ったばかりの頃、叔父さんと叔母さんにお祝いで貰ったものだ。

 しかし、今までこの短剣で魔物を倒したことは無かった。

 普段は荷物持ちポーターとして、パーティーに付いていくのが精一杯。

 加えて、ダンジョンに入っても戦闘が全くできない僕は、全くの役立たずだと言われ続けてきた。

 そうやってパーティーをクビになる回数が増える度、僕を入れてくれるところは無くなっていった。

 魔物を倒せるようになること。

 それは、今回の挑戦で絶対的に達成しなければならない壁であり、それができなければ、試験を合格したところで今までと何も変わらない。


「この方角だな」


 ここからは街道を外れるようだ。

 広大な草原をしばらく進むと、遠くに鬱蒼とした森林地帯が見えてきた。

 きっと、あそこがキュクロの森に違いない。


 森に入る前に、少し休憩を取ることにした。

 体を預けられるほどの木を見つけ、そこに座り込む。

 担いでいた布袋から竹でできた水筒を取り出し、口をつけた。

 一時間ほど歩いて熱くなった体に、冷えた水がたまらない。


「あー! 生き返るなぁ!」

 

 ただ、この後のことを考えると飲み水は節約しなければいけない。

 森の中で水場を見けられるとも限らないし、運良く水場を見つけても、周辺に魔物がいたら水の補給なんてできる気がしないし……。


 そんなことを考えていたら、寂しげにお腹が鳴った。

 僕はそのまま腹ごしらえを済まそうと、叔母さん特性のサンドイッチを布袋から取り出そうとする。


「!?」


 その時、僕が休んでいる木陰の少し後ろから、何かの気配を感じとった。

 慌てて休んでいた場所から距離をとり、腰に備えていた短剣を構える。


「ギギッ!」


 しばらくして現れたのは、一匹のゴブリン。

 見た目は人間に近く、子供くらいの身長であり、体は緑色をしている。

 手には棍棒を持ち、真っすぐ僕を見て威嚇しているようだ。


「来るか……!?」


 ちなみに、新人冒険者でも倒せるゴブリンであっても、僕は一回も倒したことが無いのだ。

 実際、今も恐怖心で足が震えている。

 いつもこれだ。

 足がすくんでしまう。

 これが、魔物を倒せない原因。

 例えそれが、どんなに弱い魔物であっても…。

 

 ヤツはこちらが動かないと高を括ったのか、置いてある僕の布袋を漁り始めた。

 先ほど食べようとしたサンドイッチを見つけると、目の前で食べ始める。


「くそっ!」


 これじゃ駄目なんだ!

 これじゃ今までと同じじゃないか!

 僕は決めたんだろう?

 父さんみたいな立派な冒険者になるんだって!

 

 それでも足は動かない。

 倒すべき魔物が居るのに、ただ見ていることしかできなかった。

 するとゴブリンは、手に持ったサンドイッチを平らげるとおもむろに布袋を抱える。


「ギッギギッ!」


 ヤツはこっちをバカにするように笑ったかと思うと、僕に背を向けそのまま走り出した。


「え? ちょ、ちょっと待って!」


 まずいまずいまずい。

 あの布袋を取られたら、試験なんて絶対に無理だ。

 追いかけなきゃ!

 いつの間にか震えが止まった足に鞭打ち、ゴブリンの後姿を慌てて追いかけた。

 

 走る先にあるのは、暗く鬱蒼とした森林。

 そう、ダンジョンの入口であった――――





「あの地図はキュクロの森の地図じゃないわ!!」


 先輩が必死の形相で訴えた。

 いつも飄々としている彼女からは想像できない剣幕である。


「えっ――――!? じゃあ、あの地図は……?」


 ヘルシアの心によぎった嫌な予感がムクムクと大きくなり、心に暗い影を落としていく。

 些細なミスであってほしいとの儚い願いは、先輩の次の一言で木っ端みじんに打ち砕かれる。


「あの地図は、この前発見された新しいダンジョンの地図よ! あまりにダンジョンの瘴気が濃いから、Sランクパーティーに調査を依頼するはずだったのよ!」


 それを聞いたヘルシアは絶句してしまう。

 ダンジョンの瘴気とは黒い霧のようなもので、その中にいるモンスターのレベルに直結すると言われている。

 低ランクのダンジョンではほとんど感じられない程度であるが、高ランクダンジョンになるほど瘴気は濃くなり、ダンジョン内にはどんな高レベルモンスターがいるかわからない。


「はっ、早く! セレス君を追いかけないと!!」


 冒険者ギルドを飛び出そうとしたヘルシアを先輩が止める。


「あなたが今から追いかけても間に合わないわ! それに、追いついても何もできないわよ……」

「そんなっ……! でも……私のせいで……!」


 自分が犯してしまった事への罪悪感で、胸が一杯になる。

 もしかしたら、もう手遅れかもしれない。

 既にダンジョンに入ってしまっていたら……。

 そんな悪い想像が、悪い想像を呼び、頭の中をグルグルと回っている。


 その時、パァン!という大きな音とともに、頬に強い衝撃が走った。


「いいかげん落ち着きなさい! まだ彼が助からないと決まったわけじゃないでしょう!!」


 そうだ。

 私には責任がある。

 自分が犯したミスで彼を死なせるわけにはいかない!


「先輩、すみませんでした! でも、どうすれば……!?」


 そう聞くと、先輩は一度頷き、ギルド中に響くように叫んだ。


「緊急クエストを発令する! 直ぐに動けるAランク以上の冒険者を全力で探すわよ!」

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